アビドスに、もう一人の三年生がいた   作:ゴリさん39

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第5話 緑の亡霊

 

 夜のビル群は、砂漠の骨だった。

 

 崩れた外壁。

 床の抜けた上階。

 風が吹くたび、むき出しの鉄骨が低く鳴る。

 

 その高所に、ヒバリはいた。

 

 腹這いにはならない。

 膝をつき、半身で支え、双眼鏡を下ろさない。

 眼下のカイザーPMC基地は、もう把握している。正面の固定式機関銃。巡回する装甲車両。土煙の向こうの戦車。外周のやや奥にいるゴリアテ。第二ゲート脇の制御盤。使える死角と、使えない死角。

 

 数コールのあと、通話が繋がる。

 

『先生だ』

 

 返ってきた声は思ったより近かった。

 止まっている。まだ突っ込んでいない。

 

『正面火力が厚い。固定式機関銃、装甲車、戦車、ゴリアテ。中へ入る道がない』

 

「もう定位置にいる」

 

 ヒバリは双眼鏡を戻す。

 正面火器の並びを改めて拾い、頭の中で優先順位をなぞる。

 

「重いのを落とす。扉は開ける」

 

 一拍。

 

「中はお前らでやれ」

 

 短い沈黙のあと、先生が答えた。

 

『分かった』

 

 それで十分だった。

 

 ヒバリは通話を切る。

 足元へ置いていたイクス・トルジョンを引き寄せ、スコープを覗き込んだ。

 

 照準の先で、ゴリアテの主砲が鈍く光っている。

 

 引き金を絞る。

 

 乾いた破裂音。

 一拍遅れて、ゴリアテの頭部で火花が爆ぜた。主砲が根元から吹き飛び、巨体が首を失ったみたいに軋む。

 

 怒号が上がる。

 

 次は固定式機関銃。

 

 兵を殺す必要はない。支えている骨だけ折ればいい。銃架の基部。給弾部の軸。駆動の癖。そこへ通す。

 

 一発。

 

 右の銃座が垂れる。

 

 もう一発。

 

 左も沈黙した。

 

 カイザー側の視線が一斉に跳ねた。

 高所を見ろ。狙撃手だ。ビル群だ。西か。いや東だ。

 

 遅い、とヒバリは思う。

 

 もう次へ移っていた。

 

 ワイヤーが閃く。

 崩れたビルの骨を渡る。次の標的は装甲車。正面装甲を抜く必要はない。前輪の軸。足回り。戦える形だけ奪えばいい。

 

 一発。

 

 装甲車が派手に沈み込む。

 

 続けて戦車。

 

 履帯の継ぎ目。誘導輪。動かすための骨。

 

 一発。

 

 金属片が飛び、巨体が噛んだみたいに止まった。

 

 無線の向こうで、アヤネの早口な報告が先生たちへ飛んでいるのが微かに聞こえる。

 ゴリアテ主砲沈黙。固定式機関銃二基停止。装甲車行動不能。戦車も足を止めた。

 

 それだけ崩れれば十分だ。

 

 先生たちが動く。

 

 シロコが先頭。

 セリカが左。

 ノノミが中央。

 先生が後ろ。

 

 第二ゲートの前で一瞬止まり、扉脇の制御盤へ視線が揃う。

 

 見えている。

 

 一発。

 

 制御盤が爆ぜる。

 

 火花。

 閂の悲鳴。

 扉が半端に口を開ける。

 

 ヒバリは短く端末を鳴らした。

 

「こじ開けろ」

 

 通話はすぐ切る。

 

 先生たちが扉の中へ消える。

 そこから先は、あいつらの役目だ。

 

 なら、自分は外を止める。

 

 次の標的は、扉へ向かおうとした予備火器。

 一発で給弾部を弾く。火器が沈み、兵が地面へ飛び込む。

 

 また移動。

 

 基地外周を回ろうとした車両の足。

 さらに一発で監視装置。

 照準の端を横切る機械化兵。

 

 人間より分かりやすい。

 

 脚部。

 膝関節。

 駆動フレーム。

 

 立てなくなれば、それで十分だ。

 

 一発。

 

 下半身のフレームが裂け、機械化兵が前のめりに崩れる。

 

 もう一体。

 

 膝関節を抜く。

 砂の上で滑って止まる。

 

 機械には容赦がいらない。

 

 扉へ近づく足と、追撃に出る火器は全部折る。

 

 西では便利屋68の火線がやかましく弾けていた。

 東ではトリニティと風紀委員会が、外周のカイザー部隊を引きつけ続けている。

 戦線は広く裂けたままだ。

 

 それでもカイザーはしつこい。

 

 基地外周を回り込み、第二ゲートへ寄ろうとする小隊。

 後退支援のために予備火器を引っ張り出そうとする兵。

 動けなくなった車両を盾にして狙撃手を探す視線。

 

 全部、遅い。

 

 先生たちが入った扉へ、誰も触らせない。

 

 ワイヤー移動。

 射点変更。

 発砲。

 また移動。

 

 荒廃したビル群を渡り歩きながら、ヒバリは基地の火器を外側から一つずつ潰していく。撃つたびにカイザーの怒号が増え、撃つたびに追撃の形が歪む。

 

 時間だけが過ぎる。

 

 まだか。

 遅い。

 ホシノなら――

 

 そう思って、すぐに自分で舌打ちした。

 

 比べる相手じゃない。

 中にいるのはホシノじゃない。先生と、あの後輩たちだ。

 

 なら、持たせる。

 

 さらに一発。

 

 扉へ向かった車両の前輪が裂ける。

 

 無線の向こうで、アヤネの声が少しだけ変わった。

 内部警報。ルート再計算。脱出側の案内。

 

 その変化で分かる。

 

 取った。

 

 そう判断したのは、ヒバリだけではなかったらしい。

 

 基地側から一段高い警報が重なる。

 外周のカイザー部隊が、露骨に後退へ移り始める。

 指揮車両の近くで怒号が飛ぶ。しばらくして、全体の流れが「押し込む」から「引く」に変わった。

 

 他の火線も、もう軽くない。

 

 便利屋68が西で噛みつき、東ではトリニティと風紀委員会が引き際を削っている。

 そのうえ、施設内のホシノまで奪還された。

 

 ヒバリはワイヤーを外し、崩れたビルの縁へ膝をついた。

 双眼鏡を上げる。

 

 施設出口。

 砂塵。

 開いた扉。

 

 しばらくして、その奥から人影が現れた。 

 

先生。

アビドスの面々。

そして、その中心に――ホシノ。

 

立っている。

 

支えは要る。顔色も悪い。消耗しているのは遠目にも分かった。

それでも、自分の足で外へ出てきている。

 

そこまではよかった。

 

双眼鏡の中で、ホシノが少しだけ口元を緩める。

いつもの、何でもないみたいに流そうとする顔。

あのヘラヘラした笑い方。

 

その瞬間、頭に来た。

 

まさか本当に、カイザーなんかの言うことに乗ったのか。

借金だの学校だのをぶら下げられて、自分だけで払ったつもりか。

 

後輩を置いて。

余計な手間を全部こっちにかけさせて。

その顔で誤魔化すな。

 

「……ほんと、腹立つ」

 

風が吹く。

赤いマフラーの端が揺れる。

 

ヒバリは双眼鏡を下ろした。

端末を取り出す。

 

画面に残った登録名は、そのままだった。

 

ホシノ

 

今度は、指は止まらない。

 

発信した。

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