――後で知ったところによると、私と犬DOGEが不時着してからすでに4000年近い年月が経っていた。
初めて人と出会った私は、小さなウミウシの身体でなら世界と交われる事を知った。その日から、世界に少しだけ彩りが戻った気がした。
小さな小さなこの身体には、今日も鼓動のようにあのメロディが流れている――。
時に身体を抜け出して遠くを見て、その情報を伝えるだけで人々は私を重宝してくれた。遠い岩壁にある『もと光る竹』もしっかりと回収してもらい、ご神体として崇め祭ってもらう。
人々は生き、そして死んでいく。私は何回も、何回もそれを見守り続けた。
光る電柱から生まれた姫が、翁に育てられて、やがて月に還っていくお話。身振り手振りで伝えたそれは、いつしか『竹取物語』として人々に伝わっていった。
いつか彩葉がこれを知ったら、『なんで私が翁!?』って怒るかなと思うと、今から楽しくなってしまう。結末は、少し迷った。だけど、これでいい。ハッピーエンドにするのは、私なんだから。私が彩葉をハッピーエンドに連れていくって約束したんだから!
『逢ひ見ての のちの心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり』
何を思ってか、この小さなウミウシに本気で求愛してくる酔狂な歌人もいた。絶世の美男子と呼ばれ、家柄も、能力も長けていたにも関わらずどこか自分に自信の無いように見えた彼の姿は、どこか彩葉を思い出させた。
想いを遂げた後の不安を詠んだその歌は、ハッピーエンドの先にも物語があると言う事を感じさせた。
もし彩葉に会えないんだとしたら、このまま幸せになってもいいのかなぁとすら思えた。
だけど、彼は四十にも満たない歳で早逝してしまう。人間は、すぐに死んでしまう――。
私がずうっと彩葉の話をしていたら、『いろは歌』と言う歌を作ってくれたお坊さんもいた。ようし、こうやって日本中を彩葉で埋め尽くすぞっ。新たな野望に燃える白いウミウシの私。
「そんでな?彩葉は私が赤ちゃんの時から育ててくれて~、大きくなってもずっと一緒で~、なんでもわがまま聞いてくれて~私の事が超~大好きで~」
宮廷仕えの才女と親しくなり、今日も私は彩葉の話をする。少し盛っている部分もあるけれど、どうせバレない。大体あってるでしょ。
私が惚気話をしていると、才女は筆を手に真剣なまなざしを私に向けてくる。
「え、待って。それってつまり、自分の理想の女にする為に赤ちゃんから育てたってこと!?」
「ん?あはは、かもね~。彩葉ったらもうっ」
ケラケラと笑って適当な相槌を打つと、才女の瞳がメラメラと燃えるのが分かる。
「いとかわゆし」
挑戦的な笑みを見せた彼女はそう呟いて、それから彼女の筆は止まることはなかった。
100万文字を超える大長編小説。私も読む手が止まらないほど、その恋物語に没頭した。手はないんだけどさ――。
◇◇◇
宮廷から眺めた世界は平和そのものに見えていた。けれど、実際は違った。
京の町の勢力図もだいぶ変わり、武家上がりの人たちが幅を利かせるようになってきた。
『宮廷で話題の喋るウミウシ』として、一部で有名になっていた私はすぐに時の権力者に献上される。
権力。争い。権力。おじさんたちは大体いつだってそうだ。
夜の京を散歩していたある日、私は一人の少年と出会う。九郎と名乗るその少年と私はしばらくの間運命を共にすることになる。
家を失い、再起を誓う彼と一緒に奥州ってところに行き、やがてお父さんの仇を討つために九郎は挙兵した。時同じく挙兵したお兄さんと合流する前夜。彼は不安そうに私に呟いた。
「……兄は私を受け入れてくれるだろうか?」
――彼もまた、どこか彩葉を思い出させた。
私は白い小さな身体で大きく飛び上がり、めいっぱい彼を鼓舞して見せた。
「当然っ!お兄ちゃんはね、いつだって兄弟の事を心配してるもんなの!ぜ~ったい、喜んでくれるから!力になってくれるから!かぐやが保証しちゃう!」
彩葉と兄の帝を見ていたから、それは私にとって当たり前の事だった。月人との闘いで、全てを失うかもしれないのに、帝はチートを使ったよね。あれから大丈夫だったかなぁ?干されたりしてない?帝なら大丈夫か。
そして、当然九郎はお兄ちゃんと感動の再会を果たし、そこから快進撃が始まった。私が身体を抜け出して偵察して、九郎の軍略があればまさに向かうところ敵なし!連戦連勝で京都を奪い、九郎の名声は留まることなし!KASSENと違って、血が流れ、命が無くなる本物の合戦。
九郎には静と言う恋人がいた。歌って踊れて、……8000歳ではないけれど、とてもきれいで優しい女性。京にいるときはいつも三人で歌って踊って、楽しく過ごした。まるで、あの日彩葉と私とヤチヨで過ごしたみたいな、最高のパーティ。
もう少し。あいつらを倒して、九郎のお兄ちゃんが天下を取れば、九朗と静もハッピーエンドだよね。戦いも無くなって、平和に元気にくらしましたとさ。めでたしめでたし。
「九郎、もうひと頑張りだよ。一緒にめでたししちゃおうっ!」
飛び上がってそう告げると、九郎も笑って右手を挙げて応えた。
やがて、壇ノ浦ってところで最後の戦いが終わる。
ハッピーエンドまで、あと少しだ――。
『鎌倉を蔑ろにして朝廷に媚びを売り、独断に官位を受けるその行為。断じて許せるものでなし』
「え。意味わかんなくない?」
戦いが終わると、九郎の兄は急にそんな事を言い出した。そんなに朝廷が好きならずっと京にいればいいでしょ!鎌倉に帰ってこないでね!ざっくりそんな事を言い出したので全く意味が分からない。
何か誤解があるだけだ。兄様ならきっと話せばわかってくれる。
「兄弟というのは、そういうものなんだろ?」
九郎はそう言って笑い、私たちは鎌倉に向かった。
英雄の凱旋。の、はずが私たちは鎌倉に入る事は許されなかった。九郎は兄に向けて手紙をしたためた。どれだけ兄を尊敬しているか、大事にしているかを綴ったその手紙への返事は無かった。
鎌倉に入る事も許されず、手紙も無視され、九郎は京へと戻る。
それは、鎌倉より京に着くと判断されてしまった。なんて無茶な。お前が無視したんだろ!?と白い身体で憤慨するが、もう時は遅い。鎌倉は九郎討伐の命令を出して、英雄は一転追われる存在になってしまう。
京の近く、吉野で静と九郎は別れを告げる。幼少期お世話になった奥州に庇護を求める為だ。10万の兵を要する奥州藤原氏。そこに九郎の軍略と私の偵察があれば、鎌倉とも戦える……はず。
そう思っていたが、九郎の答えは違った。
「君は静と一緒にいてくれ」
その顔は、遠い昔に見覚えのある顔だった。運命を受け入れる覚悟ができてしまった表情。その顔を見たら、私にはもう何も言えなくなってしまう。
その夜、私たちはやっぱり歌って踊った。別れの空気なんて微塵も感じさせないような、この一瞬を最高のパーティにしよう――。
九郎と別れてすぐ、私たちは従者の裏切りもあり捕まってしまい、静の母と一緒に鎌倉に送られる。
やがて、奥州で九郎が死んだことを告げられた。味方になってくれるはずの奥州の彼らは、兄怖さに九郎を売ったのだと人づてに聞いた。
静は九郎の子を身ごもっていた。
『産まれてくるのが女なら助命する。だが、男なら殺さねばならない』
九郎の兄は淡々とそう告げた。それもその筈、彼も九郎も負けて見逃された命なのだ。同じ事をされないために、男子が産まれたなら殺さなければならない。
女の子、どうか女の子が産まれてください!心の中で手を合わせ、神社に何度も神頼みをした。手が届くところまで来ていたハッピーエンドはどこに行ってしまったのだろう?だったらせめて、と神頼みを何度もした。
生まれた男児はすぐに殺され、砂浜に埋められてしまった。
続きます