最終話です。
――戦争はあの光のすぐあとに終わる。
そして、街は驚くほどの速度で復興と成長を続けていくことになる。傷も、痛みも全部覆い隠すように。
戦争が技術を発展させる、と誰かが言った。缶詰も、コンピューターも、ロケットも始まりは戦争らしい。そして、インターネットも。あの愚行を正当化するつもりはこれっぽっちもない。けれど、技術に善悪はない。
そして私は思い至る。だいぶ昔に正倉院に収められた『もと光る竹』、時間遡行と擬態作成機能は失われているけど、解析や分析になら使えるはず。あれをPCに繋いで、それで……解析とか展開をしたら、もしかしたら、作れるのではないだろうか?
あの日、私たちが過ごしたような電子の海を――!
争いも無く、血も流れず、誰も一人じゃなく、皆が夢を追える世界。そして私はインターネットの世界でみんなと触れ合いながらその時を待つ。
鼻歌を歌いながら、白い小さな身体をよじってキーボードを打つ。歌うのはもちろん、8000年経っても変わることのない大切なメロディ。
素材を作り、テクスチャを作り、簡易的なワールドを作る。明けることのない夜のような、終わらない花火大会のような、永遠に続く最高のパーティのような世界を作ろう。
バグ取りをしながら、アバターを作る。彩葉がすぐ見つけてくれる様に、あの日と同じ姿で歌を歌おう。世界中どこにいても見つけてくれるように。
『金髪、ギャルいかぐや姫』。初めて一緒にツクヨミに潜った日、私を見て彩葉はそう言って笑った。
またあの笑顔が見たいから。
アバターを作り、クルリとその場で一回りする。ウサギの耳が揺れ、金色の髪が遅れてなびいたあとで、急に恥ずかしくなってきた。
私はもうあの頃の私じゃないのに。もうあんなに強くない。もうあんなに輝いてもいない。8000歳を超えた……おばあちゃんだ。
そもそもツクヨミがないのなら、この世界の彩葉はまだ私を知らないでしょ。
自嘲気味に笑い、アバターを作り直す。私はもうキラキラのかぐや姫じゃない。……かぐやでもない。
――ふと、思い出した。それは、8000年の中で出会ったお伽話の一つ。
全くもって意味のわからないラストの超バッドエンド。初めて知った日はウミウシの身体をよじって猛抗議をしたっけ。
なんで助けてもらったお礼があの仕打ちなの?
宴から戻ったら誰もいなくなってたってひどくない!?
で、お土産開けたら一気におじいちゃんて意味不明すぎるでしょ!?せめて説明してよ!
でも、今なら少しだけわかる。玉手箱は乙姫様の優しさだったのかも。誰もいなくなって寂しい思いをするなら、一緒に歳をとって死ねるようにって。
玉手箱を開けた乙姫様。髪は白く。竜宮城っぽい感じ。そんなイメージでアバターを作ってみてその姿に驚いた。
「……あぁ、馬鹿だったなぁ。なんで今まで気が付かなかったんだろ」
まだ涙は実装していないけれど、不思議と目の奥が熱くなった。
「私が、ヤチヨだったんだ」
それに気がつくと、胸の奥が震えて、奮えた。
もう迷わない。確信しかない。私はまた彩葉に会えるんだ。かぐやと彩葉ではないけれど、――ヤチヨと彩葉として。
最初からあのかわいいアバターだったのかな?彩葉の学校の制服をスキンに入れたら選んでくれるかな?幼稚園のスモック……は、さすがに選ばないか。
彩葉がヤチヨに向けていたあの視線が自分に向けられると思うと少し気恥ずかしくて、むずかゆい。
いつか彩葉と訪れる『金髪のギャルいかぐや姫』を見つけた時、私はどんな気持ちになるんだろう?嬉しいかな?それとも嫉妬しちゃうのかな?
早く来てね。早く私を見つけてね。私も絶対に、彩葉を見つけるから。
私は歌を歌う。気づいて欲しいけど、気づかれたくない優柔不断な想いを隠して、少し形を変えた変わらない大切なメロディを。
私に気が付かなかったとしても、この歌が少しでもあなたの足元を照らせるように、この歌を歌うよ。
子守唄のように、優しいメロディを――。
「ねぇ、FUSHI。彩葉限定のログインボーナスとかって、ダメ?」
ツクヨミの設定をいじりながら相棒に問いかける。白いウミウシの身体には、かつての相棒犬DOGEが入っているのだ。長い間身体を貸してくれてありがとね。茶々から貰った名前はその白く小さい身体のものだから、私はFUSHIと彼を呼ぶことにした。
FUSHIは目を吊り上げ、身体を飛び跳ねさせて意思表示をする。
「ダメに決まってるだろ?こういうのは公平性が大事っ」
「そうそう、公平性が大事な訳で~。実際に公平かは問題じゃないよね☆じゃあ~ツクヨミ登録何万人!とかってキリ番のフリしちゃえばいいんだよ。それなら私にしかわからないし、超公平でしょ?」
「……ヤチヨがツクヨミの管理人だから。好きにすればいい」
「やったぁ。はい、実装~」
画面をピッと押して彩葉限定ログボの実装は完了。狐耳と尻尾はログボに入れちゃおう。デフォルトに入っているやつとは少しだけ違う特別細かい仕様のもの。ふじゅ~は……、いっぱいあげたらバレた時怒られるかな?
私たちはそんな風にその日を待つ。毎日が超楽しくて、明日が超楽しみで、いつか彩葉に届くように、ツクヨミの外にも届くように毎日大切なメロディを歌うよ。
8000年も待った私だけど、待つことがこんなに楽しいだなんて知らなかった。
――そして、その日が来た。
ピコン、と通知が鳴る。それを聞いた瞬間、私の電子の身体は震え、実装してないはずの鼓動が高鳴るのを確かに感じた。
「ヤチヨ」
私を呼ぶFUSHIの声も震えていて、見ると小さな目からはポロポロと涙を流していた。
「ダメダメっ。せっかくの再会なんだから、笑顔じゃないと!」
見本のような笑顔でFUSHIの頬を軽くつねる。その頬にポタっと涙が落ちる。
「……あぁ、ダメだなぁ」
感情と連動して流れるこの雫。実装した事を後悔したのは、後にも先にもこの時だけだ。
画面の向こうでは彩葉が、8000年前の記憶の頃の姿で、なかなか始まらないチュートリアルに困惑してきょろきょろしている。そんな姿もいとかわゆし。
「……FUSHI。チュートリアル流して。いつもの」
私と同じように涙を流しながら、FUSHIは私を見上げる。
「本当にいいのか?」
私はコクリと頷く。視線はずっと画面の向こうの彩葉に釘付けだ。
「うん。ズルはやめとこ。私はちゃんと歌で届けるよ。ちゃんと、彩葉が見つけてくれるようにね」
そして、画面の彩葉を指で触れてクスリと笑う。
「彩葉、覚悟しててよね。一瞬でときめかしちゃうから」
そう宣言すると急に勇気が湧いてくる。
「よ~し!彩葉のログインとは全然関係ないけど、急遽ゲリラライブ……やっちゃうよ~!」
立ち上がり、左手を高く掲げて宣言をする。FUSHIは白い身体で白い目を私に向けてくる。
「えぇ……、ヤチヨ。言ってる事が……」
「細かいことはいいのっ!ほら、三分で支度してっ」
――そして、電子の海には今日も歌姫の歌声が響く。終わらない大切なメロディが、最高のパーティを作るのだ。