教室には先ほどと変わらず花村が立っていた。
「…!まさか噂は本当だったなんてな…」
「先生?先生もいたんですね」
花村は少々驚いた顔で先生を見た。
「なあ、花村…あの、これ…」
「すまない、日向。少し待ってくれないか?花村に聞きたいことがある」
僕が花村に日記を渡そうとすると、先生が横から割って入った。
「は、はい」
「なあ、花村、お前は本当に…宗形(むなかた)に殺されたのか?」
宗形?宗形というのは聞いたことのある名前だ。確か、1年生の数学の先生だったかな…?その宗形先生が?一体どういうことだろう?
「え、えっと…ごめんなさい、私も死んだときのことを思い出せなくて…」
「そうか…すまない。つらいことを思い出させてしまって…花村にまた会えてよかった。すまないな、日向」
「あ、はい…なあ、花村。これ…」「ちょーっと待った!」
今度は本庄さんが僕たちの間に割って入る。いったい何なのだ本当に…
「少しだけ、花村さんと二人で話させて!」
「ええー…何なの一体…」
「ほらほら、いいから!三人は少し外で待っててください!」
「あ、ちょっと!」
僕たちは無理やり廊下に追い出されてしまった。
「女子のやることは分からん…」
林君があきれ顔で廊下の窓から外を見下し、新山先生もそれに続く。やることないし僕も外でも見てよっかな。
「それにしても…日向にここまでする度胸があるとは思わなかったぞ」
「あはは…まあ…この機会しかありませんでしたし…藁にもすがる思いというか…」
「日向は勇敢だ」
「え…?」
思いもよらぬ林君の一言に、僕は間抜けな声を上げる。林君はこちらに視線を向けずに星空を見ている。
「ぺたぺたさん…氏神様に追われた時も真っ先に転んだ本庄に手を伸ばした。俺よりも早く本庄のもとへといった」
「そ…それは僕の方が本庄さんに近かったからで…実際僕達とぺたぺたさんの間に入ってくれたのは林君だし」
「いや、気が付いたの同時だ。俺はあの瞬間迷った。どうしたらいいのか分からなくなってしまった。このまま逃げるべきか、本庄を助けるべきか」
林君は外に向けていた視線をふとこちらに向ける。そのまっすぐな瞳に見つめられて思わず息をのむ。
「お前は何も迷わず本庄のもとへと駆け付けた。迷いのない分お前が早く着いた。だから、敬意に値する。日向、お前はすごいやつだ。俺もお前を見習う」
「…」
僕に微笑みかける林君を見て、思わずドキッとしてしまう。同性の人に微笑まれてドキッとしたことなど初めてなのでどうしたらいいのかわからない。
「誉め言葉は、素直に受け取っとけばいいんじゃねえか?林がそこまで言うんだ。よっぽどのことだろ」
「えっと…うん…ありがとう」
さっきは本庄さんに感謝され、今回は林君に尊敬され、感情がおかしくなりそうだ。当然僕も人に感謝されたことくらいある。しかし、尊敬というのはどうだろうか、しかも同期に、初めての経験過ぎて混乱してきた…
「そういえば、先生に止められたといっていたが」
「ああ、うん…今日の放課後のことだよ」
僕は今日の放課後のことを振り返り、二人に話し始めた。
今から5時間ほど前 放課後
「今日言われた通り、セキュリティが落ちるから貴重品とか持って帰れよー。そんじゃ、解散」
喧騒が聞こえ、放課後の時間が始まる。荷物を抱えすぐに外に行く人、部活に向かう人、遊びに出かける人、様々だ。そんな中、僕はというと…
「…よし」
とあることを決意し、それに向かって行動を開始する。とあることとはそう、夜の校舎に忍び込むことだ。忍び込む方法だが…どうしよう。時間までトイレに隠れておくとか?ロッカーの中に隠れておくとか?ちらりと花村の座席を見る。そこには、植木鉢が置かれ、花が咲き誇っている。
「…」
人というのは、環境になれるらしい。花村が死んだ直後はお通夜みたいな雰囲気だったこのクラスも今では当時の活気を取り戻している。死者のことを悼み悲しむことも必要だが、普段通りの生活を営むこともまた必要なのだ。ずっと悲しみに暮れたままではいられない。その一方で、このまま花村がみんなの中から消えてしまうのではないかという不安や心配がある。悲しみにとらわれず前に進むというのは聞こえはいいが、死者の存在を忘れてしまうことと同義ではないだろうか。僕は、そんな簡単に立ち直れるほど強い人間ではないのだ。
「おい、日向?」「は、はい!」
突然声を掛けられる。声の主は新山先生だ。
「ぼさっとしてんなー、カギ閉めたいから出てくれー」
「あ、ご、ごめんなさい…」
慌ててカバンの中に荷物を詰め込み廊下に出る。
「なあ、日向」
「はい、何ですか?」
「あー…そのだな、どうだ?最近の調子は」
新山先生は鍵を閉めながら僕に問う。
「…別に、いつも通りです」
「…そうか、それならいい」
一体どうしたのだろうか、こんなことを聞いてくるのは初めてだ。
「あー…うーん…すまん日向。俺はあまりこういう時に遠回しに言ったり気の利く言葉を言ったりはできないんだ」
「…はい?」
「ストレートに言うが、お前、間違っても今日セキュリティが落ちるからって学校による忍び込もうとか思ってないよな?」
「な、なにを」
心臓がドクンとはねた。鍵を閉め終わり僕の方を見た新山先生は、僕を見つめる。
まるで何もかも見透かしているかのような瞳に、僕は思わず目をそらしてしまう。
「いやな、最近噂になってるだろ?ほら、花が命を吸ってるだとかなんとか」
まさに僕が確かめようとしている噂だ。先生の耳にまで届いているとは驚きだが…
「お前は花村とも仲が良かったし、花村が…その、亡くなってから痛いほど落ち込んでいたのも知ってる。だが、間違っても学校に入り込んで噂を確かめようとすんなよ?」
「…」
「ま、そんなことしないと思ってるぜ。悪いな、時間を取った。気をつけて帰れよな」
「…はい、さようなら」
僕は先生と一度も視線を合わさずその場を立ち去った。今思えば、これだけ挙動不審であれば先生も僕のたくらみについて察しがついていたのかもしれない。
「…ごめん、先生」
聞こえるはずもない先生への謝罪を僕は口にする。もう僕は心に決めているのだ。
しかし問題は潜入方法だが…
「まだ、修理は入らないのですか?」
「ええ、もうしばらくは…来週には入るかと思うのですが」
「まったく、誰が勝手口のドアを…」
あれは、体育の八島先生と社会の溝内先生だ。勝手口?修理?何の話だろう…
僕は勝手口の方に向かった。
勝手口の扉は、針金でぐるぐる巻きにされている。なるほど…鍵が壊れているのか…よし、これなら…!
僕はこっそり内側の針金を緩めた。遠目から見たら針金がきちんと撒かれているように見えるが、実は針金はゆるゆるで押せばスペースができる。僕は靴を履き替え、外側に回った。外側の方も案の定針金でぐるぐる巻きになっている。こちら側ははさみかペンチで着れば問題ないだろう。侵入経路は確保した。あとは、セキュリティが落ちる時間まで待機するだけだ。