なんとなく、理科室と同じ階にいると怖いので僕たちはその一階下、職員室がある2階へと避難した。
「ぜえ…ぜえ…ごめん、おろすね…」
「…」
何も言わなくなった本庄さんを僕はそっと床におろす。火事場のバカ力というのだろうか。人一人抱えて階段を駆け下りたのは人生で初めてだ。
「やるな、日向」
「ああ、うん。ありがとう…」
無表情で林君が僕をほめてくる。先ほどまでの感触、それこそ本庄さんの体の…いや、やめておこう。これ以上は、いけない。
「えっと…本庄さん…?」
「…なに?」
本庄さんはこちらを見てくれない。僕から視線をそらし、明後日の方向を見ている。
「えっと…ごめんなさい…」
「…なんで日向君が謝るの」
「いや…その体をべたべた触っちゃったし…」
「…はあ」
「ごめんなさい…」
「私が腰を抜かして動けなかったのが悪いんだし、何なら私がお礼を言わないといけない側だよ。さっきみたいに、助けてくれてありがとう」
相変わらず、目を合わせてくれない。本庄さんは耳まで真っ赤にして僕にお礼を言ってくる。
「話、終わったか?俺は先生に聞きたいことがあるから話を進めたいんだが」
「ああ、ごめん」
「先生、いくつか聞きたいことがある。先生は理科室にいる人は、音楽室にいる木枯先輩が待ち人だと言っていた。なぜそれを知っていた?」
「…」
先生は廊下に座り込み、何も答えない。
「先生は、あの二人について何を知っている?いや、正確に言えば何を隠している?」
「…」
やはり先生は何も答えない。
「…先生は、僕と先生が似た者どうしって言ってましたね。それって、もしかして先生も大切な人を…亡くしたからとか…?」
「…はは、そうだよ」
「理科室にいる先生、あれは金森明子。知ってるか金森先生。1年生の先生で、俺と…結婚する予定だった人だ」
「…」「…!」「え…?」
本庄さんから思わず声があがる。僕も驚きを隠せない。この中で唯一表情を変えなかったのは林君だけだ。
「…七不思議を確かめに来たのはお前らだけじゃない、俺もなんだよ。俺は、明子の行方不明の真相について知りたかったんだ」
「行方不明になる当日、くだらないことで俺と明子は喧嘩したんだ。本当にくだらなくて何で喧嘩したのかすらも思い出せない。俺も意地を張ってな、謝ればいいものを謝らずに放課後一人で帰っちまったんだよ」
「その夜、明子は帰ってこなかった。何回電話しても、連絡入れても返事が来なかった。正直このときは、何をそこまで怒ってんだよと思ってたよ…」
「次の日、明子と木枯が行方不明になったと知ったんだ」
「俺は信じなかったね、明子は必ず帰ってくる。そう信じてずっと待っていた。でもな…」
「見つかったのは、理科室に落ちてた婚約指輪だけだった」
「ある時、学校で流れる噂を聞いてな、濃硫酸女と音楽室の噂を聞いたんだよ。これは、もしかしたら明子と木枯のことなんじゃないかって。ああ、もちろん1組の枯れない花の噂も花村のことじゃないかと思ってたぜ?」
「俺は噂の真相を確かめるためにわざわざ今日の宿直に名乗り出たってわけ」
「そんなことが…」
僕と似ていると言っていたが、大切な人を失ったということだったのか。それも、結婚を約束していた相手を…
「なぜ、木枯さんということが分かったんですか?先生と木枯さんの関係って?」
「明子はたまに木枯にピアノを教えてたんだよ。あいつ、ずっとピアノやってきたし」
「合点がいかない。先生の立場ならば確認しようとすればいつでも確認できたのではないか?夜の学校に入って確かめることくらいできただろう」
「それは、学校のセキュリティの関係上…いや、違うな。きっかけが欲しかったんだ。自分の目で、真相を確かめるきっかけが…でも、もし本当に濃硫酸女が明子なら?明子はもう…死んでるってことだ」
「先生…」
「でも、さっき理科室にいた女。あれは間違いなく明子だ。さすがに見間違えねぇ…はは、やっぱ明子は…」
「死んでたんだな」
「…」「…」「…」
かける言葉が見つからない。先生は、噂が本当であってほしくないと思って確かめに来たのだ。もし噂が嘘なら金森先生が生きている可能性が生まれるから…しかし、現実は、濃硫酸女は金森先生だった。つまり、もう金森先生は…死んでいる可能性が高いのだ。
「は、明子は俺のこと恨んでるのかもな。案外、俺を殺したら成仏すんじゃねえか?」
嫌なほど自嘲気味に、僕が見て分かるくらい自暴自棄になってしまっている。
「…貸してやるよ」
そういって先生は僕たちにキーケースを渡してくる。
「マスターキーだ。それでほとんどの教室を開けれんだろ。好きに七不思議を調べてとっとと帰れ。俺は、もう…どうでもいい」
そうして、先生は廊下の壁に背を預け、うずくまる。
「先生、本当にそれでいいのか?」
「そ、そうですよ…」
「…林君、本庄さん、行こう」
「ちょっと、日向君!?」
「日向、少し待て」
僕の冷たい発言に、二人の表情が非難の色を帯びる。そりゃそうだ、新山先生を置いてどこかに行こうとしているのだから。
「それなら…二人は先生のそばにいてあげて、僕は…確かめたいことがあるんだ」
そういって僕は新山先生を二人に任せて走り出した。どうしても確かめないといけないことがある。そのためにもまずは…怖いけどもう一度あの場所へ行こう。