「戻ったか日向、本庄」
「遅かったから何かあったのかと思ったぞ」
「ごめんなさい、ちょっとね…」
「それじゃあ、行くか」
音楽室を出て、奥階段に向かう。先頭は新山先生、続いて林君、僕と本庄さんは最後尾だ。
「…」「…」
本庄さんは僕の腕をつかんでいる。さっき林君が言ったことが本当になってしまった…
『日向君がいいのならシャツじゃなくて、腕をつかんでもいい?』
『う、うで?』
『うん、ほ、ほらそれなら皺にならないし!』
『わ、分かった、それがいいのなら…』
さすがにこの光景を二人にみられるのは恥ずかしいので最後尾にいるのだ。
「…」「…」
先生達に内緒でこんなことをするのはイケないことをしている気持ちになる。別に悪いことはしていないのだが、それでもだ。
「な、なんだかイケないことをしてるみたいだね…」
本庄さんもどうやら同じことを思っていたようだ。僕にだけ聞こえるような声で伝えてくる。
「そろそろ奥階段だ、気い引き締めろ」
この学校の主な階段は三つある。一つは中央階段。この会談が一番みんな使う階段だ。そして、第二階段。この階段は主に音楽室などの移動教室に使われる。そして、もう一つは通称奥階段。下駄箱からも離れており、また移動教室にも使わない。本当にめったに使う人はいない。せいぜい部活動生徒が雨の日の階段ダッシュに使うくらいだ。
「ここだ、ここで俺は宗形を見つけた」
「変わったところはないな」
奥階段には、それらしき影はない。
「あそこだ、あの踊り場に倒れてた」
僕達は階段を降りて、踊り場の方に向かう。先ほども言ったが、僕は腕を掴まれているため一番後ろを歩いている。
だからこそ、分かったのかもしれない。
踊り場には大きな鏡が飾られている。階段全体を映し出すような鏡だ。林君と先生はすでに踊り場にいて周りを見ている。
本庄さんは僕の腕にしがみつきながら足元を見ている。前の鏡を見ているのは僕しかいなかったのだ。
僕の後ろ、階段の頂上に一つの黒い影が見える。人影だ、暗くて顔は見えない。
「…!!!」
その人影は、ゆっくりと階段に向かって倒れていった。
「危ない!」「きゃっ!」
僕は本庄さんの体を僕の方に引っ張る。幸い左手を掴んでいたので落ちてくる人影とは反対方向に引くことができた。
僕の声に気づいた先生達もこちらを向き、人影を確認する。人影は僕と本庄さんの横をすり抜け転げ落ちていき、踊り場で止まる。
「大丈夫?」
「うん、ありがとう…」
「宗形…!」
宗形と言われた人影は林君と先生の足元に仰向けで転がっている。他の幽霊と同じ、死ぬ間際の行動を繰り返しているのだろう。
「先生、この人が宗形か?」
「ああ、そうだ」
「花村…を…ころ……した」
「!!!」
僕と本庄さんが踊り場にたどり着くと、人影の掠れるような呟きが聞こえた。
「おい、本当にお前が殺したのか!?」
「日向君!落ち着いて!」
「…!」
怯えたような目で本庄さんが僕の手を掴む。
「…ごめん」
僕は、本庄さんから伸ばされた手をそっと握り返す。
「ふあ…!」
本庄さんが小さな声を漏らす。
「花村…を…ころ……した」
宗形先生の幽霊は、同じことを呟いている。
「日向、大丈夫か?」
「うん、ありがとう林君」
改めて宗形先生を見る。階段から落ちた影響なのか、右腕が不自然な方向に曲がっている。腹部には、血の染みが広がっている。
うん…?血の染み?
「新山先生。宗形先生の死因はなんだったんですか?」
「腹部の刺し傷みたいだ、ナイフがそこに転がってた」
そう言って先生は階段、宗形先生が落ちてきた階段の真ん中辺りを指差す。
宗形先生は逃げてる最中に階段から落ちて死んだんじゃなく、階段から落ちた後にナイフを突き刺した…?もしくは、ナイフを刺してから階段を落ちた…?
「新山先生、宗形先生は花村を殺しているところを目撃されて、逃走中に階段から落ちたんですよね?でも、お腹の刺し傷が原因なんですよね?直接の死因は階段から落ちたことじゃないんですよね?」
「あ、ああ…そうだが」
何かがおかしい、違和感がある。
「それだとおかしなことになる…と思います」
「どういうことだ?」
「うん、あのー…日向君、どういうことか聞く前にね…」
「宗形先生は花村を殺害しているところを目撃され逃げた。そして、階段から落ちてお腹にナイフを刺して自殺した。多分こういう流れになるんだけど」
「それのどこがおかしい?」
「仮に階段から落ちた後にナイフを自分に突き刺したとして、ナイフを抜く必要はある?」
「…確実に死ぬためとか?ほら、刺さったものは抜かない方がいいって言わない?栓になってくれるからって」
「死を早めるためにナイフを抜いたとして、それをわざわざ階段の真ん中に投げる必要はないと思うんだ」
「確かに…」
「宗形先生ってどっち利きですか?」
「え…?多分右利きだと思うが…」
「宗形先生を見て、右腕が辺な方向に曲がってる。多分あの状態じゃ右手は使えない。利き腕じゃない左手でナイフを刺して、そして投げるところまでやるのは大変だと思うよ」
静まり返る3人、僕は続けて自分の考えを言う。
「階段を落ちてからナイフを突き刺したんじゃなくて、階段を落ちる前にナイフを突き刺した。それなら転がり落ちた反動でナイフが階段の真ん中で取れてもおかしくないよ」
「それだとおかしい、宗形先生は階段から落ちて逃げられない、もう捕まると思ったから腹にナイフを刺したんじゃないのか?」
「うん、普通はそうだと思う」
「階段の近くで追いつかれちゃってもう無理って思ったとか?」
「それもありえるかもしれない、でも考えてみてほしいんだ。仮に宗形先生が花村を殺してるところを見られて逃げたとする。それで追いつかれたとして持っていたナイフを自分に刺すかな?」
「そうか、花村を殺した時にはおそらくナイフを持っていた。その現場を目撃されたら、口封じに相手を殺す可能性の方が高い」
「新山先生、誰がその現場を目撃したんですか?」
「…分からない」
「目撃者不明?そんなことありえるんですか?」
「ああ、教員の間でもなんの話も出なかった、少なくとも俺は知らない」
「その花村を殺している現場を目撃したのが、宗形先生だとしたら?」
「どういうこと?」
「宗形先生が花村を殺したんじゃなくて、花村を誰かが殺しているところを目撃したんだ
としたら、辻褄が合うんだ」
僕は一呼吸おいて説明を続ける。証拠も何もない完全に推測だが。
「まず、宗形先生は誰かが花村を殺しているところをたまたま目撃した。そして宗形先生は奥階段の方へ逃げたんだ。逃げているところを階段手前で捕まり、腹部にナイフを刺され、そして階段から突き落とされた。ナイフは落ちた衝撃で抜けたのか、はたまた犯人が抜いて投げ捨てたのかはわからないんだけどね」
「宗形は、口封じのために殺されたってのか?」
「そうだと思います、宗形先生は…誰も殺していません」
僕はそう結論づけた。そう考えた方が辻褄が合う、宗形先生も被害者だったのだ。
「花村を…殺した…のは……俺…じゃな…い」
「!!!」
今まで同じことを繰り返し話すことしかしなかった宗形先生が突然他のことを話し出した。
「おい宗形、誰に殺された!?」
「おもい…だせない…でも……!おれじゃ…ない!」
宗形先生はしゃがみ込んだ新山先生の腕を掴む。
「たのむ…!はんにんを…!はんにんを…!!みつけて…くれ…!」
宗形先生は涙を流しながら訴える。きっと、無念だったのだろう。
「わかった、必ずお前の無念は晴らす。だから…!安らかに眠れ」
新山先生は差し出された左手を両手で力強く包み込む。
宗形先生は安堵の表情を浮かべ、白い光となって消えていった。他の幽霊の人たちと同じく成仏できたのだろうか、そう願いたい。
「日向、ありがとう。宗形の無実を証明してくれて」
「いえ、そんな…考えを言っただけですし…」
「それでも、宗形先生が救われたのは確かだ、胸を張れ日向」
林君にそう言われ、少し照れ臭くなる。本庄さんにも言われたことだが僕は自分の評価を素直に受け取ることができない節があるらしい。素直に褒められ慣れていないのだろう。
「ところで日向、なんで本庄と手を繋いでいるんだ?」
「あ…」
本庄さんは黙って俯いている。恥ずかしさでプルプル震えている…
「ご、ごめん!ずっと掴みっぱなしだった!」
「うん…大丈夫」
ぱっと僕は手を放す。やってしまった…考えを伝えることに夢中で本庄さんの手を掴んでいることに気が付かなかった…
「…学校内では気をつけろよ?俺の見えないところでやってくれ?」
「すみません…」
僕は謝ることしかできなかった。