「最高の夜だな、まさかこんなにも生贄が手に入るなんてよ」
「あんたが花村達を殺したのか!?」
「くく、ああそうだ。神の復活には生贄がいるんでな。」
神とは、八島の背後にある石像のことだろうか。半魚人のようなその見た目のその神は、見るからに悍ましい。
「きっかけはたまたまだった。たまたまこの地下洞窟を見つけた俺は神に魅入られた!だから俺も神に尽くす。生贄を所望らしくてな、すまんが死んで神の贄になってくれや」
「おまえ、状況が見えてないのか?」
「そうだぞ、八島、追い詰められてるってわかんねえのか?」
林君と新山先生が臨戦体制をとる。新山先生は今にも飛びかかりそうだ。
最初に飛び出したのは新山先生はだった。
新山先生の鋭い蹴りが八島の脇腹に刺さった…はずだった。
「痛くねえなあ…!」
「なっ!」
しかし、八島は意にも返さず隠し持っていたナイフを振るう。新山先生は姿勢を崩しながらも後ろに距離を取りナイフの範囲から逃れた。
「まるで水面を蹴ったかのような感覚だった!気をつけろ!」
「本庄さん!逃げて!」
僕は本庄さんの手を引き階段を登らせようとする…がなぜか体が重くなり階段を登ろうとすることができない。
「逃げられるわけないだろ?神のテーブルの上だぞ?」
幸いにも、階段を登ろうとしなければその体の重さは消えている。どういう原理なのかはわからない。しかし、階段に近づくことは不可能だろう。八島はナイフを持ち、そしでなぜか体を傷つけることができない。
「結界が張られておる。あいつの周りと、そしてこの場所にもな。それをなんとかせん限り我々に勝ち目はない」
氏神様は冷静に状況を分析している。結界とは何かわからない。しかし、この場所にいることで効果を発揮するのならば、八島がここで待っていた理由もわかる。この場所はきっと八島にとって都合がいいのだろう。4人と神様が1柱いるから大丈夫だと踏んでいた。完全に誤算だった、追い込まれたのは僕たちの方だった…!触れることもできず、ナイフを持っている相手、おまけに逃げることはできないときた、正直詰みだ。
「氏神様!なんとかできませんか!?」
「元凶をなんとかせん限り何もできん!あやつの体に渦巻く神の加護を取り払わん限りはな!」
「その元凶って!?」
「あの石像じゃ、それをなんとかすれば…!」
石像までの距離は8メートルほどだろうか。今おそらく石像まで走っていけば八島の餌食になるだろう。八島の意識を逸らすことができれば…
「本庄さん、氏神様をお願い」
「う、うん…でも何する気?」
僕は氏神様を本庄さんに渡す。
ジリジリと距離を詰めてくる八島を僕は睨む。覚悟は決まった。
「うわああああああああああ!!!!!!」
僕は叫びながら八島に駆けていく。一か八かの体当たり、先ほどの新山先生を見るに、八島は全ての攻撃を無力化できるのかもしれない。しかし、体に触れられないというわけではなかった。組み伏せて押さえつけることができたら武器を奪えるかもしれない。そうしたら状況は変わってくる。
「…この!?痛くも痒くもねえんだよ!」
「ぐあっ!」
「日向!」
僕の想定通り、僕の体当たりを喰らった八島は後ろに数歩よろけた。しかし、それだけだった。八島の拳が僕の顔にヒットする。目の奥が熱い、火花がばちばちと散るというのはこういう感じなのか。
「弱え!くせに!!調子乗んな!」
地面に倒れた僕の体を、八島の足が何度も襲う。足が振り下ろされるたびに痛みと吐き気が襲ってくる。
「やめろ!」
新山先生が八島を止めに入るが、ナイフを振りかざす八島になかなか近づけない。
「お前、花村と仲良かったんだってな?アイツが抵抗するから現場を宗形に見られちまって予定が狂ったんだ。おかげで一日に2人も殺す羽目になって…!ああ、くそ!お前らのせいで学校のセキュリティが強化されて自由に動けなくなったんだ!」
「げほっげほっ!」
「お前を殺すのは後にしといてやる、大人しくそこで寝転がってろ」
「ぐがっ!」
八島の蹴りが、僕の腹部に刺さり僕は地面を転がる。熱い、そして何よりも痛い。痛みで焦点が定まらない。
「日向君!!」
どこか遠くで本庄さんの声がする。
「まずは、お前ら2人をじっくりやらないとな!」
八島は林君と新山先生に飛びかかっていった。あの2人をどうにかしてしまえば、あとは簡単に僕たちを殺せるということだろう。
「日向君!大丈夫!?ねえ、日向君!」
今にも泣きそうな顔で本庄さんが僕に寄ってくる。ああ、本当に僕はなんて弱いんだろう。
こんな方法でしか、八島の目を逸らせないなんて。
「今が…チャンスだよ」
「日向君?どういうこと…?」
「八島は今僕たちを見ていない。今のうちに、あの石像をなんとかしよう」
遠くでは八島と新山先生、そして林君が組み合っている。いくら2人が武闘派とはいえ武器を持っている相手だ、こちらが不利だろう。
痛みで疼く体に鞭打ち、僕は立ち上がる。八島は全くこちらを見ていない。今がチャンスだ。
僕と本庄さん、そしておんぶされている氏神様は石像にこっそりと近づく。するとどうだろう、近寄るにつれて頭の中に声が響いていく。
全く何を言っているかわからない。でも、碌でもないことを言っているのは確かだ。長く聞き続けていたらよくないだろう。本庄さんと氏神様も顔をしかめている。
僕たちは石像に触れることのできる距離まで来る。
「せーので押して倒そう。そうすれば壊れるかも」
「うん、わかった。気づかれる前に急ごう」
「ほれ、いくぞ!せーの!」
氏神様の合図のもと、僕達は石像を押す。石像に触れたところがヒヤリと冷たい。石の手触りなのにとてつもなく冷たい。まるで冷たい水に手を突っ込んでるみたいだ。
はやく、早く壊さないと。バレたら終わりだ。急げ!はやる鼓動がうるさい、今にも心臓が口から飛び出しそうだ。
『そんなに慌てなくて大丈夫だよ』
頭の中に声が響く。
『かわいそうに、大切な人を失ってしまったんだね』
その声は、しわがれた男性の声だった。
『君の悲しみがわかるよ。その苦しみを癒してあげよう』
そんなこと、できるはずがない。
『できるさ、君は今怒りでどうにかなりそうだろ?その怒りに身を委ねてごらん?』
確かに、今僕の体は八島への怒りでどうにかなりそうだ。いっそこの怒りのまま動けたら、この衝動のまま動けたらどれだけ楽だろう。
『そうだよ、その怒りに身を任せてごらん。そうすれば、君は救われる』
本当に?
『ああ、本当さ。君に力を貸してあげよう。君の望むままに、あの男に復讐したいだろう?願いを叶えてあげよう。さあ、君の大切な友達の仇を今とろうじゃないか』
心の中の感情がどす黒く燃える。今にも体から吹き出しそうだ。
『まず手始めに君の前にいる女の子を手にかけてごらん。そうしたら君の体に力が宿るはずさ。これは儀式だ、力を得るには必要な儀式なんだよ、さあ、今すぐにやるんだ』
目の前にいる女の子、きっと本庄さんのことだろう。本庄さんはこちらを見ずに石像を押している。
『さあ、その首に手をかけてごらん。それができたら僕が君に力を貸してあげられるんだよ。その力で復讐しようじゃないか』
本庄さんの細い首が見える。今ここでその首を掴めばきっと簡単に締めることができるだろう。
『さあ、怖がらないで』
最期に一つ、いいか?
『うん?なんだい?』
八島に手を貸してた時点で、お前の言いなりになんかなるかよ、タコ。
僕は全力で石像を押す。怪我で体の節々が悲鳴をあげている。でも、もうもう少しだけ頑張ってくれ僕の体。あのとき、本庄さんを抱えられたようにこれが最後の踏ん張りどころなんだ。
ぐらっと石像が揺れる。その隙を僕は見逃さなかった。
渾身の力を振り絞り、僕たちは石像を押し倒した。
頭の中で何かの声が聞こえた気がした。
大きな音と共に石像は粉々に砕け散る。流石にこの音に八島は気がついたのかこちらを向く。
「お前ら、なんてこぐふぇ!!」
目を逸らした八島の顔を新山先生の拳がクリーンヒットする。
「どうやら、お前を守ってたものは無くなったみたいだな。ナイスだ日向達!」
「次はこっちの番だ」
「ひ、ひいぃいいいいぁいいあああああ!!!!」
奇声をあげてナイフを振り回す八島。今まで体を守っていたものもなくなり、優位性は無くなった。振り回すナイフを林君は難なくかわす。かわしながらナイフを持つ右手を掴み捻り上げた。
「さっきは日向が世話になったな」
そのまま林君の右拳が八島の鳩尾にめり込む。人体の急所にあれだけの一撃を喰らったらひとたまりもないだろう。八島は白目を剥きながら地に崩れ落ちた。