保健室
「あなた達も体調不良?」
「いえ、違います」
保健室の扉を開けると、保健室の先生が慌ただしそうにしていた。
「あら、じゃあ何のようかしら」
「その…今日欠席の人や体調不良の人が多いから保健室大変かなって思って、僕たち手伝いに来ました」
「…?あなた達保健委員だっけ?」
「いえー、ボランティアです!」
「そうだ、ボランティアだ」
「まあ、いいわ。今は猫の手も借りたいくらいだし。あなたはこのプリントを40枚ワンセットで15組に分けてくれるかしら。私はこの段ボールの中からトイレットペーパーを取り出してくれる?あ、カッターは使わないでね。破れると困るからあなたはこの箱の経口補水液を冷蔵庫に詰めてくれるかしら」
「わかりました」「はい!」「わかった」
力のある林君は経口補水液を冷蔵庫にしまう作業を、トイレットペーパーは本庄さんが、紙を分けるのは僕が担当する。
どうやら各クラスの保健室だよりのようだ。
睡眠不足は万病の元!早寝早起きを心がけよう!
と見出しには書かれている。
「先生、最近体調不良が流行ってるんですか?」
「ええ、そうなの。何でも悪夢を見るとかでよく眠れてない子がたくさんいて…」
「どんな夢を見てるんですか?」
「夢の内容までは聞いてないわ。悪夢を見て、それで眠れなくて体調崩すってパターンね」
うーん…夢の内容がわからないのならば、保健室は無駄足だったか…
「今もそこで眠ってる子、悪夢を見て眠れないから誰かがいるところで寝たいって言ってきた子よ」
「え、そうなんですか?」
僕は本庄さんと林君と目配せをする。うまいこといけば話を聞けるかもしれない。
しかし、寝ている子を起こすのも気がひけるな…なんて考えていると
「いたっ!」
紙で指を切ってしまった。血がプリントにつかないように咄嗟に指を上げる。
「日向君大丈夫?」
「紙で指を切ると深く切れるから痛い」
「あら…ちょっと待ってね。手当するわ」
「先生、私がやりますよ!」
「あらそう?消毒して絆創膏巻いてあげてくれる?」
「はい!日向君、指出して!」
「う、うん…ありがとう本庄さん」
本庄さんは僕を椅子に座らせて床にしゃがみ込む。よく看護師さんを白衣の天使と表現することがあるが、献身的に尽くしてくれるのはこう、胸に込み上げてくるものがある。
思わず僕は本庄さんに見惚れてしまう。夏服の袖から見える白い二の腕、スカートからちらりと見える健康的な太もも…そしてしゃがんだ状態なので首筋とその豊満な胸が…
何最低なことを考えてるんだ僕は…
「はい、終わったよ」
「…ありがとう本庄さん」
「…?痛かった?ごめんね」
「いや、違うよ。完璧な処置ありがとう…」
僕のテンションが低いことに気がついたのか本庄さんは僕に尋ねてくる。自己嫌悪に襲われてるとは口が裂けても言えないので僕は適当にお茶を濁した。
「さて、そろそろあなた達も教室に戻りなさい。休み時間が終わっちゃうわ」
「そこの休んでる子はまだ休ませるのか?」
「うーん…そろそろ起こしてもいいんだけど…体調が戻らないのなら早退も視野に入れないといけないし…」
「うわあああああ!!!もうだめだああああああ!!!!」
「うわ!」「きゃっ!」「…!」
僕たちが先生と話していると突然ベッドから叫び声が聞こえてきた。何事かと思って振り返ってみると男子生徒がベッドから転がり落ちるように飛び出している。
「先生!やっぱり悪夢を見ました!もうダメですう!!このままじゃ僕は呪い殺されてしまうんだあああああ!!!」
「はあ…落ち着いて田端君」
「うう…せんせえ…」
半狂乱になって先生に縋り付く男子生徒、校章を見る限り一年生だろう。
「大丈夫か?」
「あ…すみません。騒がしくして…」
「構わない、それよりも悪夢について教えてくれ」
「ひ、ひぃ!!」
…林君は背が高い。そして体がかなりがっしりしている。床に這いつくばっている一年生と林君を見ていると、どうしても林君が脅しているようにしか見えない。
「林君、言い方言い方。いきなり言われたら怖いよ」
「…すまん。どんな悪夢を見たか教えて欲しい」
「悪夢の内容…思い出すだけでも恐ろしい…」
それほどの悪夢を見たのだろうか、僕達はごくりと唾を飲み込み、後輩君を見つめる。
「それはそれは…恐ろしい……!」
「自販機でジュースを買おうと思ったらホットコーヒーが出る夢でした…!」
「はあ?」
思わず声が出てしまった。
「そして今見た夢は、自販機でジュースを買おうとしたらお汁粉が出る夢でした…!」
「…えっと」
本庄さんもどう反応したらいいか困っている。
「こんな暑い日にそんなホットのものを飲んだら、熱中症で死んでしまいます!」
「…」
林君は残念な人を見る目で見つめている。
「きっと今日の夜はコーンスープが出る夢を見るんだあ!!」
「えっと…田端君だったっけ?田端君はどんな夢を見ようとしてたの?」
「はい…見たい夢が見れるって聞いたのでジュースの当たりが出る夢を願いました」
人の望みをとやかく言いたくは無いが、ずいぶん小さな夢だ。しかし、これで2つはっきりした。データ数は少ないが斑鳩先輩との共通点が見つかった。
「ありがとう、参考になったよ」
「そろそろ教室に戻りなさい。チャイム鳴るわよ。お手伝いありがとうね。」
「あ、はい。それじゃ失礼しました」
「何かわかったのか?」
「うん、悪夢はさまざまな種類があるっていうのと、悪夢を連続してみるってところかな」
僕は教室に向かいながら説明する。
「あー、そう言えばそうだね。あの子も同じ夢を連続して見てるみたい」
「斑鳩先輩もそうだった」
「普通に考えて悪夢を一度見たくらいで体調崩さないよ。でも、その夢を何度もみたら?」
「確かに不安になるね」
「そう、多分悪夢を見ている人は同じ悪夢、もしくはその悪夢の続きを見ているんだと思う」
僕は自分のクラスの前で立ち止まる。
「放課後、大園さんも入れて相談しよう」
「わかったよ」「了解」
2人と別れて僕は自分の席に座る。予想以上に大ごとになっているのかもしれない。僕は休みが増えた教室を見渡してそう思った。