突然浮遊感が終わる。目の前が真っ暗だ、もしかして選択を間違えてしまったのだろうか。
「起きたか?」
声が聞こえる、この声は氏神様だ。目の前が真っ暗なのは目を閉じているからか。僕はゆっくりと目を開けると…
「すう…すう…」
「…!!」
僕に寄りかかって眠る本庄さんの顔があった。眠る前に誰かが触れた感じがしたがそれは本庄さんだったのか。本庄さんはまだ目が覚めていないようだ。目の前には本庄さんの可愛い顔が見える。これはいけない。僕は顔を逸らして反対方向を向く。
「くう…くう…」
「…!!」
反対方向は大園さんが僕に寄り添っていた。大園さんの整った顔が僕に触れそうなくらい近くにある。僕は顔を逸らすのではなく体をゆっくりと起こす。なぜか2人に両手を握られているのであまり体は起こせないが、机に突っ伏した状態よりはマシだろう。
「無事戻ってこれたようじゃな」
「氏神様、今戻りました」
「これで無事終わったのかの?」
「うーん…多分」
「そうか、それはよかったの」
「氏神様、本当にありがとうございました」
「構わん、この学校の氏神じゃからな。ふぁーあ…もうワシは帰るぞ?眠たいのでな」
「はい、ありがとうございました」
そう言って氏神様はドアを開けて出て行った。神様なのに戻り方はアナログらしい。時刻は7時前、もう流石に誰もいないから見られる心配はないだろう。
僕はふうっと息を吐く。もうすぐみんな目が覚めるだろう。これで一件落着、そう信じたいところだ。できたらでいいが、斑鳩先輩と林君が目を覚ます前に大園さんと本庄さんが目を覚ましてほしい。この姿を見られるのは少し恥ずかしい。
そんな願いも虚しく次に起きたのは林君だった。
「…」
「あー…おはよう、林君。あのね、この状況は…」
「日向、本当にありがとう」
「へ…?」
「俺1人じゃ解決できなかった。お前が方法を考えて実行してくれたからだ。本当にありがとう」
「ううん!そんな!」
「礼を言わせてくれ、そしてお前が何か困ったときは必ず恩を返させてくれ」
「そんな、深刻に考えなくても…」
「受けた恩は石に刻めとも言う。だから、借りを必ず返させてくれ」
「う、うん…わかったよ」
林君は律儀だ、貸し借りというのが嫌いなのだろう。別に貸しを作ったわけではないが頷かないと納得してくれないだろう。
「ところで…」
「ああ、林君、これはね…」
「なんで2人は寝たふりをしているんだ?」
「…え?」
「呼吸が不規則だ。寝ている人間は呼吸の感覚は一定だ」
「…」「…」
2人がどこかバツが悪そうに起き上がる。
「えーっと、バレちゃいました?」「いや、あのこれはね!起きるタイミング逃したなーって思って!別に他意はなくて!」
「なんで手を繋いでるんだ?」
「えっとそれはー…」
「あ、もしかして僕が最後逃げるとき手を引いて走ってたからこっちでも掴んじゃったとか?」
「そう!それですよ先輩!起きたら手を繋がれててどうしよっかなーって思ってて!」
「そうなの、ごめんね」
僕がいつの間にか掴んでたのか。眠る前に手に触れてたのは気のせいだったのかな?僕は2人の手を離す。
「あ、えっと…はい…」「うん…」
「ううん…」
「斑鳩先輩、大丈夫か?」
「ええ、皆さん本当にありがとうございました」
斑鳩先輩が体を起こす。顔色も良さそうだ。
「部屋でゆっくり休んだほうがいいですね。もう帰りましょっか」
「うん、そうだね」
僕達は放送室を後にした。
学校からの帰り道を5人で歩く。こんな大人数で一緒に帰ったことがないので少しだけワクワクかているというか、新鮮な気持ちだ。
「いやー…それにしても噂を信じる人が増えたら本当に実現しちゃいましたね…これは危ないですよ」
大園さんが先頭を歩きながら呟く。
「今回も危険だったけど、もっと危険な噂が広まったら大変だもんね」
仮に人を呪う噂が広まり、信じる人が増えたとしたら大変なことになる。
「これは私たちの秘密にしておきましょう」
「今更だけどさ、そんなのあり得るの?噂が広まるだけで本当になるって…」
「ありえないことが起きた時は、とりあえず体験したことを並べてみましょうよ」
「私たちが夢の噂を広めて」
「実際に夢を操ることができて」
「氏神様に頼んで夢の中に入って」
「悪夢を見せてそれを悪用する集団がいて」
「無事に帰ってきた…と」
これだけ聞けば噂が実際に起きて悪夢を見せる人がいたと考えたほうが収まりがいい。現実的かどうかは置いておいて…
「一体この地はなんなんだ?前の七不思議といい、ありえないことが多い」
「わからないです、というか考えても仕方ないと思います。私たちの常識を超えています」
大園さんの考えても仕方ないというのは賛成だ。わからないものを考えてもわからないのだ。
「あ、ここ曲がったら私の家なんでここで失礼しますねー!」
「うん、またね」
「はーい!また明日!」
大園さんは手を振って帰って行った。
「私もここで、先輩は私が連れて帰るよ」
「ご迷惑をお掛けします…」
斑鳩先輩と本庄さんは寮生だ。ちなみに女子寮は男子寮の横にある。
「また明日、気をつけてね」
「先輩、気をつけて。本庄、先輩を頼む」
本庄さんは手を振り、斑鳩先輩はこちらにぺこりと頭を下げて寮の方向へ歩いていった。
「僕達も帰ろっか」
「そうだな」
僕達は寮までの道のりを歩く。
「ねえ、林君。聞きたいんだけどさ」
「林君にとって、斑鳩先輩ってどんな存在なの?」
「…大切な人だ。命をかけて守りたいと思う」
「そうなんだ」
「なぜそんなことを聞く?」
「うん、僕も戦いに慣れてるわけじゃないけど本庄さんと大園さんには危ない目にあって欲しくないと思ったんだ」
「そうか」
「今まで本当にそういうことなかったからさ」
「人のために戦うほうが力が出る」
「そっか。またこんなことあるのかな?」
「わからない。もしかしたらあるかもしれないしないかもしれない。だから体を鍛えておいて損はないぞ」
「それもそうだね」
「今度一緒にトレーニングするか?」
「いいの?」
「ああ、お前には恩がある。いくらでも力を貸す」
「そんな大袈裟だよ…でも、ありがとう」
またこんなことが起きるのか、それはわからない。でもわかることはここには何か僕の想像もつかない「ナニカ」があるということだ。
次の日から悪夢を見る人の話はパタリと消えた。先輩含めて悪夢を見て体調を崩していた人達も徐々に学校に復帰しているようだ。夢の噂も次第に廃れていき、噂を聞かなくなった。最近まこと密かに囁かれている噂は、この学校の近くに「エネルギー」を研究しているテンションの高い男性が引っ越してきたこと、そして不思議調査部という謎の部活が放送室で活動しているということだけだ。
これからももしかしたら不思議なことに巻き込まれるのかもしれない。僕の不思議な体験はまだまだ続いていく。
エピローグ
どこかの暗い部屋、部屋の中には電子音の規則的な音が響いている。
部屋の中には二つのベッドが置かれており、男女がそれぞれのベッドで眠りについている。
ベッドの間には椅子が置いてあり、1人の少女が目を瞑って座っている。
「…だめか」
少女は目を開け、あたりを見渡す。
「夢のなかに入るのは無理、やっぱりあれは氏神様の力って考えたほうがいいかも」
暗い部屋に1人の少女の呟きが聞こえる。
「もっと何か別の方法を考えないと…」
少女は椅子から立ち上がり部屋を出る。最後にチラリとベッドで眠る男女に目を向ける。
「先輩たちの協力でこの土地はやっぱり何かオカルト的な力があるってわかった。それなら…もしかしたら眠りについた人を起こす方法も見つけられるかもしれない」
「待っててね、パパ、ママ」
少女は扉を閉じる。部屋には時が止まったかのように眠る2人の男女だけが残された。