本庄さんとロッカー
「…ご、ごめんね日向君」
「う、うん大丈夫」
「せ、狭くない?」
「本当にごめんね…私のせいで」
さっきから何度目の謝罪だろう、今僕たちはロッカーの中に隠れている。いや、ある意味閉じ込められているといっても過言ではない。なぜこうなったのかというと、20分前にさかのぼる。
「ごめんね、手伝ってくれてありがと!」
「いやいや、いいよ。僕もいろいろ手伝ってもらってるし」
今僕は、本庄さんと資料室の整理の手伝いをしている。新聞部の活動再開の一環として奉仕活動を命じられている。普段は鹿野先輩が率先してやってくれているのだが、今日に限ってはどうしても外せない用事があり代わりに僕が手伝っているのだ。
「ふー、あとは掃除道具を直すだけだね」
資料室は様々な者が煩雑に置かれており、とりあえず不要そうなものは端に集め、床の掃き掃除をした。まあ、これくらいしたら文句は言われないのではないだろうか。
「あとでパフェおごるね」
「そんな気を使わなくていいのに」
「いいのいいの、お礼なんだから!今から食べたいパフェでも考えてて!」
本庄さんは律儀だなあ、そう思いながら僕は箒をもってロッカーに近づく。
そこで僕はふと気が付いた、誰かの足音が聞こえる…?
「誰か来る?先生かな?」
僕の予想に反して、足音の正体は二人の生徒だった。
ぐいっと本庄さんが僕の服の袖を引っ張りしゃがませる。
「あれは、隣のクラスの飯塚君と馬込さん!二人は両片思いって噂があったけど…まさか…!」
『馬込さん、その!』
これはもしかして愛の告白というやつでは?完全に出るタイミングを逃してしまった…
「これって、私たち完全にお邪魔虫よね…ちょっと隠れよ?」
「え、外に出た方がいいんじゃ…」
「ぶっちゃけあの二人の行く末が見たい」
「ああ、そういう…」
資料室の中央にはそこそこ大きな棚が置いてあり、向こうの様子は見えない。唯一右端だけ通行可能となっている。
「なんとか向こうの様子見えないかな…?」
ガサッ!
「あ」「あ」
積み重ねていた荷物の山が倒れて音が鳴る。
『誰かいるの?』
「やば!こっち!」
「え!」
僕は本庄さんに手を引かれ先ほど僕が箒を直そうとしたロッカーに隠れる。
『誰かいた?』
『ううん、誰もいなかった』
「…」「…」
よかった、ばれなかったみたいだ。だが、問題は…
飯塚君たちがこちら側にきてしまったこと、そして本庄さんと僕が狭いロッカーの中に隠れることになってしまったということだ。
「本当にごめんね…」
「だ、大丈夫」
本庄さんと僕の顔の距離は10センチほど、本庄さんの足の間に僕の足を通しており、その…本庄さんの胸を押し付けられている状態だ。
本庄さんはスタイルがいい。抜群のプロポーション、というわけではないが、なんというか、その抱きしめ心地がよさそうな体をしている。あくまでも客観的な意見だ。
そしてそのやわらかい体を僕に押し付けているのだから気が気じゃない。
『馬込さん!僕は!』
あれを言うのは何度目だろう…さっきからあのセリフを永遠言い続けている。頼むから早く告白して帰ってくれ…
「んっ…日、日向君、ごめん。足をその…あまり動かさないで…!」
「ご、ごめん!」
小声でぼぞぼそとささやきあう。耳元で本庄さんにささやかれるのは、なんというか、背徳感がある。イケないことをしているような…そんな気持ちになる。
「はあ…はあ…暑いね…」
ロッカーの中は狭い、そしてこんなに密着しているのだから暑いに決まっている。本庄さんの汗が頬を伝う。
お互い、汗だくだ。制服がぴたりと体に張り付く。
「汗臭くてごめんね…」
「ううん、全然…」
本庄さんの目がとろんとしている。その恍惚とした表情に僕はいけないものを感じる。そういえば聞いたことがある。異性の汗の匂いというのは、相手を誘惑するフェロモンのようなものを含んでいるって。
あれからどれだけ時間が経ったのかはわからない。10分くらいな気もするが、体感時間としてはもっと経っている気がする。
お互いの心臓の音が聞こえてくる。それもそうか、胸が密着しているんだから。
頭がぼんやりする。きっとこれは、暑さだけのせいではないだろう。ボーっとする頭で本庄さんを見る。本庄さんもとろんとした瞳でこちらを見つめている。長いまつげ、ぷっくりとした唇…そのすべてが色っぽく見える。
本庄さんの手、今僕の腰くらいにおかれていた手が背中に回ってくる。
「日向君…」
「…」
「なんだか…おかしくなっちゃいそう…日向君が、愛しくてたまらないの」
「私ね、あなたのことが…!」
「きゅう…」
「え、日向君!?ちょっと、日向君!!?」
目が覚めたら、保健室のベットの上だった。
どうやら僕は本庄さんと一緒に資料室の清掃をしていた時に熱中症で倒れたらしい。
本庄さんと、たまたまその場に居合わせた飯塚君と馬込さんに連れられてここまで運び込まれたらしい。
そうベッドの横に座っていた本庄さんからそう聞いた。今度飯塚君達にもお礼に行かないと。ところで、気になることがあるのだが…
「あの、本庄さん?」
「うん?どうしたの?」
「どうして、かたくなにこっち見ないの?」
「気にしないで!自分のしたこと思い出して死にそうになってるだけだから!」
本庄さんはそういってしばらくの間目を合わしてくれなかった。
IF 本庄さんとそのまま行くところまで行ってしまったら。
「私ね、あなたのことが…!」
僕はその言葉の続きを聞かずに唇を重ねた。
「むう…!ふう…!ん…!」
頭が蕩けてほとんど何も考えられていない。しかし、今はそれでいい。正常な判断ではきっとこんなことできなかっただろう。僕は衝動に身を任せて何度も唇を重ねた。よく漫画や小説、ドラマでキスした後の二人の間に唾液の橋ができるといった描写がある。そんなことありえないだろうと思っていたが、実際二人の間に橋がかかっている。激しいキスをすればこうなるのだな、また一つ賢くなった。
いつの間にか外の気配が消えている。馬込さんたちはどこかに行ってしまったらしい。
「外、出る?」
「もう少し、この中で…」
「わかった」
口数少なく意思確認をすると僕たちは先ほどの続きを始める。
もう止まることはできない。今はこの後のことは考えずにただ二人快楽に溺れるのだった。
それからしばらくして
「おう、お前ら、ご苦労だったな」
僕たちは職員室に掃除完了の報告をしに行った。
「ずいぶん遅くまでかかったんだな」
「に、荷物が多くて…」
「ずいぶん二人とも汗だくだな」
「あ、暑くて!」
「そうか、それならいいんだが。水分はしっかりとっとけよ」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃ、僕たちはこれで」
「ああ、それとな、日向。これ貼っとけ」
「はい?湿布?」
「肌色だから張ってもあんまり目立たねえだろ」
「別にけがなんてしてませんよ?」
「首元、キスマークくらい隠してこい」
「」「」
「お前ら気づいてないだろうがな。掃除に長い時間かかって、汗だくで、しかも首元にキスマークつけて帰ってきたら大概の人間は察するぞ」
「」「」
「不純異性交遊は学校では禁止だ。今回は証拠不十分ってことにしてやるがな。次はねえぞ。あと、これも使っとけ」
今度は制汗剤を渡される。
「匂いをごまかすくらいはできるだろ。お前らからおんなじ匂いするぞ」
「」「」
「ほら、さっさと帰れ。そんでシャワー浴びとけ」
僕たちは一目散に学校を退散した。
「ご、ごめんね日向君…」
「いや、いいんだよ。僕も盛り上がっちゃったし…」
僕の首元には湿布が貼られている。本庄さんが貼ってくれたのだ。
「あのね、日向君」
「なにかな?」
「また…掃除手伝ってくれる?」
「うん、もちろん」
きっとこれは、掃除がメインではないのだろう。暑さにやられていたから、なんていうのは言い訳にすらならない。僕たちの危険な関係はこれからも続いていくのだった。