本庄さんのダイエット騒動
「…」ゴゴゴゴゴ
目の前にある平面の板を前に私は意を決したように足を乗せる。
「太ってる…!」
前乗った時は二週間ほど前、その時よりも体重が増加している…由々しき事態だ。
「思い当たる節は…」
『日向君!この前の掃除手伝ってくれたお礼だよ!好きなの選んで!』
『うん、ありがとう。これにしようかな?本庄さんは?』
『私はーこれ!いちごマシマシクリームパフェ!』
『すごいボリュームだね…』
あんなことや…
『今日たまたまおじいちゃんの知り合いからクッキーもらったんです。みんなで食べましょ!』
『うーん!おいしいー!』
こんなこと…思い返せば心当たりしかない。
「ダイエットしないと…!」
ここから私のダイエット生活が始まったのであった。
お昼時、放送室
「本庄さん、ごはんそれだけ…?」
「あはは…うん、ちょっとね」
本庄さんの前にはリンゴが数切れ、スムージーが置かれている。
体、特に筋肉に気を遣っている林君は少し渋い顔をしている。僕が見ても体に悪そうなご飯だ。どう見ても栄養は足りないだろう。
「先輩、もしかして…」
「ちょっと最近食べすぎちゃって…」
「あの、本庄さん…」
「ご!ごちそうさま!また放課後!」
本庄さんは僕の言葉を遮ってりんごとスムージーを飲み込み、放送室から飛び出して行った。
「…あれじゃ倒れる」
「乙女ってのは色々大変なんですよ、ねえ、日向先輩?」
僕は乙女ではないのだが…でもまあ確かに姉がよくダイエットに苦しんでいたのを思い出す。あれは自分との戦いだ。今僕達がこうしてお弁当を食べているのを見るのも辛いだろう。
「応援してあげましょ、本庄先輩を」
「止めはしない、本人の意思だ」
「うん…でも…」
胸騒ぎを覚えつつ、僕は本庄さんが出ていった扉を見つめた。
深夜
『僕、シンデレラ体重じゃない人は太ってるんと思ってるんだよね』
『え!シンデレラ体重じゃない女子なんて恥ずかしくて外歩けませんよ!』
『デブは甘え』
「うわあああああああ!!!」
深夜、思わず私は絶叫と共に飛び起きた。夢でよかった…
スマホの時計を確認すると、時刻は3時を少し回ったところだ。寝汗でベタベタになった体をなんとかするためシャワーに向かう。
シャワーを浴びた後、私は恐る恐る体重計に乗る。
「…!少し痩せてる!」
昨日よりもほんの少しだけだが痩せている!このままこれを継続していけば…!
私の身長から考えて、シンデレラ体重は43キログラムほどだろう。目標をそこに設定し、これからも頑張るぞ!
そこから私のダイエット生活はさらに過酷なものとなった。
基本的に朝と昼はスムージーだけに、夜ご飯はほんの少しのご飯とひじき、ごぼうなどの食物繊維が豊富な野菜を、そしてできるだけ水分は取らないようにした。
「あの、本庄さん…?」
「先輩…」
「本庄」
「ご、ごめんみんな!ま、また今度ね!」
できる限り、日向君達と会うのは避けている。日向君達は優しいから多分私のダイエットを止めるだろう。でも、それではダメなのだ。心配そうな顔の3人を振り切り、私は部活から逃げるように帰った。
その夜
「やった!また減ってる!」
成果は出ている、このまま続けよう!
しかし、好調なのもここまでだった。
次の日の夜も、その次の日の夜も…
「変わってない…」
体重が変わらず停滞している。これが停滞期というやつだろうか。今まで運動に手を出していなかったが、運動も増やしていこう。
私は毎朝のランニングを日課に増やした。
放課後
「本日の部活はここまでです!」
「うん?あれ、早いね」
「ええ、すみません。ちょっと家に取りに帰らないといけないものがあって。それでは!」
「悪い、俺も少しやることがある」
大園さんと林君は足早に放送室を後にする。残されたのは私と日向君2人だけだ。
「本庄さんは?」
「うん、私も帰るよ」
「わかったよ、一緒に帰る?」
「え…う、ううん。ごめんね、私やることがあって…」
「…そっか」
日向君と一緒に帰れるのは魅力的だけど…今の私をあまり見せたくない。もっと痩せて可愛くなって…魅力的になった私を見て欲しい。だから…今は見せられない。
私は荷物をまとめ、放送室を後にする。
学校の玄関で靴を履き替えようとしたところで…教室に体操服を忘れたことを思い出した。一瞬悩んだが、使用した体操服は流石に持って帰ったほうがいいだろう。
私は踵を返しクラスへ向かった。
今日は体育もあり、運動量も多く取れた。今日はもっと体重が落ちているのではないだろうか。そんな期待を感じつつ、その一方でこれで体重が減ってなければどうしようという不安もある。
そんな弱気な心を振り払うように頭を振る。減ってなければもっと食べる量を減らし運動量を増やしたらいいだけだ。
息を切らしながら、2階へ辿り着く。すると突然、床がぐにゃりと沈み込んだ。
ちょうど湯船に足を入れた時のような感覚だ。違う、床が沈み込んだのではなく私が床に倒れ込んだのだ。体に力が入らず、意識が…とお…のく。最後に聞こえたのは、誰かの声と、足音だった。
「ん、うう…」
目が覚めると、そこはベッドの上だった。
「目が覚めたかしら?」
「ここは…?」
「ここは保健室のベッドよ。倒れてるところをも発見されて担ぎ込まれたってわけ」
「そう…ですか」
「栄養不足からくる貧血ね。それと、ずいぶんうなされていたようだけど何かあった?」
「…いえ、なんでも。ちょっと体調がすぐれなかっただけです」
「そう、あなた、無理なダイエットとかしてない?」
「…」
どうやら保健室の先生には見抜かれていたようだ。思わず押し黙ってしまう。
「あなたぐらいの年頃の生徒に多いの。無理なダイエットで体調崩すの」
「…」
「動機は何かしら?何がそこまであなたを駆り立てるの?」
「…単に痩せたいだけです」
「そう、じゃあもう少し体調が安定するまでそこで横になってて。あと20分くらい。その間に王子様も来るでしょうし」
「王子様?」
「あなたを見つけて保健室まで運んでくれた王子様よ」
先生はそういうとベッドの周りのカーテンを閉めてどこかにいってしまった。そういえば誰が助けてくれたのだろうか。
頭がぼーっとして何も考えられない。天井を見つめるくらいしかできなさそうだ。
コンコン
『失礼します』
この声は…
『あら、王子様。いらっしゃい』
『なんですかそれ…これ、本庄さんのカバンです』
間違いない、日向君の声だ。
『ありがとうね、わざわざ持ってきてもらって』
日向君のことを先生は王子様と呼んでる?もしかして私をここに連れてきてくれたのって…
『いえ、本庄さんは…』
『本庄さんは…まだ眠ってるわよ』
カーテンの向こうで先生と日向君が話している。私はこっそりと聞き耳を立てた。
『そうですか、起きるまでここで待ってていいですか?』
『あら、何かあるの?』
『倒れたんですから、寮まで送っていってあげたほうがいいかなって』
『さっすが王子様ね』
『だからなんですかそれ…』
『なかなかかっこよかったわよ、颯爽と本庄さんを抱えて保健室に飛び込んできたのは』
私また日向君に抱えられちゃったの!?
『ねえ、日向君』
『はい?』
『無理なダイエットをする人をどう思う?』
『…自分の理想に近づくために努力するのはすごいことだと思います。でも…』
『でも?』
『本庄さんにはそういうことあまりしてほしくありません。最近の本庄さんは目に見えて苦しんでます。無理はしてほしくありません』
日向君…
『そう、たとえそれが理想のための無理だとしても?』
『本庄さんは…いつも美味しそうにご飯やスイーツを食べるんです。その顔を見ていると、なんだか…すごく幸せな気分になるんです』
ふぇ!?そんなの見てたの!?
『だから…今無理して食事制限をしている本庄さんを見ているのは少し…苦しいです』
「…」
『そう、この歳の女の子ってね、すごく繊細なの。少しのことで自分の体型が気になってしまうの』
『ええ、姉がいるので少しくらいはわかります』
『日向君は、本庄さんにどうして欲しい?』
『…今まで通りたくさん食べて欲しいです。一緒にご飯食べたり買い食いしたり』
『買い食いには目を瞑ってあげるわ』
『あ、すみません』
日向君はそう考えてくれてたんだ。なのに私は…
1人で考えて1人で悩んで…
『日向君的にはこれまで通りいっぱい食べる本庄さんが好きなのね?』
『え!?』
え!?なに聞いてるの!?
『どうなの?』
『そ、そうですね…たくさん食べてる本庄さんが…素敵だと思います』
『だって、本庄さん?』
『え?』
シャッとカーテンが開けられて私が聞き耳を立てていたことがバレてしまう。
「先生、本庄さんは寝てるって」
「まあまあ、細かいことは気にせずに。さて、本庄さん?王子様はこう言ってるけど?」
「日向君…ごめんね」
「な、なんで謝るのさ!こちらこそ、本庄さんの努力を否定するようなことを言ってしまってごめんなさい!」
「ううん…私ね、不安になってたの。大園さんスタイルいいし、私が横にいると私の体型が目立っちゃって…だから…」
「そうだったんだね」
「でもね、日向君が今のままが素敵って言ってくれたから…だから…その…」
日向君の口から聞きたい、言ってほしい。きっと、日向君ならば私が言ってとお願いすれば、私の望む言葉を言ってくれるだろう。でも、その言葉に価値はあるのだろうか。単に私の望むように日向君を動かしているだけなのではないだろうか。
「今の本庄さんが僕はいいと思うよ」
「!!!」
やっぱり、日向君はこういうとき勘が鋭い。私が言ってほしいことをすぐ言ってくれるんだから。そういうところが…
本当に好きだなぁ…
「うん、ごめんね。もう無理なダイエットしないよ」
「そっか、それがいいと思うよ」
「甘酸っぱいお話は終わったかしら?」
あ…先生のことを忘れていた。今の話を聞かれていたのは少し恥ずかしい。
「もう立ち上がれるかしら?」
「はい、大丈夫です」
「そ、じゃあこれに乗って?」
先生が指さしたのは身長計だった。
「はい、わかりました」
私は大人しく従い、身長計に乗った。背中を合わせて身長を測る。
「156センチね」
「前より伸びてる…」
今年の4月に測ったときは154センチだった。ということは2センチも伸びたことになる。
「今あなたは成長期で身長がどんどん伸びるわ。だから、それにつれて体重も増えるのも当然なのよ」
確かに体重のことばかり気にしていて身長を全く考えてなかった。そっか…身長、伸びてたんだ。
「日向君、最後に熱とか測っちゃうから少し廊下で待っててくれる?」
「あ、はいわかりました」
そういって、日向君は一礼して廊下に出て行く。
「王子様はさすがね。乙女の心の悩みも解決しちゃうんだから」
「日向君とはそんなんじゃありません!」
「あらー?そうかしら?あなた気を失ってるときずっと日向君日向君って呟いてたわよ」
「え!?」
私は思わず声を上げる。なにそれ、恥ずかしすぎる。
「えっと…そのことは日向君は…」
「知らないと思うわよ?」
「よかった…先生、このことは…」
「はいはい、秘密にしておくわ。ほら、もう行きなさい?」
「はい、ありがとうございました」
保健室を出ようとしたとき、先生は私のそばに寄ってきた。
「頑張ってね?」
「…はい」
完全にバレてしまった…恥ずかしい…私は鞄を抱えて保健室を後にした。
日向君は廊下の壁にもたれて立っていた。
「寮まで送るよ」
「うん、ありがと」
すっと日向君は私の鞄を持つ。
「そんな、悪いよ」
「いいからいいから」
「ありがと…」
どうしよう、ドキドキする。まともに日向君の顔が見れないかもしれない。でも、嫌なドキドキじゃない。
「ねえ、日向君。帰りに何処か寄ろうよ」
「うーん、いきなり何か食べたら胃がびっくりしない?」
「大丈夫!そんないきなりお肉とか食べるんじゃないんだから!」
「そっか、わかったよ。何食べに行く?」
「パフェが食べたい気分!」
「うーん、いきなり冷たいものか…」
「コーヒーもつけるから大丈夫!」
「それ、関係あるのかな…でもいいよ。行こう」
私たちは日が沈む通りを二人で歩く。人通りはなく世界が私たちだけになったようだ。
「あのね…日向君」
「うん、なにかな?」
「私ね、日向君に言いたいことが…「あー!先輩いた!」」
二人だけの世界に突然の大声が響き渡る。
「あれ、大園さん、林君。予定があるから帰ったんじゃ?」
「いや違う。斑鳩先輩にこれをもらっていた」
「私も家にこれを取りに戻ってたんです」
「本と…なにそれ?」
「美顔ローラーです。体重も大事ですが見た目の方も大切です。同じ体重でも顔が小さいと痩せて見えますからね。ということで!本庄先輩にあげます!わたし2本持ってるので」
「これは、斑鳩先輩から聞いたダイエット料理のレシピだ。斑鳩先輩は料理が得意だからな。それと…」
林君は鞄を探り、何かを取り出す。
「俺おすすめのプロテインだ。ソイプロテインだからカロリーも気にならずビタミンも豊富だ」
二人とも、私のために…じんわりと温かくなる胸が心地いい。
「二人とも、ありがとう!」
「え、二人ともこんなことしてたの?どうしよう、僕何も用意してないよ…」
「もー、日向先輩減点ですよー!」
「俺たちが勝手にやっただけだ」
「ううん、もう日向君からはもらったよ」
「…?何かしたっけ」
「うん!たくさん!さ、二人もパフェ食べに行こうよ!」
「いいですね!もちろん奢りですよね?日向先輩!」
「なんで僕なのさ…」
「日向先輩だけ何も用意してないからです!」
「う…わかったよ…」
「プロテインアイスとかあるか?」
「それはないんじゃないかな…」
二人きりの世界から急に騒がしくなったがそれもいいだろう。
私たち四人はワイワイ騒ぎながら喫茶店に向かうのだった。
おまけ
「2人はダイエットとか考えたことあるの?」
「ないな、筋肉が落ちる」
「ないですね、脂肪って胸から痩せるので」
「な、なるほど…」