最初に行っておくと、僕には友達と呼べる人は少ない。もちろん、クラスで浮いているとか、いじめられているわけではない。グループで話をするときは交流するし、休み時間だって、一人で過ごすことが多いだけで別に誰とも話さないわけじゃない。わいわい騒ぎながら帰り支度をするクラスメイトを横目に、僕ものそのそとカバンに教科書を詰め込んでいる。別に一人でいることに対して何も感じない…といえば嘘になる、一人はさみしいし、なんとなく惨めな気持ちになる。だからわざわざ他の人たちと帰る時間をずらしているのだ。
「メイー、帰ろー?帰りカラオケ行こうよ」
「あ、ごめんね!花壇のお手入れをしないといけないから今日はパス!!」
「あんたも好きだねー?まあ、そんじゃまたね」
「ばいばーい!」
クラスメイトのやり取りを横目に、カバンの中に教科書を詰め込み終わった僕は、ゆっくりと席を立ちあがる。クラスには僕とメイと呼ばれた女生徒、花村さんだけだ。
特に挨拶をする必要もないだろう。教室の前の扉から出ようとする。
「あ、ちょっと待って!日向君!」
「はい!!?」
まさか呼び止められるとは思わず、思わず変な声を出してしまう。
「驚かせてごめんね。えっと、今時間あるかな?時間があるなら力仕事を手伝ってほしいの!」
「は、はい!!」
「ありがとう…でもそんなかしこまらなくていいよ?じゃ、こっちついてきて!」
条件反射的に答えてしまう。笑いながら教室から出ていく花村さんを慌てて追いかける。学校内はまだ生徒が多く残っている。
「…」「いやーごめんね、私一人でもなんとか運べるんだけど、数が多くてちょっと大変で」
花村さんがぺらぺらと話す。花村さんは、クラスでも中心的存在だ。はっきり言って僕と正反対だ。友達は多いし先生からの信頼も厚い。勉強とスポーツに関しては分からないけど、多分僕よりできるんじゃないだろうか。
「学校の倉庫にある腐葉土と栄養剤を花壇まで運んでほしいの、一人じゃ重いし微妙な段差って台車じゃ乗り越えられないでしょ?本当に助かる!」
「えっと、はい…」
学校のグラウンド横の倉庫は、簡易的な南京錠しかついておらずどうやらそのカギは花村さんが持っているらしい。倉庫の扉を開けると、埃とカビのにおいが漂ってくる。
「えっと、たしか…あった!これこれ!」
花村さんが指さした先には、腐葉土が詰め込まれた袋が少なくとも10は積み重なっている。
「こ、こんなにあるの…?」
「あはは…ごめんね。台車で運ぶから、積むのを手伝って。それ一つ5キロあるから気を付けてね」
花村さんがどこからともなく台車を取り出す。その上に土袋を積み重ねていく。積み上げてここから玄関近くにある花壇まで持っていく。その作業を繰り返すこと3回。すべての土袋を運びきった。
「お…終わった…」
「あはは…お疲れー。はい、これお礼」
花村さんが近くの自販機でお茶を買ってきてくれた。6月とはいえ汗ばむ暑さにこの肉体労働だったので、冷たいお茶が体にしみる。半分くらい飲み切ると改めて疑問に思っていたことを口にする。
「いったいなんで僕に頼みごとを?」
「え?うーん、日向君いつも一人で帰ってるから暇なのかなって思って」
屈託のない笑顔で信じられないほど残酷なことを言われる。思わず顔を引きつらせる。
「あ…気にしてたらごめんね…?」
僕の反応を見て花村さんが慌てて謝罪する。
「別にいいよ、本当のことだし」
どうせ寮に帰ってもろくに誰とも話さず、一人部屋でスマホを見るか本を読むかくらいしかすることがない。
「友達と遊ばないの?」
この子はもしかして、空気が読めないタイプなのだろうか。どうしてそう人が気にしていることをずけずけと言ってくるのだろうか。
「別に、友達いないし」
自分でもひねくれたことを言っていると思う。自分のことを棚に上げて花村さんに八つ当たりをしているだけだ。
「ふーん、そっか」
「もう終わったなら帰るね」
そういって、花壇の淵から腰を上げる。お尻についた砂をぱんぱんと払うとカバンを持ってその場を後にする。
「じゃあ、私が友達第一号だね!」
「え…?」
突然言われたことに対して脳の処理が追い付かない。
「同じクラスだし、今日手伝ってもらったし、もう十分友達でしょ?一緒に帰ろうよ、実家?それとも寮生?寮なら途中まで一緒だし」
「う…うん」
僕は、情けない返事をすることしかできなかった。
それから、僕と花村さんの奇妙な関係は始まった。クラスで僕から花村さんに話しかけることはない。花村さんもクラス内では話しかけることはしてこない。でも、放課後、週に2日ほどは花壇の世話を手伝った。なんでも、花村さんの実家はお花屋さんで昔から花の世話が好きだったみたいだ。花村さんと花壇の世話をして、その後はおしゃべりして帰る。ある時、連絡が不便だからと言って連絡先を交換した。家族以外で女子の連絡先が増えたことに、心臓が高鳴ったのを覚えている。業務連絡以外にも時々花村さんからとりとめもない雑談が来て、胸が弾んだ。僕から連絡を送るときなんて、緊張して送信ボタンを押すまで10分かかった。いつしか、花村と日向というように、呼び捨てにする間柄にまでなった。今思えば、僕がある程度人と話せるようになったのも花村のおかげなのかもしれない。
これが去年の話、僕が1年生だった時の話だ。
僕たちが2年生になって2か月後、花村は教室で自殺した。