疎外感を感じる日
斑鳩先輩との一件からしばらく時間が過ぎた。夢の噂も次第に廃れていき話をあまり聞かなくなった。人のうわさも何とやら、というやつだろう。
『おい聞いたか?学校の近くに不審者引っ越してきたらしいぜ』
『聞いた聞いた、エネルギーとか叫んでるヤバい人でしょ?』
以前体調不良だった生徒も次第に復帰し始めた。もうほぼ元通りと言ってもいいだろう。
斑鳩先輩も学校に復帰している。」
『今週発売の~』
『俺今度…』
時刻は昼休み、いろいろな話が聞こえてくるなか僕は特に何をするでもなく廊下をうろうろしている。休み時間の過ごし方は人それぞれだと思う。誰かと話す者、机で寝る者、本を読む者…さまざまある中で僕は特にすることもなくうろうろしている。席に着いていないとクラスの人に勝手に座られて気まずい思いをすることもあるが、いつもクラスで座って本や宿題をやっているというのも目立つ。だから僕はこうしてたまになんの目的もなく廊下をうろうろしているのだ。
廊下を歩いていると、隣のクラスに本庄さんの姿が見えた。クラスの女子と話している。
『でさー』
「まじ!?ありえないでしょー!」
笑いながら本庄さんは話している。楽しそうに話す本庄さん、僕と話す時に見せる表情とは違う。
「あ」
本庄さんがたまたまこちらをみる。ちょうどドアが見える位置に座っていたので僕に気がついたのだろう。それに対して僕は
「…」
顔を伏せてその場を去った。あの後どういう反応をされるのか知るのが怖くなったのだ。目を逸らされるのも、嫌な顔をされるのも嫌だ。それならば、自分から目を逸らしこの場を去る。
『怜、どうかした?』
「ううん、今友達と目があったんだけど…行っちゃった」
『気づかなかったんじゃない?』
「うん…そうかな」
不安げな本庄さんのつぶやきは、僕には届かなかった。
あの場を離れた僕はいつのまにか別室棟の方にまできていた。別室棟とはあくまで通称だ。こののちの拡張性とでも言えばいいのだろうか。この学校を拡大するにあたり教室をどんどん作るのではなく、最初からたくさん作っておこうということらしい。そちらの方が最終的には安く済むからだろう。
基本的にここは人が少ない。使われていない教室ばかりだからだ。ここにくるのは僕みたいに行き場がない人間か、
『好きです!付き合ってください!』
「すまない、その気持ちには応えられない」
告白をする人間かどちらかだ。
『そう…ですか。なんでですか?』
「俺には心に決めた人がいる」
『そうなんですね…ごめんなさい。こんな急に話したこともない奴が告白して…』
「構わない。こちらこそ、気持ちに答えられなくてすまない」
…林君が告白されている場面に遭遇してしまった。林君は実際モテるのだろう。背も高くスポーツもでき、人柄も良い。なによりも誠実だから浮気をしないだろう。
クラスにいるのがなんとなく嫌で、本庄さんとも気まずくて逃げてきた僕と、誠実に女の子に向き合っている林君。これは雲泥の差だろう。
「…!誰だ!」
林君が声を上げる。ちょうど角に隠れていた僕の気配を察知したらしい。やばい、とりあえず逃げなければ。僕は廊下を走って逃げた。
「…日向?」
『どうかしましたか?』
「今友達がいた気がする」
『そ、そうですか。見られちゃってたんですね…』
「安心しろ、あいつはこういうことで冷やかすような小さい人間じゃない」
林君の信頼の言葉は僕には届かなかった。
「はあ…はあ…」
別に逃げる必要はなかったが、なぜか逃げてしまった。
「先輩?どうかしたんですか?」
「あ…大園さん」
「はーい、大園ですよー。そんな慌てて何かあったんですか?」
走っている間にいつの間にか放送室付近に来たらしい。ちょうど放送室に入ろうとしている大園さんと遭遇した。
「よかったらどうぞー」
大園さんは放送室の鍵を開けて中に入る。
僕と同じで1人でいる大園さんに安心してしまう僕の小ささに嫌になりながらも大園さんに言われた通り放送室に入る。
「で、何があったんですか?」
「う、うん。少しね…」
「…?変な先輩ですねー。まあいいですよ。あ、紅茶飲みます?この前のお礼に斑鳩先輩からもらえたんですよ」
大園さんが引き出しをごそごそと漁る。大園さんは…僕側の人間だと思う。こんなことを思っているのも最低かもしれないが、大園さんも僕と同じで人との関わりが少ない。大園さんだったらもしかしたらこの気持ちを理解してくれるかもしれない。
「あのね、大園さんは…」
ブーブー
「あ、ごめんなさい先輩。少し電話に出てもいいですか?」
「あ、うん。どうぞ」
「ごめんなさい、はいもしもし。おじいちゃんどうしたの?ああ、今日の夜ね、わかってるわかってる。それじゃまたねー」
ピッ
「ああ、先輩ごめんなさい。今日の夜のパーティーのことでおじいちゃんから連絡があって」
「ぱ、パーティー?」
「はい、学校の運営には資金が入りますからね。私もパーティーに顔を出してるんです。そうした方がウケがいいですからねー。文化祭も近いし、こういうのに力を入れないと」
「…そうなんだ」
「で、何か話しかけてましたよね?どうしました?」
「…ううん、なんでもないよ」
僕はなんで恥ずかしい奴なんだろう。大薗さんと同じ?そんなはずがない。確かに大園さんは僕と同じように友達は少ない。しかし住む世界は違う。この学校の理事長の孫娘とかたや何もかも中途半端の僕、全てが違いすぎる。
「…もう行くね。さよなら、大園さん」
「え、もう行くんですか?もう少しゆっくりしていっても…あ、せめて紅茶だけでも」
「ううん、それじゃ」
「あ、ちょっ!」
僕は、逃げるように放送室を後にした。
「もう少しおしゃべりしたかったのに…バカ…」
大園さんの可愛らしいわがままは僕には届かなかった。
僕は重い体を引きずって教室に戻る。入口から教室を見ると多くの生徒が楽しそうに話している。僕のように一人でいるのはごく少数だ。孤独を感じないと言えばうそになる。しかし、すでにできた輪の中に入っていく勇気は僕にはない。僕は無言のまま席に座る。一刻も早く休み時間が過ぎることだけを考えていた。