放課後
部活に行く気分ではなかったので今日はもう帰ることにする。大園さんに欠席の連絡だけを入れて棒は寮に帰る。
僕はシャワーだけを浴びて布団に倒れこんだ。寝るにはあまりに早い時間だ。しかし、なんとなく食欲もないし気分もすぐれないから寝るしかない。
ブーブー
スマホが震える。画面の表示を見ると
大園:2件
林:1件
本庄:2件
と表示されている。きっと心配してくれているのだろう。しかし、今は開く気にもならない。天井を見上げ、ぼーっとする頭で考える。僕にとって大園さん達はかけがえのない友達だと思う。同じ危機を潜り抜けた仲だ。しかし、彼女たちにとって僕はどういう存在なのだろう。そんなもの、わかりきった答えだ。僕はみんなにとって数ある人間関係のうちの一つにしか過ぎないのだ。数ある友達の中の一人、数ある人間関係の一つにすぎないのだ。同じように孤独を抱えている大園さんだって、僕以外の理解者ができたらそちらに行くだろう。
誰かの特別な存在になりたいと願うのは、求めすぎなのかもしれない。しかし、自分の仲のいい友達が他の子と仲良くしていたり行動していたりすると、なんとなく疎外感を感じてしまうのは、おかしな話じゃないと思うのだ。
…考えてたらますます体が重くなってきた。もう寝てしまおう。花村と出会うまでは僕はずっと一人だったのだ、今更こんなことで悩むなんてばかばかしい。そう自分に言い聞かせて僕は布団をかぶった。
明晰夢
夢の中でこれは夢だと自覚することを言うらしい。前、斑鳩先輩の一件の時に大園さんが言っていた。ならば、きっと僕が今見ているのも夢なのだろう。なぜならば僕は自室で横になって眠ったはずだからだ。少なくとも、こんな古民家の入り口で眠っているわけがない。
とりあえず、ベタではあるがほっぺたをつねってみる。
…痛い。斑鳩先輩の夢の中に入った時と同じだ。ここが夢かどうかはもはや関係ない。事実、今僕は自室ではなく古民家の玄関に立っており、そして痛みを感じる状態であり、夢だとしても覚める方法が見当たらないということだ。
「え…どこここ…」
眠る前の記憶を思い出してみるが…シャワーを浴びて、そして布団に入って…うん。まあ普通だろう。
「ど、どうしよう…」
とりあえず、辺りを見渡す。僕の目の前には階段と左右に伸びる廊下、後ろには玄関扉がある。
「って、あれ!僕の服…」
ふと僕の服に目を落としてみると浴衣とでもいえばいいのか正確にはわからないが、和服を着ている。少なくとも、僕は寝る前にこんなのは着ていなかった。それに、スマホも当然何も持っていない。
心臓がバクバクしている。見知らぬ場所にひとりぼっちだ。斑鳩先輩のような目下命の危機に瀕しているわけではないが、それでも怖いものは怖い。
人間というのは恐怖を感じるとその場をじっとしていることはできなくなるらしい。雪山や森で遭難した時、本来ならばじっとしているのが正しいはずなのに動き回ってしまうのは、不安を少しでも行動でかき消そうとするかららしい、何かの本で読んだ。
僕は恐怖に駆られるように玄関扉を開いた。
闇だ。暗闇が広がっている。
玄関に灯されたか細い光源の先には暗い道が続いている。ここは進むことができないだろう。あかりどころか何も持っていない状態でここを進むのは自殺行為だ。
僕は玄関の扉を閉める。そしてまた不安が押し寄せてくる。今まで何度かとんでもない目にはあったと思う。しかし、すぐそばには誰かがいた。1人で見知らぬ場所は初めてだ。そして、1人がこれほどまでに心細いとは思ってなかった。
「誰か人…人はいないかな」
僕は玄関から廊下へと移動する。キイッという床が軋む音がますます僕の恐怖を掻き立てる。
誰か、誰でもいい。もしかして、大声を上げればもしかしたら誰かが気づいてくれるかもしれない。なんなら、大声を出した拍子に目が覚めるかもしれない。僕は肺に空気を溜め、大声を出そうとして…やめた。
「落ち着け、落ち着け…」
肺に溜めた空気をふうっと吐く。ここに誰かがいるかはわからないが、その相手がいい存在なのかはわからない。猿夢の小人のように、襲いかかってくるかもしれない。人を探しつつ、ここを調べよう。怪異の根源たるものを探せというのは、氏神様の助言だ。前だって悪夢を見せる根源を止めたら悪夢を見なくなった。同じように僕にこの夢?を見せている根源がいるのかもしれない。ならば、それを探す方がまだ可能性がある。僕と同じ境遇の人もいるかもしれない。可能性を捨てるな、僕!
自分の心を奮い立たせ、僕は慎重に廊下の様子を伺う。目の前には上と下につながる階段。左右には廊下が伸びており…右側の廊下の奥に、誰か倒れているのが見えた。
「…!」
僕の心臓が再びどきりと跳ねる。人に出会えた喜びと果たしてこの人が本当に僕の味方なのかという不安だ。僕は慎重に倒れている人物に近寄る。
見たところ、僕と同じような和服を着た少女のようだ。僕より年下のように見える。
「あの…大丈夫ですか?」
僕は少女の体を揺さぶる。
「うーん…は、ここは…?あなたは誰ですか!?」
よかった、とりあえず意識は戻ったようだ。
「えっと、僕は日向京介って言います。ここはどこかわかりません…目を覚ましたらここにいました」
「あ、これはご丁寧に。私はー…あれ?名前が出てこない?私って誰ですか?」
「知らないですよ…名前以外に何か思い出せることは?」
「うーんと…だめです。何も思い出せません…」
少女は手を顎に当てて考えている。顎に手を当てて首を傾げるその姿はなかなか絵になっている。
って、そんなこと考えている場合じゃなかった。
「これからどうしましょう…」
「少なくとも、外に出られそうもないからここの屋敷を探してもいいかもしれません」
「もし、よろしければ私も連れて行ってください!」
僕は一瞬考え込む。全く素性も思い出せない女の子、怪しいといえば怪しい。しかし…
「わかりました。一緒に行きましょう」
「やった!ありがとうございます!置いてかれたらどうしようと思っていましたよ!」
「あはは…」
見ず知らずの空間で、同じく会話ができる人がいるというのは精神の安寧を保つという点でも重要だ。無人島に遭難した人がボールを友達に見立てて理性を保っていたなんて映画を昔見た気もするし。そして何よりも…
「うん?どうしました?」
「なんでもないですよ、行きましょう」
こんな場所に僕より年下(推定)の子を放置するなんてできない。僕もそれなりにお人好しの部類に入るようだ。僕達は近くから、探索をすることにした。