「それにしても…ここはどこなんでしょうか」
「どこかのおうちみたいですけど」
いつの時代の建物なのだろうか。光源と呼ばれるものは壁にかかった燭台のみ。そこに蠟燭が灯されていることから電気は通っていないようだが…
「そういえば…」
「どうかしました?」
「名前思い出せないから不便ですよね?名前呼ぶとき」
「ああ、まあ確かに…」
「適当に呼んでくださって大丈夫ですよ」
「適当って…」
適当に呼んでと言われても困る。僕は今まで人にあだ名をつけたことなどないのだ。そして、きっとこれからもないだろう。僕は…
「どうしました?日向さん」
「…あ、ごめんなさい。なんでもないです」
「名前、思いつきませんか?」
「うん、人にあだ名なんて付けたことないですし…きっとこれからも付けることもないですよ」
言った後に、しまったと思った。今日、友達と仲良くしている本庄さんや告白されている林君、大人に混じって渡り合っている大園さんを思い出してなんとなく投げやりになってしまった。この子には全く関係のないことなのに、この子に八つ当たりするような言い方をしてしまった。
「ご、ごめ…」
「じゃあ、私があだ名第一号ですね!」
「え…」
「私にあだ名をつけたらいいじゃないですか!記念すべき一人目です!これが最後になるかもしれないですけど…でも少なくとも0じゃなくなります!」
思わず圧倒されてしまった。事情を話してないにも関わらず、何かを感じ取ったのかもしれない。
「ほら!早く!そんなに難しく考えないで」
「えっと…じゃあ…」
「あ、かわいいのにしてくださいね。後は呼びやすくて覚えやすいの!」
急に難易度跳ね上がったな。しかし、かわいらしくて呼びやすく、覚えやすいものか…名は体を表すという。何かいいものはないだろうか。
彼女の特徴は…おかっぱ頭(世間一般でいう姫カットとでもいうのだろうか)につやのある黒髪、幼さが残った顔立ちはかわいらしいといった表現が適切だろう。明るい紅葉色の浴衣に身を包んでいる。性格は明朗快活とでもいうのだろうか。とにかくさっぱりしている。
「えっと…それじゃあ、紅葉さんで…」
「紅葉…もしかしてこの浴衣から連想しましたね?」
「う…ごめんなさい」
「もみじ…いい名前です!じゃあ、紅葉(もみじ)で!名前も決まったことですし、早速探索していきましょう!」
「そうですね。そういえば、紅葉さんも…」
「敬語じゃなくていいですよ。多分私の方が年下ですし」
「いや、でも…」
「距離を感じます。紅葉でいいですし敬語もいらないです!」
「そんなこと言われても…」
「ほら、早く!」
「紅葉…」
根負けした僕はおとなしく従う。人の名前を呼び捨てするなんて今までで初めての経験だ。しかも女子の名前呼び捨てなんて人生で今後も経験することがないかもしれない。これくらいでドキドキしてしまう自分が恥ずかしい…
「うん!いいですね!行きましょう日向さん!あ、私も京介さんって呼んでいいですか?」
「うん、構わないよ。なんなら敬語もいいけど…」
「それは最低限の礼儀ですよ!年上は敬わないと」
それならば僕も初対面なんだし最低限の礼儀として敬語で話すべきではないかと思ったが、突っ込まないでおくことにした。下手に突っ込んでも話がややこしくなるだけだ。
「じゃあ、行きましょう京介さん!」
「う、うん。」
僕たちはとりあえず近くにあった障子を開け、中へ入った。
中は囲炉裏や釜戸が広がっている。炊事場のようだ。今風に言うとキッチンだろうか。火がぱちぱちと音を立てて燃えているのが見える。
「火がついているってことは、誰かいるんでしょうか?」
「そうかもしれないけど…どちらかというと忽然と人だけが消えたみたいだね」
僕は囲炉裏を注意深く観察する。囲炉裏の周りには座布団が3枚並べられていて、誰かがいたかのような生活感を感じる。今まで人がいたのに人だけがいなくなったと考えたほうがしっくりくる。人が消えると言えば、神隠しが有名だが、正直分からない。
「あ、見てくださいよ。お酒とお味噌汁がありますよ」
紅葉が鍋の蓋をパカリと開けて中を覗き込む。よく見ると棚の中にはお酒のようなものが並べられている。
「うーん、いい香りですねえ。でも、これ以上は何もなさそうです」
「確かにそうだね。もう出ようか」
僕たちは部屋を後にした。
「あ、そうだ。そういえば京介さんは何か持ってました?」
「僕は何も持ってなかったよ。紅葉は?」
「それが、私はこんなの持っていました」
そういって、紅葉はごそごそと浴衣のそでから一枚のガラス片のようなものを差し出した。
「何これ?」
きらきらとろうそくの火の光を反射するそれは、割れたガラス片のようにも見えるが…
「わかりません…」
僕は何の気なしにそのガラス片を手に取ってみてみる。その時だった。
『さがして…奪われる前に…』
「!!!」
僕は慌ててあたりを見渡す。かすかだが人の声が聞こえたのだ。
「ねえ、紅葉。何か聞こえなかった?」
「何も聞こえてませんけど…脅かさないでくださいよ」
気のせいだろうか。僕もかすかに聞こえただけだし空耳だったのかも。
「ううん、ごめん。気のせいだったみたい」
僕は軽く頭を振り、前を向く。廊下の右側にはもう一つ障子があり、中に入ることができそうだ。僕は障子をゆっくりと開けて中に入ろうとして…足が止まった。
「いだ!いきなり止まらないでくださいよ…」
「どうした…ん…で…」
僕の後ろをついてきた紅葉が僕の背中にぶつかる。僕の視線の先、そこには…
「こんにちは、それともこんばんはでしょうか?どっちか分からないですね」
ぷかぷかと浮かぶ人魂があった。