魂とは、人間の体の中に宿るとされている目には見えない存在である。その人体から抜け出したもの、それを人魂というらしい。
「驚かせてしまったのでしょうか、それならば申し訳ない」
「い、いえ、こちらこそすみません。あなたは?」
「私はこの家に招かれた者です。もうすでに死んでいますが、名前は十合(そごう)と申します」
やはり死んでいるのだろうか。だって人魂だし…
「招かれたって…?」
僕の陰から紅葉が問いかける。なんか…学校に忍び込んだ日の本庄さんを思い出した。
「はて、あなた達も主に招かれてここに呼ばれたのでは?」
「主?」
「この屋敷の主様です。ああ、しかしあなた達も不幸な人だ」
「どういうことですか?」
「主はこの屋敷に招いた者を食料にするのです」
「え…主って化け物なの!?」
「その存在を知る者はいません。なぜなら見たものは食べられてしまうからです」
僕はふと違和感を覚えた。
「あの…それならばなぜあなたはまだ食べられていないのでしょうか」
この屋敷に招かれた者は食べられるというのならば、十合さんが食べられていないというのは少しおかしな気がする。
「主はただいま眠っております。いつ起きるかどうかまでは分かりません」
「寝てるから食べられてないだけなのね」
「そうです。私は運がいい。そして、あなたは運が悪い。肉体があるのに食べられるとは。そちらの方が痛いに決まっている」
「ど、どうやったら帰ることができますか!?」
「それは無理な話です。あなたはなぜか知らないがこの屋敷の主人に呼ばれてしまった。ならば主人の許可がないと帰ることができないでしょう」
「こ、このままじゃ食べられちゃうってことですよね…?」
「どうにかして帰る方法を探そう。そういえば十合さんは逃げないんですか?」
「逃げられないという方が正しいのです、もう私はここの地縛霊のようなもの、ああ、ここから離れることができません…」
「そうなんですか…」
逃げたいのに逃げ出すことができない。ただ食べられるのを待つだけの運命というのは残酷だ。しかし、僕にはなす術がない。十合さんにも諦観の念が見えるのはそういうことだろう。
「さあ、もうお行きなさい、これ以上時間をかけてしまうと主人が目覚めてしまうかもしれません」
「…行こう」
「でも…」
十合さんを置いていくのに難色を示す紅葉に僕は首を振る。僕たちでは何もできないのだ。
「…はい」
「もし、そこの方」
不意に十合さんから呼び止められた。
十合さんはどこからともなく割れたガラスを差し出してきた。これは、さっき紅葉も持っていたやつと同じ…?僕はカケラを受けった。
そこには、老夫婦が立っていた。あり得ない、そこには誰もいなかったはずだ。僕はあたりを見渡そうともがくが、それもできない。
「今日は綺麗な布地が手に入ったからねえ、新しく着物をこさえてあげようかねえ」
おばあさんとおじいさんも優しい笑顔を見せている。
これはもしかして何かの記憶だろうか。今僕は誰かの記憶を追体験しているのだろうか。
顔は動かせないが、目は見えている。天井が見えているのでちょうど今僕は何かに寝かされているらしい。すると、視界の角を何かが通ったのが見えた。視線を動かそうとするが、やはりできない。なんだあれ…よく見えないけど黒い渦…?何か渦のようなものが動いている?何とかしてもう少し見えないだろうか。
そんなことを考えていると、今度は視界一杯に人魂が浮かんでいた。
「うわあ!」
「いかがでしたか?」
「あ、あれ…?」
当たりを見渡すと心配そうに紅葉がこちらを見ている。
「どうやらこれに触れるとこの家にかつてあった記憶のようなものが見えるようです」
「どうかしたんですか?」
「うん、これなんだけどね」
僕はガラスを紅葉に渡す。
「うわ!何ですか今の映像!」
どうやら紅葉にも同じものが見えたみたいだ。
「これって…私が持っていたものと同じものですか?」
「うん、ちょっとさっきの貸してくれる?」
「はい、これ」
僕は最初から紅葉が持っていたものと今回十合さんから渡されたものをくっつけてみる。すると、ぴったりと合わさった。
「これ、一体何なんだろうね?」
「さあ…でも…」
「どうしたの…?」
「いえ、なんでもありません。大丈夫です。行きましょう」
紅葉が何かを言いかけたが、顔を背けて廊下に出てしまった。
「お気をつけて。そして…」
「あの少女にお気をつけを」
「へ?」
紅葉には聞こえないような声で、十合さんがぼそりとつぶやく。
「どういう意味…」
十合さんはすでにもういなかった。人魂は消えることができるのだろうか。
記憶のない少女、探せと言われた謎のガラス…そしてこの館の主…謎が多すぎる。もう少し情報が欲しい。考えるのはそれからだ、まずは体を動かそう。僕は部屋を後にした。