さて、一階はあらかた探した。次は下に行くか上に行くかだが…とりあえず上に行ってみるか。
「紅葉、上にいこう」
「はい、わかりました」
階段を上がると、左右に二つずつ部屋が見える。とりあえず僕達は近くの部屋に入った。そこには…
「あれ?お姉ちゃん達誰?」
ぷかぷかと人魂が浮かんでいた。
「また人魂…僕は日向。こっちは紅葉」
「僕は…名前も忘れちゃった。死んだ時に忘れちゃったのかな?何してたとかも忘れちゃったよ」
「名前を忘れた?」
「うん、死んじゃったことは覚えているんだけどね。死んだときに全ての記憶を忘れちゃた」
「全ての記憶を…」
「僕たちはここから出る方法を探しているんだけど何か知らない?」
「うーん、確かにお兄ちゃん死んでないね。でも出る方法…?この家の主人に帰してもらうとか…?でも、多分主人に会ったら食べられちゃうよ?最近は見てないけど、何でも地下で寝てるらしいし。主人が起きる前にこっそり逃げ出すしかないんじゃないかな?」
十合さんも言っていた主人か。結局それがネックのようだ。
「そう、ありがとう。あ、そうだ、これ知らない?」
僕は懐からガラスの板を取り出す。
「うん?ああ、それ?持ってるよー。もしかしてほしいの?僕のものじゃ無いしあげてもいいけど、ただじゃ嫌だな…僕と遊んでよ!」
「遊ぶって?」
「そうだなー、鬼ごっこは好きだけどこの体だしね…じゃあ、早口言葉にしよう!」
どこから取り出したのか、早口言葉が書かれた紙を僕たちに渡してくる。その紙には…
・カエルぴょこぴょこみぴょこぴょこ合わせてぴょこぴょこむぴょこぴょこ
・お綾や八百屋にお謝りとお言い
・この竹垣に竹立てかけたのは竹立てかけたかったから竹立てかけた
・青巻紙赤巻紙黄巻紙
一般的な早口言葉が書かれていた。というか早口言葉なんてしたことないぞ、どうしよう。
「ふふん、こんなの子どもじみた遊びですよ、任せてくださいよ!」
自信満々に紅葉が髪を僕から取り上げる。
「3回繰り返し言えたら成功ねー」
「いきます!かえるぴょこ…みぴょ…あ、合わせてぴょこ…むぴょ…」
「…」「…」
これは早口言葉なのだろうか。早くないし言えてない。
「ごめんなさい、無理です!」
「えー…僕もほとんどやったことないよ…」
もう一度紙に目を落とす。早口言葉のコツは口を大きく動かし、ハキハキとしゃべることだ。
「い、いくよ…?」
「青巻紙赤巻紙黄巻紙、青巻紙赤巻紙黄巻紙、青巻紙赤巻紙黄まきぎゃみ!」
最後は勢い任せで押し切った。
「最後言えてました?」
「あはは!面白―い!いいよ、面白かったからあげるよ」
どうやら許してもらえたみたいだ。まあ、目的を果たしたのだからいいか。
「はいどーぞ」
先ほど十合さんにもらったもの、そして紅葉が最初から持っていたカケラと同じものだ。改めて僕は手を伸ばす。
一瞬視界が暗くなる。そこは寝室だった。
一人の老婆が布団に横たわっている。ゴホゴホと咳き込む老婆の手を老爺が握っている。老婆はもう一つの手をゆっくりとこちらに伸ばしてきて、この視界の主に触れる。
「心配しないでね、大丈夫だから」
今にも消えてなくなりそうな声だ。誰から見てももう長くないことが分かる。そしてまた一瞬の暗転、場面が変わり外にいた。これはお墓だろうか。簡易的な石の墓が目の前にある。視線の主と老爺(ろうや)が墓を見つめている。老爺の手が視線の主の頭を撫でた。
「大丈夫ですか?」
紅葉の声で僕は目を覚ます。やはりまた夢を見ていたらしい。
「うん…これっていったい何なの?」
「また記憶が見えたんですか?」
「うん、はいこれ」
僕は紅葉にカケラを手渡す。
「…」
「それ、渡してよかったの?」
突然人魂に声を掛けられた。
「え?どういうこと?」
「このお姉ちゃん、何者なの?」
「どういう意味?」
「このお姉ちゃん、本当に人間?」
何を言っているんだと思ったが、確かに紅葉について分からない点が幾つかある。何者かと言われたら、分からないと答えるのが正解だろう。
「一声叫びって知ってる?」
「いや、知らない」
「人じゃないものってね、同じ言葉を繰り返し言えないんだ。僕だってそう。だからこの早口言葉は言えない。お姉ちゃんだって全く言えてなかったよね?」
「それだけで人じゃないって思うのはちょっと突飛じゃない?」
「そうかな?まあいいけどねー。さて、それじゃ僕はもう行くよ、じゃあねー」
人魂はいつの間にか消えていった。
「…」
「紅葉、大丈夫?」
「は!ああ、すみません…ちょっと…なんだか…」
「ちょっと休もうか。大丈夫?」
「あれ、人魂は?」
「さっき消えちゃったよ」
「そうですか…」
明らかに紅葉の顔色が悪い。紅葉もきっと僕が見たものと同じものを見ているはずだ、あの中にそんなに体調を崩すようなことがあっただろうか。
「何があったの?」
「…わかりません。でも、ちょっと気持ち悪くて…」
思い返せば、一つ目の記憶を見たときもどこか様子がおかしかった。しかし、僕が見た限りではおかしなところはなかった。紅葉はやはりあの二人を知っている?もしくはこの家とやはり関係がある?いやでも、年齢的なものが一致しない。仮に視線の主が紅葉だったとして、明らかに視線の位置が低いのだ。部屋の中にあった布団も小さい子ども用、記憶の中の視線も5歳児くらい、紅葉はどう見ても中学生くらいだ。
その他の家の関係者といえば…
『はて、あなた達も主に招かれてここに呼ばれたのでは?」
『このお姉ちゃん、本当に人間?』
人魂達をここに集めた館の主、人ならざる者…
そこまで考えて頭を振る。自分の憶測だけで人を疑うのはよくない。そう自分に言い聞かせる。人を疑うことをしないなんて高尚な人間ではない。単純に紅葉のことを疑いたくないのだ。正直に言えば、紅葉の正体に関しては分からない。紅葉が何者なのかも、なぜ今このようになっているのかも…
「…」
「…もう大丈夫です」
「うん、分かったよ。行こう」
悪い想像を振り切り、僕は紅葉の方を見る。顔色はまだ悪いが、さっきよりは顔に赤みが戻ったように見える。
立ち上がる紅葉に手を貸して引っ張る。
「…」
「…?」
「京介さんって、女慣れしてますよね」
「そんなことないと思うけど…」
「そうですか?でも今も立つときは手を貸してくれたり、励まそうとしてくれたり…」
「うーん、たぶんだけどお姉ちゃんが2人いるからじゃないかな」
「はーん、なるほど、京介さんの女性の扱いはそこで鍛えられたんですね」
「鍛えられたって程でもないけどね」
『いいですか京介君。女性の歩幅には気を付けなさい。女性の一歩は思った以上に狭いです。同じ歩幅で歩く必要があります。ということで歩く速度を少し落としてください』
『いいかい、京介。女性の変化には敏感になるんだ。ヘアスタイル、ネイル、パフューム…全ての変化に気が付くように。ところで、ちょっと変えたところがあるんだが…もちろんわかるよね?』
姉から今までに言われたことは山ほどある。そして、それを守らないとよく怒られたものだ。
なんかふと思い出して、ちょっと憂鬱になったな…
「京介さん?」
「何でもないよ、行こう」