走り去っていく紅葉を追いかける。その姿に既視感を覚える。まるで昨日の僕ではないか。
状況は違うし、物事の重みも違うが不安や恐怖から逃げたくなる気持ちだけは痛いほどわかった。
半狂乱のまま玄関の扉から飛び出そうとしている紅葉の腕をつかみ、何とか引き寄せる。
「いやだ!離して!!!!」
じたばた暴れる紅葉を僕は羽交い絞めにする。暴れる紅葉の腕が顔やお腹に当たってすごく痛い。しかし手を離せば紅葉が行ってしまう。それだけは避けたい。
「紅葉、話を聞いて!」
「いや!聞きたくない!私は化け物だもん!!人じゃないんだ!」
紅葉の抵抗が強くなる。このままでは振り払われてしまう。こんな時に林君がいれば難なく抑えられただろう。こんな時に大園さんがいれば落ち着かせられただろう。こんな時に本庄さんがいれば紅葉を元気づけられただろう。改めて感じる三人の凄さと自分の不甲斐なさに胸が締め付けられる。だが、今ここには僕しかいない。僕が三人の役割を担わなければ紅葉がどこかに行ってしまう。だからやるしかないのだ。僕にできること、それは…
「紅葉は化け物じゃない!」
「嘘!」
「嘘じゃない!根拠もある!」
推理すること、解決の糸口を見つけることだ。かつて林君に言われたことを思い出す。それぞれの役割を全うしろ、と。だからこの状況を解決するには僕の推理を伝えるしかない。
「じゃあ教えてよ!私はいったい何なのか!」
ほんの少しだけ紅葉の抵抗が弱まった気がした。
「まず、最初僕たちが出会った時を思い出して。僕は玄関で目を覚ました。紅葉は廊下の奥にいた」
「それが何だっていうんですか?たまたまそこにいただけでしょう!」
「僕もいくつか不思議な体験をした身だからわかるんだけど、物事にはルールってあるんだ。外から招かれたということは普通玄関から入るよね。同じように外から紅葉が来たのならば紅葉も玄関にいるはずなんだ」
「じゃあ、玄関に居なかったってことは私はやっぱりここの化け物なんじゃないですか…」
僕の腕の中で紅葉の手がだらんと落ちる。絶望しているのだろう。
「僕の推理で申し訳ないけど、紅葉はこの家の関係者だ。でも化け物じゃない」
「それは、慰めですか?」
「いや、客観的な事実に基づく推理だよ」
その中には希望的観測と突拍子もない推理も入っていることは否定できない。だが、それでも僕は紅葉に伝えたいのだ。
「私がこの家の関係者だとして、どうして化け物じゃないと言えるんですか…?」
「これは僕の推測だけどね、僕はやっぱり紅葉がこの記憶の主なんじゃないかと思ってる」
「でも、それは私と視線の高さが違うって話じゃないですか」
「今まで見た記憶はどれも記憶の主は立ってないんだよ。だから高さが分からないんだ」
「一つ目の記憶は天井が見えていたということは横になっていたってこと、二つ目の記憶でもそう、おばあさんの布団のそばにいたんだから座ってたって考えたほうが自然だね」
「でも、だってあのお墓の時は…!」
「おじいさんと二人でお墓の前にいたときだよね。その時記憶の主はしゃがみこんでいたんだ。お墓に手を合わせるために」
「…」
「これで視線の位置問題は解決した。他には?」
「じゃあ、あの敷かれた布団は?明らかに真ん中の布団は子ども用でした。私とサイズが合いません」
「うーん、僕がこの家を見て思ったことなんだけどね。時間軸があべこべすぎるんだよね」
「どういうことですか?」
「普通さ、仮に人が忽然と消えていたとしてご飯炊きながら布団敷く?」
「…布団が敷きっぱなしだったとか」
「それもあり得るけど、どちらかというと記憶が再現されてるんじゃないかな」
「記憶が再現されている?」
「誰かの記憶をもとにこの家が再現されているんじゃないかな。人が忽然と消えたんじゃなくて、その家のその部屋の記憶ごとに再現されているって感じ」
「寝室なら寝室の記憶の通り、炊事場なら炊事場の記憶の通りってことですか?」
「そうそう、そして記憶なら印象深い記憶ってあるよね。その結果、部屋ごとに年代が違うんじゃないかな。事実、囲炉裏を囲んでた座布団は大人用が3枚だったよ」
「私がこの記憶の主の可能性があるってことは分かりました。でも、私が化け物じゃない根拠って何ですか」
「一つ目の記憶を思い出してほしい。あの記憶の中には老夫婦と視線の主、そして視界の端に黒い影が見えたよね」
「はい、確かに」
「ということは、あの場には4人存在したことになる。記憶の主と、おじいさんおばあさん、そしてあの黒い影。ということはあの黒い影と記憶の主は別物になる」
「じゃあ、私はいったい何者なんですか!」
「…それは分からない。紅葉が何者なのか。だからこそ、記憶を見る必要があるんだ。見てこれ」
僕は懐からカケラを取り出す。
「最初に紅葉が持っていたものが一枚、十合さんが持ってたもの、そして、さっき持ったもの、ほら、つながるよ」
ドーナツというか、CDみたいというか、ともかく真ん中が開いた円状の形になる。しかし、まだ完全ではない。CDの4分の1がまだ欠けている。
「最初に紅葉が僕に渡してくれたこのカケラ、触ったときにこれを探してって声が聞こえてきたんだ。そして、あの声は、紅葉だったと思う」
「…」
「根拠としては薄いかもしれない。それでも、僕は紅葉が化け物じゃないと思う。そして紅葉が何者なのかもこの欠けた部分の記憶を見れば何かがわかると思うんだ」
「…記憶が戻ったら、やっぱり化け物だったというのもあり得るかもしれませんよ」
「その時はその時だよ」
「京介さんを食べちゃうかもしれませんよ」
「そうなったら…頑張るよ」
紅葉の手が、僕の手をつかむ。
「怖いです…私が何なのか、誰なのかもわからないし…」
「怖いよね。不安に押しつぶされそうになるよね」
「私は人間じゃないかもしれません」
ぎゅっと手をつかむ力が強くなる。
「…それは分からない。だからこそ、真実を知るためにも、記憶をたどるべきなのかなと思うよ」
「私が人じゃなかったら…京介さんはどうするんですか?」
「別に変わらないよ。僕知り合いに宇宙人と神様いるし今更だ」
「ふふ、何言ってるんだか」
この感じだと信じてなさそうだがまあいい。重要なのは紅葉が元気になることだ。正直に言って、紅葉は何か秘密がある。人魂たちの忠告や話を聞く限り、きっと何かあるのだろう。同じ言葉を繰り返せなかったし…でも、僕は短い時間でも一緒にいた紅葉を信じたいのだ。
「ごめんなさい、京介さん。取り乱しました」
「問題ないよ」
僕は羽交い絞めにしていた紅葉を離す。離した時に気が付いたのだがお互いもみくちゃになって着物がはだけまくっている。ちょうど紅葉は玄関の方を向いているから正面は見えないがとんでもないことになってそうだ。肩が見えてたり何なら肩甲骨まで見えていたりする。
「あ、こっち見てても大丈夫ですよ」
「見ないよ!」
僕は後ろを向く。というか僕も浴衣がはだけている。えっと、これをこうして…どうかな。結べているのかな?いつもどっちが前だとか分からなくなるな…
「はい、おっけーです!」
「うん、じゃあいこっか」
僕は振り返ると、紅葉はきちんと身だしなみを整えていた。これが大園さんだったらわざともっとはだけさせて
『先輩こっち向いていいですよー』
『終わった?って終わってないじゃん!』
『きゃー!先輩のエッチー!』
みたいなことで僕をからかってきたと思う。その点、紅葉は素直でよかった。
さて、最後の記憶のカケラを見に行こう。鬼が出るか蛇が出るか、それとも全く想像しない何かが出るのか。答えはもうすぐそこにある。
「最近、私たちの出番ないですね」
「…仕方ない」
「なんか私達でもまだしてない下の名前呼びとかあだ名とかで呼んでるよ!?いいの!?
」
「…それも仕方ない」