必要なものを用意して僕たちは地下の階段に向かう。僕の手には日本刀と、そして後ろにはとあるものを詰め込んだ風呂敷を背負っている。紅葉と並んで地下の階段を下りる。先ほどは下りてなかったから分からなかったが、ここだけ様子がおかしい。他の部屋が障子というか襖なのに対してここだけ扉だ。
「ここは、本来の家にはありませんでした。私が創造したものです」
「そんなこともできるの!?」
「ええ、魔術を施すにはある程度の広い場所が必要だったので」
「す、すごいんだね」
「それほどでも」
僕たちは地下の扉の前に立つ。紅葉の顔がこわばっている。おそらく僕も同じだろう。
ここは年上として何か励ますことを言わなければならない。
…なんかこれ、さっきも同じこと考えたような…
「京介さん、改めてここまでついてきてくれてありがとうございます。正直、本当に心強いです」
「紅葉…」
「あなたとなら、何でもできそうな気がします!」
「うん、頑張ろう紅葉!」
励ますつもりが、僕が励まされてしまった。
「作戦ですが、私が呪文を唱えます。京介さんは相手の気を引いて時間を稼いでください。せめてものお守りとして魔術を京介さんにかけておきます。数度ならば鵺の牙や爪を防げるでしょう」
紅葉が何かをつぶやくと僕の体がぼんやりと光を帯びる。なんでもできるな、魔術ってスゲー…
「じゃあ、行きますよ…!」
「うん」
準備を終え僕たちは、扉を開く。辺りにケモノ臭が広がり、思わず顔をしかめる。扉の中には記憶の中で見た化け物が縄に繋がれていた。しかし、その縄も不自然なほどに黒ずんでおり、今にもちぎれそうだ。
化け物は目を開くと低いうなり声をあげてこちらを威嚇している。徐々にブチブチと音を立てて縄を引きちぎられていく。一本、また一本と結びついている縄が外れていくたびに僕の心臓が高鳴る。腕に巻きついていた最後の一本がちぎれたかと思うと同時にこちらに飛び掛かってきた。
ガキイインと紅葉の張ったバリアのようなものと鵺の爪がぶつかる。そのまま鵺の体を押し飛ばすと僕たちは地下室の中に入る。狭い階段で戦うよりも、広い地下室の中で戦う方がいい、そう判断したのだ。
「ウガッガガガガガガ!ガア!!!」
僕には一瞥もくれずに紅葉のほうに向かっていく。このままでは紅葉が呪文を唱えられない。僕は風呂敷から一本の酒瓶を取り出す。中には日本酒が入っている。
「これでも、飲んどけ!」
僕は蛇に向かって酒瓶を投げた。パリンと甲高い音が鳴り響き地面に酒がこぼれる。酒の匂いがあたりに充満し、蛇の動きが止まった。これが僕のメインの武器、お酒の匂いで相手を誘惑しよう作戦だ。蛇の体(動物でいうとしっぽの位置だろうか)がお酒につられて寄っていく。ヤマタノオロチ伝承でもあったが、やはり蛇の弱点はお酒らしい。残念ながら草薙剣はないが、足止めはできるだろう。
紅葉と一瞬目が合う。紅葉は頷き、呪文を唱え始めた。
僕は時間を稼がなければならない。僕は鵺の気を引くために、日本刀を抜き思いっきり突き刺した。日本刀は使えなくても突き刺すことぐらいはできる。前に物干しざおで培った突き技術だ。
「ギギギギギギギギギギ!!!!」
突き刺した日本刀が刺さらないことに僕は驚愕した。あまりにも皮膚が硬すぎて刃が通らなかったのだ。
ブンッ
「アブな!」
熊ほどもある太い腕が僕の方に向かって振り下ろされる。日本刀が刺さらなくて驚いたことが功を奏した。驚いて一歩引いていたのだ。
鵺の体がこちらを向く。いつまでも日本酒を飲んでいる蛇の胴体を鵺の腕がつかむ。いつまで飲んでいるんだとでも言いたげに蛇の体を引っ張った。猿の顔と蛇が僕を見てくる。非常に怖い、人間がせいぜい勝てるのは10キログラムくらいの犬が限界だと言われている。人間は武器がない限り大型の生き物には勝てないのだ。
「はあ、はあ…」
恐怖で息が荒くなる。僕は日本刀を構える。見様見真似、昔見た侍映画の一場面を思い出す。カタカタと刀身が震える。今まで何度か化け物と対峙したことはあった。しかし、ここまで恐怖を抱いたことはない。今まではなんだかんだ近くに林君がいたり、大園さんがいたり本庄さんがいたりした。しかし、今三人はいない。嫌な汗が全身に流れる。鵺は警戒してこちらの様子を伺っている。しかしいつまでもこの時間は続かないだろう。いつ飛び掛かられてもおかしくない。紅葉の呪文を唱えている時間が永遠のように感じる。
…違う。僕は何のためにここにいるのか思い出せ。僕は…紅葉とともに戦うためにここにいるのだ。泣き言を言っている場合ではない。ここに三人はいないのならば僕が何とかしなければならない。
グッと手に力を入れる。怖いものは怖いが少なくとも情けない気持ちは消えた。ないものねだりよりもある手札で戦わなければならない。
「グルルルル…ガア!」
しびれを切らして飛び掛かってくる鵺を僕は何とかかわす。よくかわせたな僕。続けてもう一発の爪の攻撃も僕は後ろに下がりかわす。今までの経験値から戦いのセンスが開花したのだろうか。
…うん?よく見たら鵺の体に何かが巻き付いているのが見える。これは、縄だ、鵺の体のいたるところに縄が結びついている。
紅葉の封印は体に縄が結び付き、動きを止める効果でもあるのだろうか。僕が強くなったのではなく、紅葉の呪文の効果で相手が動けなくなってきただけだった…でも、これは希望が見える。
僕は紅葉の方を見た。紅葉の額には汗が浮かんでいるが、同時に笑みも浮かんでいる。
もう少し、あと少しだ。もう少しで呪文が完成する…!
これを人はきっと油断というのだろう。