「日向」
「あ、林君。ごめんね、昨日は心配かけて」
「構わない、大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
「荷物、持とうか?」
「いやいや!大丈夫だよ!」
気遣いに感謝しつつも、僕のカバンを渡すことは断った。林君は鋭いので重さでバレるかもしれない。まあ、林君達には近いうちに伝えるのだが、少なくとも氏神様に見てもらってからの方がいいだろう。
僕達は話しながら学校に向かう。
「あれ…校門に人だかりが」
「今日は持ち物検査の日だからな」
「えっ…?」
「昨日終わりの会の時に言われてた」
知らなかった…というか、先生の話を聞いていなかった。どうしよう…果たして紅葉(日本人形)は不要物扱いなのだろうか。学校には不要なものだが誰かに害をなすものではない。いや、そんな道理が通用するのだろうか。ここは一旦紅葉を部屋に戻すか?
「あ、おい日向。大丈夫か?」
はい見つかった。もうダメだ。こういう時の新山先生の視野の広さはちょっと恨めしい…
「…はい、大丈夫デス…」
「なんかかカタコトだな。まあいい、荷物検査だ。カバン開けー」
もうダメだ、とりあえず間違って持ってきましたと言ってゴリ押すしかない。
僕は意を決してカバンを開けた。
中にはパンパンに詰められた日本人形(紅葉)が先生の前に晒された。
「先生、これはですね…」
「うん?あれお前担当だったか?」
「…へ?」
「いや、文化祭で和風カフェやることになっただろ?だから各自和風な物持ってくるって話だっただろ」
「あ、あー!そうですね!そうですそうです!」
「ただ、高いもんだったら壊されたら困るから自分で管理しろよ」
「はい!わかりました!」
ラッキー、これも日頃の行いだろうか。なんとか難を逃れることができたぞ。僕は足早に先生の前から去る。
「林君、僕は寄るところあるから先教室行ってて!」
「ああ、わかった」
林君とも別れ僕は校舎裏に向かう。校舎裏はひっそりとしており、誰もいない。校舎裏の奥、そこに氏神様の祠がある。
なぜか祠の前にお賽銭箱が置かれている。
「氏神様、いますか?」
僕は小声で氏神様を呼ぶ。
「うむ、日向か」
「おはようございます、氏神様」
「おはよう、どうした?」
「実は…見て欲しいものが」
そういって僕はカバンの中から紅葉を取り出す。
「これは…付喪神か」
「やっぱりわかるもんなんですね」
「これでも神じゃからな。大切にされてきたものには魂が宿るとされておる。この人形には明確に魂が見える」
「紅葉、この人は氏神様。人の姿になっていいよ」
「それでは、お言葉に甘えて」
紅葉はポンっという音と共に人の姿になる。
「これは珍しいの。日向の家にあったものか?」
「うーん…なんと説明したらいいのか…」
僕は自身に起きたことを説明した。
「お前は本当に不思議なことに巻き込まれるの…」
「あはは…あの氏神様、これからどうしたらいいのかを教えて欲しくて」
「ふむ、教えるも何もさっき言ったことが全てじゃ。魂が宿るなど、よっぽど大切にされてきたのじゃろうな」
紅葉は照れているような、誇らしいような表情を浮かべている。
「しかし、ほぼ全部の力を失っているようじゃな。残っているのはわずかじゃ。付喪神として生きていくためのえねるぎーとでも言えばよいか?それがほとんど残っておらん」
「そんな…!なんとかならないんですか!?」
「落ち着け、日向。お主、我と最初に出会った時を覚えておるか?ワシも消えかけていたじゃろ?」
氏神様が祠の前に立つ。
「よいか?我々も人間も生きていく、いや存在していくためには何かしらのえねるぎーが必要じゃ。ワシで言うと信仰心じゃな。信仰の失った神は消えゆく定めじゃ。しかし、ワシはまだ存在しておる。それは信仰が少しずつ戻ったからじゃ」
氏神様がコンコンとお賽銭箱を叩く。
「お主らの活躍で少しずつ信仰が戻り、力を取り戻した。この賽銭箱も新山が用意したものじゃ」
「つまり…?」
「不足したものは補うことができる。お主らも栄養が不足したら食べ物で補給するじゃろ。それと同じで付喪神の欠けている力は補うことができる。それで補充していけばよい」
「本当ですか!?」
曇った僕達の表情がパッと明るくなる。
「うむ、おそらく大切にされてきたことによって正のえねるぎーが注がれ続けてきたのじゃろう。それなら正のえねるぎーを補充してやれば問題ない。あとは、まあそうじゃな。こんな信仰も薄れたこの世じゃが多少なりともまだ霊力は残っている。ここで霊力をためていけ」
「そういえば、霊力ってなんですか?」
「霊力とはそうじゃな、見えない力とでも言おうかの。ワシが失せ物を探す時に使う対価じゃ」
僕の考えを見透かしたかのように氏神様が答える。
「見えない力を消費して氏神様は失せ物を探してるんですか?」
「そういうことじゃな、何も対価無しに行うことは無理じゃ。お前らだって動けばえねるぎーを消費するのと同じじゃ」
「この現代の世ではなかなか霊力に満ち溢れた場所はない。まだここの方がマシじゃろ。日が出ている間はここにいて霊力を蓄えよ。夜はそうじゃな、飯を食って寝ろ」
「そんな人間みたいな生活で大丈夫なんですか?」
「ああ、構わん。ようするに、複数の方法でえねるぎーを補充すれば良いということじゃ」
「よかった…」
とりあえずの方針は決まった。詳しいことはわからないが、氏神様に任せておけばいいだろう。まあ…毎日紅葉を抱えて学校にくることになるというのは少々困りものだが…何か一つ鞄買おうかな…
「なに、力が戻れば付喪神本来の力も使えるようになるじゃろう。例えば物に化けたりとかな」
「おー、それはすごい。でも本当にそんなことできるんですか?」
「今だって人形から人間に化けてるも同然じゃろ。それの応用じゃ」
僕的にはもう少し小さくて目立たない物に変身できるようになってくれたら嬉しいが、まあそれは紅葉の努力次第だろう。
「頑張ります!」
むんっとやる気を入れる紅葉に僕は思わず笑みが溢れる。
「後で迎えにくるね、そしてその後にみんなに紹介するよ」
「はい!京介さんまた後で!」
僕は紅葉に手を振って別れを告げる。
古民家での僕の冒険は終わり、再び日常に戻ってきた。今回で改めてわかったがやはり僕は誰かに助けられて生きていかないとだめらしい。人付き合いが上手くない僕にとってそれはある意味致命傷かもしれないが、今回の件で紅葉をほんの少しでも助けることができたのは僕の少しだけ自信につながった。僕も人のために役立ち、助けることができたのだ。僕は他のみんなと比べると矮小で取るに足らない存在かもしれない。しかし、そんな僕でもできることはあるのだ。小さいことかもしれないが、僕も人のために頑張ろう、そう思える出来事だった。
エピローグ
「ふーん、鵺負けちゃったんだ」
誰もいなくなった屋敷、廊下を照らす蝋燭はもう燃え尽きそうになっている。屋敷の主人がいなくなった今、この屋敷も崩壊していくのだろう。そんな中、廊下を蝋燭以外の光が照らしている。
「あっさり負けちゃったねえー」
「残念です、せっかく私が肩入れしてあげたというのに」
「圧倒的に鵺が有利だったのに、どんでん返しもあるようですね」
「そうだよね、わざわざこの場所を紹介してあげて、そして砕いた魂も僕たちが回収してあげたのにー。それでも負けちゃった鵺は弱かったのか」
「それとも、あの付喪神の思いが強かったのか」
「はたまた、付喪神が召喚した人間がイレギュラーだったのか」
「ま、楽しい見せ物だったよ。付喪神に本まで託しちゃってやりすぎかなと思ったから色々肩入れしてあげたけど、結局だったねー」
三つの人魂は誰もいなくなった廊下でフワフワ浮かびながら話している。三つの人魂はそのまま一つに混ざり合い、一つの光の塊となった。わずかに残った蝋燭に照らされて、光の塊の影が照らし出されている。しかし、浮かんでいるのは光の玉にも関わらず、映し出された影は異形の形をしている。うぞうぞと動くその影は、まるで形を持っていないかのようだ。最後の蝋燭が消えると同時に、光の玉はどこかに消え、後に残されたものは静寂のみだった。
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