外は、月明かりに照らされ思ったほど暗くなかった。校舎の裏に回り、茂みの奥に進んでいく。校舎の裏は意外と広い。軽い茂みのようなものが広がっているのだ。その茂みを僕たちは進んでいく。
「うー…虫とかいたら嫌だな…」
「文句言うな、もう着く」
茂みの奥、少し開けた空間に確かに祠があった。天井部分がひしゃげており、祠の横にはそこそこ太目な木が倒れている。もしかして、林君はこれを一人でどかしたのだろうか。そうだとすれば、非常に力持ちだ。そんなことを考えながら祠に近づく。
「氏神様、いるか」
「む、早い再会じゃの。何かあったか?」
祠の陰から氏神様がひょっこり現れる。どこにも隠れる空間などなかったが…もはや僕の常識は通用しないのだろう。
「探してほしいものがある。花村という子の日記だ」
「ふむ、失せ物探しか。よかろう。祠を守ってもらったお礼じゃ」
そういって氏神様はおでこに手を当ててうなりだす。
「ほれ、見つけたぞ。職員室というのかの?それの奥の机じゃ。入って一番奥の机の引き出しの中じゃな」
「一番奥の机って、確か新山先生?1組の担任だよね?」
確かに新山先生の机だ。新山先生は僕のクラスの担任でもあり、僕に花村のことについて訪ねてきた人物でもある。
「クラスの落し物は担任が保管する。別におかしいことじゃないな」
「これで、花村の忘れ物の位置は分かったし、職員室に向かってみよう!」
「ああ、わかった」
「そうだね、いこっか」
僕は氏神様にぺこりとお礼すると、そのまま急いで校舎に戻った。戻ったのだが…
「職員室のカギが、開いていない…」
職員室の扉は鍵がかかっており、開かなかった。
「まあ、大切な情報とか個人情報とかおいているし、ここは厳重なのかもね…」
がっくりとうなだれる僕を横に、本庄さんが冷静に分析する。
「別に、今日しか忘れ物を見つけるチャンスがないわけじゃない。明日先生に行って返してもらおう。そして机の中に入れてあげればいい」
「うん、そうだね…」
林君に励まされ、僕も気を取り直す。花村の成仏のためにも、明日朝一で新山先生のもとに向かおう。
「さて、次だが…」
「その前に、日向君はどうするの?日向君の目的は果たしたんでしょ?」
「そうなのか?」
「う、うん…花村のことについて確かめに来ただけだから」
「そうなのか…」
「でも…最後まで付き合うよ。僕も、知りたくなったんだ。さっき本庄さんが見せてくれた新聞記事は、本当なのかもしれないって。花村のことを見て思ったんだ」
「何か裏があるってこと?」
「うん、少なくとも、花村はだれかに殺された。だから…他の七不思議にも何か関係しているんじゃないかなって思って…」
「日向は誰かが起こした事件だと思っているのか?」
「少なくとも僕たちの知らないことがあるんだと思うよ」
「結局、七不思議を確かめることに変わりはないわね」
「そうと決まれば、次にい…こう…」
「…?どうしたの?林君」
「またピアノの音」
耳を澄ますと、確かにどこかからピアノが聞こえてくる。
「また…さっきのカセットが再生されたのかな…」
「そうかもしれないが、これは月光だ」
「月光って、確か音楽室のピアノの幽霊が弾いてるっていう?」
「行こう」
職員室から離れ、林君は階段を目指す。ちらっと本庄さんを見ると、こくりとうなずいた。
階段を登っていると、先ほどとは違う感覚に陥った。
「そういえば、本庄さん、幽霊は大丈夫なの?」
「だ…大丈夫じゃないけど…もう見ちゃったし。何より神様にまで会っちゃったし…」
確かに、ここに来るまでに花村や氏神様とも出会っている。いまさらと言えばいまさらなのだが…
「で、でも怖いものは怖いの!今までのは、突然現れてわーって感じだったけど今はこっちから向かってるし、もう、心臓が壊れちゃいそう…」
確かに、突然向こうから現れるのと、こちらから向かうのはまた違った恐怖がある。
「シャツ、しわくちゃにしてごめんね」
本庄さんは僕のシャツをぎゅっと握っているので、その部分がしわになっている。
「ああ、いいよ別に。どうせ洗濯するし」
「しわが気になるのなら腕をつかめばいい」
林君がこちらに目を向けず階段を上っていく。
「そ、そんなことできるわけないでしょ!」
「…?なぜだ?しわが気になるのならば服じゃない部分を持てばいい。日向は今半そでを着ている。腕をつかめばしわにならない」
「あ…あはは…服をつかむのと腕をつかむのはちょっと違うと思うよ」
林君は留学生だからもしかしたら文化が違うのかもしれない。それこそ、あいさつでハグをする文化だってあるんだし。
「…」
本庄さんも黙ってしまった。
「あの…日向君。よかったら…」
「もう着くぞ、気を引き締めろ」
本庄さんが何かを言いかけた瞬間、林君の言葉と被って最後が聞き取れなかった。
「ごめん、本庄さん何か言った?」
「ううん、何でもないよ」
なんだろ、ちょっと気になるけど、今は目の前のことだ。音楽室の中からピアノの音が聞こえてくる。先ほどと違う曲だ。林君が言っていた月光とはこの曲のことだろう。
「いくぞ」
「う、うん」
心臓がどきどきしている。やはり怖いものは怖い、なかなか慣れることはできない。
ぎゅっと本庄さんの服をつかむ手が強くなった気がする。また丁寧に靴を脱いで林君は音楽室に入っていく。
音楽室は先ほどとほとんど変わらない。唯一変わっているところとすれば、誰かがピアノの前に座っていることだ。
「…」
ごくりと生唾を飲む。鼓動が早くなり、口の中が乾いていく。
どうやらそれは本庄さんも同じようだ。唯一違うのは林君だ、そのままピアノに近づき、演奏者席に向かっている。僕たちも恐る恐る近寄い、覗き見る。そこには一人の生徒が座っていた。見るからに儚げで、ピアノの似合うお上品そうな女生徒だ。
制服を着ていることからこの学校の生徒だろう。しかし、制服の袖から延びる手は半透明で透けている。
「…!」「…!」
その子は泣きながらピアノを弾き続けている。
「俺の名前は林墨、2年だ。なんで泣いているんだ?」
林君は何の空気も読まず、生徒に問いかけている。ほんとすごいなこの人!
しかし、その問いかけに対して少女は何も答えない。ただ泣きながら弾いているだけだ。
「だめだ、答えてくれない」
「た…確か、発表会を控えていてそのノイローゼで自殺したって…」
僕たちのひそひそ声をものともせずに女生徒は泣きながらピアノを弾いている。一通り弾き終わると、少女は頭を振って涙を流している。
「あ、あのー…」
「どうして…」
「はい?」
「どうして来てくれなかったの?」
「え?何のこと?」
女生徒は何も答えずに消えてしまった。残ったのは静寂と、頭にはてなを浮かべる僕たちだけだ。
「あの子が言ってた来てくれなかったって、誰のことだろう?」
「私たち…ではないよね、初対面だし」
「それより、あの子の首元を見たか?」
「え、ごめん。見てないけど…」
「首を絞められた跡があった」
「それって…!」
「ああ、花村と同じだ」
「でも、確か記事によると失踪って書いてたよね?」
「うん、失踪してまだ何も見つかっていないって…」
「まずは、あいつの名前はなんだ?」
「え、ええっと…確か、3年生の木枯(こがらし)さん、だったはず」
「同日に行方不明となったのは?」
「金森先生って理科の先生」
「この二人には何か関係がありそうだ。理科室にまつわる七不思議もある」
「そうだね、確かめてみよう」
「次の行き先は決まりだね」
僕たちが目的地を決め、音楽室から出ようとした瞬間、まばゆい光に照らされる。
「おいおい、本当に七不思議を確かめに来る奴らがいるとはな…日向、お前には注意しておいたはずだぞ?」
「新山先生…何で…」
「やっばー…」
「…」