曲がり角での出会い
壁ドン、それは小説やドラマ、アニメの中で見られる相手を壁際まで追い込み、壁にドンと手をついて顔を近づける行為である。派生形に足ドン、あごクイ、股ドンなどがある。主に男女間で行われ、基本的には男性側が女性に対して行う。ひと昔前に流行した恋愛のテクニックである。ちなみに、イケメンしか許されない行為である。
なぜ、そんな話を今しているかというと…
「いいこと?口を滑らせたら殺しますわ」
「わ、わかった!わかったよ!」
屋上のフェンスに追い込まれた僕は今まさに壁ドンとやらをされている。一般的なものと違う点は、されているのが男子の僕で、しているのが女子というところといったところだろうか。
フェンスはこぶしがめり込み、いびつな形に歪んでいる。これを顔に食らったらただじゃすまないだろう。
なぜ、こんなことになったのか。原因は今日の朝にさかのぼる。
朝、寮の食堂
「おはようございます、京介さん!」
「うん、おはよう紅葉」
「紅葉ちゃん、ご飯お代わり!」
「…」
「…恵ちゃん、ご飯お代わり」
「はい、ただいま」
紅葉がテキパキと働いている。ご飯をよそい、お代わりを持っていく。僕は自らの足でご飯をよそいに行こうと席を立つ。
「はい、沢山食べてくださいね!」
いつの間にか僕の分のご飯をよそってくれた紅葉が僕の目の前に朝ご飯を用意してくれる。
「あ、ありがとう紅葉」
「いえいえ!」
大盛りのご飯に魚、サラダとみそ汁。朝はあまり食べない僕にとってこの量は結構莫大な量だ。しかしニコッと笑う紅葉に何も言い返せない。
「恵ちゃん、ありがとう。後は私がやるわ」
「はい、よろしくお願いします。京介さん、また後で!」
寮監さんに声を掛けられた紅葉はぺこりと頭を下げ、自室に戻っていく。
「ずいぶん仲がいいのね、あなた達」
「あはは、まあ…」
紅葉と僕は親戚ということになっている。だましているようで少し気が引けるが仕方ない。
『明らかに日向と俺たちに対して反応違うよな』
『俺たちに対しては塩対応だよな』
『だが、それがいい』
ひそひそとみんなの話し声が聞こえてきて少しいたたまれなくなる。居心地が悪いのでさっさとご飯を食べて学校に行こう。そう思っていた矢先だった。
「おはよう、日向」
「あ、おはよう林君」
「ここ座っていいか?」
「うん、どうぞ」
林君はいつも用意された朝ごはんにプロテインとサラダチキンを食べている。体を鍛えている林君はタンパク質の確保に余念がない。
「そういえば、恵さんはどうした?」
「学校に行く準備をしてるよ」
「そうか、ここにもなじんでいるようで何よりだ」
「うん、そうだね」
「それにしても、いつもより食べているな」
「う、うん…まあね」
「いいことだ。食生活は体づくりの基本だからな」
「あはは…」
紅葉が盛り付けたので僕が好き好んでこの量を入れたわけではないのだが…まあいいか。それよりさっさと食べないと学校に遅刻してしまう。僕は慌ててご飯を食べだした。
朝、学校
いつも通り紅葉をカバンに入れて僕は学校に向かう。ご飯の量が多かったため時間ギリギリだ。僕のせいで林君も遅刻ギリギリになってしまうと悪いので林君には先に行ってもらった。
重たいお腹を抱えて僕は早歩きで学校に向かう。
時間的に早歩きすれば十分間に合うのだが、それでもギリギリの時間には変わりない。もう少し急いだほうがいいかもしれない。
「ごめん、紅葉。少し揺れるかも」
「構いませんよ」
僕は駆け足で学校へと向かった。
「きゃっ!」「うわっ!」
急いでいたので注意力が散漫になってしまった。角から出てきた人影をとっさにかわすことができずにぶつかってしまった。僕は尻餅をついてしまう。
「申し訳ありません!お怪我はないでしょうか!?」
「いたた…は、はい。大丈夫です。こちらこそぶつかってごめんなさい。大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
相手側の女性からさっと手が差し伸べられる。というか、僕は女性とぶつかり僕だけ転び、そして助け起こされているのか。ますます情けない…
僕は伸ばされた手をつかみ、立ち上がる。
伸ばされた白い手はまるで陶磁器のようだ。その一方で僕を引き上げる力は信じられないくらい強かった。一体その細い手のどこにそんな力があるんだろう。そして何よりも
「(この人大きいな…)」
僕の伸長が確か170くらい。その僕が見上げないといけないくらい背が高い。
「その制服、大園高校の生徒さんでしょうか」
「ええ。そうです」
「実は私も明日から大園高校に通うんですの」
「え!?そうなんですか!」
この人が高校生なの!?
「ええ、それにしても…」
キーンコーンカーンコーン
「あ、やば!すみません、遅刻しそうなのでもう行きます!」
「あ、せめてお名前を。私は八向井紗枝(はちむかいさえ)と申します」
「2年生の日向です!ぶつかってごめんなさい!」
いろいろ気になることはあるが、そんなことを考えている場合はない。僕は一礼して駆け出した。
「あ、行ってしまわれましたか…」
「ふむ…まさかお仲間がいるとは」
「…ぽぽぽぽぽ」
女性の独り言は僕には届かなかった。