何かの間違いではないかと、何度も半透明の板に目をやる。その度に、どうしようもない現実が頭を叩く。
女性、女性だ。そう書いてある。
「どうなってるの……!?」
称号、巻き込まれ召喚に性転換者?
夢やドッキリなんかではない。実際に変異した手足や声、鼻に突き抜ける木々の青臭い匂い。
本当に、異世界に召喚されて性転換したんだ…!!
僕は自分自身をそう納得させ、震える指で板───ステータス表をタップする。すると一気に情報が映し出される。どうやらタップすることで詳細が見れるようだ。
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【勇者】
・女神に選定された異世界より召喚されし勇者、人類のため、魔王と戦う資格と力を与えられる。
異世界の言語を理解する能力を持つ。
【巻き込まれ召喚】
・本来の召喚場所に召喚されず、はぐれて召喚された者。
【性転換者】
・召喚時、なにかしらの要因で性別が反転してしまった者。元の容姿より大きく変異する場合がある。
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───なるほど、大体は思った通りだ。
アニメやゲームでよく見た、典型的な理由での異世界召喚。
だけど、僕目当てで召喚したのではなく、僕は
他に勇者として召喚された本命の勇者がいるようだ。
そして一番気になっていた性別の変化しただが、これは召喚時になったもののようだ。
「異世界、魔王…勇者…」
よくある設定で行けば、魔王を倒せば元の世界に帰れるってのがセオリーだけど、僕の場合はどうなるのだろう。性別も元通りになるのか、そのままなのか。
そのままであれば、大分
姿形、性別すら変わっているのだから。
「ギィ……ギャギャ…」
「──ひっ」
そこまで考え込んでから、目の前の現実に目を向ける。そうだった。茂みの直ぐそばにはゴブリンが居るのだった。
ゴブリン──子供のように小さな身体であるが、それでも魔物だ。黄色い目は血走り、手足には鋭い爪が生えている。その姿に思わず身震いする。
幾ら僕に勇者としての力があってもゴブリン達に勝つのは難しいだろう。
───逃げよう。
そうするしかない、剣も道具もなしに勝てるわけがない。これからのことも、まずは逃げて生き延びて───それから考えよう。
僕はそんなことを考えて、いや、それしか考えずに行動した。
だから、だろうか。
パキリ…
「…あ」
地面にあった小枝を、踏み抜いてしまった。
それはこの状況において、致命的なまでの爆音であった。
♦︎♦︎♦︎
「はっ、はっ、はっ!!」
走る、走る、走る。
「ギャギャギャ!!」
「ギィ!!ギィー!!」
「ギャギィ!!」
背中に突き刺さる醜悪な鳴き声など気にも止めず、少女────紫乃 三月は走り続ける。
知らない森の中、それも整備など全くもってされていない地面を走り抜けようとする。
「いっ!?あっ…!!」
当然、そんなことをしていれば転ぶ。例えこの身体が少女ではなく元の少年であっても、この結果になっていたであろう。
「ぐ……あっ──!!」
膝の擦り傷に気を配る暇もなく、三月の目はその姿を捉えた。
ゆっくりと、まるで恐怖を与えるかのように此方へと近づいてくる三体のゴブリン。そのどれもが顔を醜悪に歪め喜んでいる。
三月がゴブリン達の姿を捉えたように、ゴブリン達もまた、三月の姿を捉えていた、その性別も、その体つきも、余すことなく。
「ギィァ!」
「ギギ───!」
「ギィギィ!」
三体のゴブリンが一斉に襲い掛かり、三月の身体を押さえつける。
小さい体躯ながらもやはり魔物。鋭い爪が彼女の柔肌を引っ掻き、傷つける。
「い゛っだ!?ー!!っこのぉ!!」
元々少年であった三月はその痛みに悶え────そして、激昂した。少女の白い手が近くの
「ギャギィ゛ー!?ッ!」
ゴシャッ!という音が鳴り、ゴブリンの頭から血が吹き出る。────が、それまでだった、石で一度殴った程度では決めきれない。
「ギィィィィ゛──!!」
「あっ、いゃ──いまのは、違くてっ、まちがいっで!!」
血塗れのゴブリンは激怒し純粋な殺意を三月に向ける。それだけ、ただそれだけで、三月は抱いていた激情を手放してしまった。一瞬で恐怖が脳を支配し、口が勝手に言い訳をのたまっていた。
ゴッ!
ゴブリンの拳が、三月の顔を殴打する。
「いっ゛!?だぁ──」
バキッ!
再び、拳が飛ぶ。
「ま゛ってッ!?まっ─」
体重をかけながら、ゴブリンは何度も殴りつける。
ゴッ!
バキッ!
ドゴッ!
「やめっ゛で──いだい゛っ!」
何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も──。
「やめ、て───やめて、くださいっ…いたい゛いだい、です…うぐ、ぅぅ゛ごめんなさい゛…許して…ぐださいっ…う、えぇ…」
何度目かの懇願の後、殴打が止まった。三月の顔はもう涙と血でぐしゃぐしゃになっていた。殴っていたゴブリンも疲れたのか、ヒューと肩で息をしていた。
────もう殴るのはやめだ、
「うぇぇ……?あっ゛ー!?」
三月の血の混じった目がゴブリン達の顔を見て、違和感に気付く。
ゴブリン達の表情に殺意や敵意に混じって、違う物が浮かんでいる。ニタニタと気持ちの悪い笑みを貼り付け、よだれすら垂らしている。
「───ぁ」
その意味に、気づいてしまった。男の身ではなく
思い返してみれば、あの三体の中に雌と思しき個体はいなかった、全て雄に見える容貌をしていた。もしかしてゴブリンには雌の個体がいないのだろうか?
──そうだと、したら。
「ぁ───ぁぁぁ゛あ゛あああ゛!!」
三月の背筋が凍る、一気に恐怖がせり上がってくる。
嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!!
身体がそう叫ぶ。それは絶対に受け入れてはならない、女の身体が何よりも恐れているもの。
「あ゛がぁぁぁ゛!!」
だが、幾ら叫んでも幾らもがいても反撃できるものは何もない。そうこうしてる内に、ゴブリンの鋭い爪が服を引き裂く。想像してしまった最悪の未来が、直ぐそこまで迫っている。
「──ス、スキ、ル…スキル!!」
そんな土壇場で、三月が藁にも縋る思いで叫んだ。
「ギィィィ──♪」
「…
瞬間、
三月ちゃん
・召喚直後にゴブリンに襲われ、ボコられる勇者。
自分の性別をあらためて認識する最初のイベント。
ゴブリン達
・種族ゴブリン
雄しか存在しない魔物で、主に人間や女性の魔族を襲い孕ませることで数を増やす。魔物の中でも最弱と言われるが、その脆弱さを補うように繁殖力が非常に高い。
また、最弱といっても魔物であることに変わりなく、騙し討ちや他者から奪った武器なども駆使するため案外油断ならない存在。