それは、まさに一瞬の出来事であった。
身体にのしかかっていた三体のゴブリン達が薙ぎ払われ、木々に激突する。
「え…え?」
それをやったのは、三月の腕から
その触手は大きく、赤黒い。例えるなら吸盤を取り除いた茹でダコの足。それが、うねうねと動き回りあたりを探っている。
「ギィィィィ゛────!!!」
薙ぎ払われたゴブリンが、激昂しながら立ち上がる。
三体とも薙ぎ払われ際に負傷したらしく、動きが断然鈍い。さっき三月を殴りつけていた個体に至っては片腕がダメになったようだ。
ゴブリン達は怒りに顔を歪ませながら、再度襲いかかってくる。────が、遅い。
触手はムチのように全身をしならせ加速する。
ほぼカウンターのように、触手はゴブリン達に直撃し、ぶちり、と肉が裂ける生々しい音が森林に響いた。
「────ガァ!?」
「うぇぇ…!!」
触手はゴブリン達三匹の胸部を一緒に貫いた。赤黒い血潮が更に触手を濡らし、更に奥へと突き刺さる。
ゴブリン達は苦悶を溢し、触手を使役している三月もまた、精神的苦痛に顔を歪ませる。
「……ギィァ゛?ァア!?」
やがて一匹のゴブリンが異変に気付き、苦痛とはまた違う苦悶を吐き出す。
───
残りの二匹のゴブリンも異常に気付き、抜け出そうと必死に身体をよじらせるがもう遅く。触手のロックから抜け出せない。
「ひぃ…!?うああぁ゛……」
その光景をみてしまって、三月は悲鳴を上げて座り込む。本当ならここから直ぐにでも逃げ出したかったが、すっかり腰がぬけてしまって動けなかった。
────結局三月は、ゴブリン達が触手に埋め尽くされ見えなくなるまで、光景を眺め続ける。
『レベルアップしました』
『スキル【鑑定】を取得しました』
地獄のような光景とは余りに不釣り合いな電子音が、三月の頭の中で響いていた。
♦︎♦︎♦︎
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【触手】
HP:60/60
MP:なし
攻撃:15
防御:15
器用 : 2
速さ:20
魔力 : なし
・忠誠度 低
・スキル【
吸収した生物の能力、性質を一部引き継ぐ。
・スキル【
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「ええ……これが僕のスキル…?」
さっきの戦闘後、レベルアップし【鑑定】を取得した僕は、赤黒い触手を鑑定し、その詳細情報を得ていた。僕はスキル【
なんというか、おぞましいというか、勇者らしくないというか。
見た目も効果もグロいし、これ絶対魔物が扱うスキルだろと思う。
どうやら僕のスキルは触手を操り、捉えた生物を領域に閉じ込めて繁殖する。という物みたいだ。
触手のステータスはMPと器用、それに魔力を除いたら本体の僕よりも断然強い。ゴブリン達が蹂躙されるわけだ。
ちなみに大きさや形はかなり自由に変えられる見たいで、複数本の触手を同時に召喚することもできた、外見はやはり、赤黒い触手たちがうねうねと蠢いていてかなりグロかった。
弱点…というより欠点は二つ。
召喚中ずっとMPを消費するから、長い間出してはおけないことと、今の触手は忠誠度が低いこと。
MP消費の問題は、これから触手たちを生殖で増やす、もしくはレベルアップによってMPを増やせば解決する。…最も、今のままでは数分出すだけで精一杯だが、まぁ時間が解決してくれるだろう。
問題は、
【鑑定】のスキルで分かったことだが、忠誠度の低い触手たちはより質のいい
忠誠度の高い触手にするには、知能の高い生物を吸収させ、繁殖させなければならないみたいだ。
「弱ったなぁ……」
MP消費の問題は魔物を倒し続ければどうにかなるけど…この森林の中には知能の高そうな魔物はそれ程いない、同じようなゴブリンや、狼型の魔物──ゴボルトくらいだ。彼らじゃあ知能は上がらないだろう。
どうしようか、と思ってた矢先───召喚していた触手が僕の足を
「うあっ!?───ちょ!!」
そのままズルズルと魔法陣の中に引きずり込もうと、触手がうねる。触手に知能なんてないはずなのに、その動きは嫌に素早く感じる。
鑑定で見た情報だと、魔法陣の中は触手の領域で、捉えた生物を苗床に────
「───ぁ!?や、いや!!か、解除!!」
冷や汗が一気に吹き出し、僕はそう叫んだ。
魔法陣が縮まり、触手は僕の足を名残惜しそうに手放し、魔法陣の中へと消えていった。
「はぁー、はぁ、はぁ……」
危なかった。
もう少しで、僕も魔物たちのお仲間になるところだった。……持ち主さえも襲う、油断も隙も無いスキル。
肩で息をしながら、僕は改めて知能を上げることが重要なのだと認識した。
♦︎♦︎♦︎
「…ギ、ギィ゛……」
どこで間違えたのだろう。
間違えてしまったのだろう、触手が蠢く部屋の中で、一匹のゴブリンか考えを巡らせていた。
あの森林から少し離れた洞窟がゴブリン達の住処だった。中々広い洞窟だったが増えすぎたので、新しい住処を探しに来たのだった。
何日か雨風に阻まれながらも、やっと開けたところに来たのだ。
そこで、見つけたのだ──人間を、自分たちの
負けるなんて考えなかった、負ける要素など微塵もなかった。だってあの雌は非力ですぐ泣く、クズの孕み袋に過ぎなかった。
洞窟で腐るほど見てきた孕み袋と、なんら変わらなかったのだから。俺たちが最初に見つけたのだから、俺たちが最初に
嘘だ、嘘に決まってる。こんなことあり得ない、あり得るはずがない────
「───ギャ!?ギィィィ…」
直後、凄まじい激痛によって思考が止まる。此処に放り込まれてから何度も何度も味わった、内側から身体を貪られる痛み。
身体も顔も動かせず、唯一動かせる眼球をぐるりと下にやり、その光景を見た。
足がもう、骨まで食いつくされていた。
「───ギィ……!?」
もはや絶叫すら上げられない、あまりの痛みに、そんな余裕などとうに消え失せた。今ゴブリンに許されているのは、僅かに想像することのみ。
────痛い、なんで、どうして、こんな目に。
そんな言葉を思い浮かべたまま、ゴブリンの意識は闇に落ちた。
◾︎三月ちゃん
無事ゴブリンを倒したと思ったら自分のスキルにやられそうになる。
まずは触手の知能を上げるために活動しようと思い立つ。
◾︎触手
本能のままに他者を喰いものにし、増え続ける魔獣。
男が捕まったのならまだマシで、その血肉を糧に個体を増やす。
女であれば、生殖に最も適した器官を利用し、何百、何千と子を産ませる。
基本的には直ぐに肉体が枯渇する男より、女を優先的にねらうが、今の触手たちはゴブリン程度でも良しと判断して貪っている。
────欲を言えば、直ぐそばにいる彼女に植え付けられれば最高なのだが。