僕がこの異世界に転移してから、おおよそ一ヶ月が経過した。
この一ヶ月間毎日朝も昼も夜も魔物を狩り続け、僕のレベルは8になった。
一ヶ月間狩り続けた割には…って感じだが、レベルが上がる度に次に必要な経験値が多くなるので仕方がない。ちなみに特に多く捧げたのはゴブリン達。アイツら僕を見つけると嬉々として襲いかかってくるから鬱陶しい。
だけど、沢山の魔物を捧げたおかげか触手の忠誠度は"低"から"中"へと成長し、僕の命令をしっかり聞いてくれるようになった。
…もう二度と僕を苗床にしようとはしないだろう。というか、そうであって欲しい。
あと嬉しい話ならもう一つ、触手達が産ませていた
見た目は親となった魔物に、小さな肉片が付いたような姿をしている。一体だけなら大した力を持たないが、集まればまぁまぁな戦力になる。
僕の奥の手────ビアスと組ませれば格上にも対抗できる。
もはやこの森林に倒せない敵はいないと言える。
転移したばかりの頃と比べると天敵がいなくなった分、随分心に余裕ができた。
────さて、現状に満足したのなら
「あー……美味しい物食べたい、ベッドで寝たい、お湯に浸かりたい………他人に会いたい…」
それは外に出たい、文明に触れたいという欲だ。
だってそうだろう?僕は産まれた時から森林で育った野生児じゃない。現代社会で生きてきた唯の学生だ。
鹿を適当に焼いただけの食事よりあったかい白米が欲しいし、葉っぱを集めただけの布団モドキよりふかふかのベッドで熟睡したい。
水で身体を洗うよりもお湯の方が心地良いし、一人は寂しい。
「…………よし、
思い立ったが吉日。
か細い身体の隅々まで気力を巡らせ、僕は立ち上がった。
♦︎♦︎♦︎
人化による分身、ビアスは護衛として使えるだけではない。
三メートル程の巨体に魔物の特徴を引き継いだ武装。
三日三晩疲労を感じず、活動し続けられる体力。
飛行のみならず急旋回、ホバリング等を可能とする優れた飛行能力。
そう、これらはただ護衛として使えるだけでは収まらない。馬車を優に超える有用性を持つ移動手段なのである。
その事実に気づいた三月はすぐさま自らの身体にビアスを
並み立つ木々を華麗に避け、猛禽類より遥に速く飛び立つ
その姿を目撃した森の魔物たちは恐れ慄く。
あれは何だ?何がいる?
這い上がる不安と恐怖の中、彼等は逃げ惑うしか無かった。
──────そしてそれは、そこにいた人間たちも同様であった。
♦︎♦︎♦︎
「───あ?なんだぁ…?」
一人の男がふと、そう零した。
男の身体は服の上からでも分かるほどの筋肉。鉄の剣を携えた彼は、どこか不思議そうに辺りを見渡した。
「どうしたんです、ガロ?」
「いや…なんつーか、魔物が騒がしい…」
男、ガロは冒険者である。
二十五歳の若者だが、かれこれ十年以上は活動し続けている中堅である。
その隣にいるのは魔術師のミラ。ガロと同じく、八年は活動している経験豊富な冒険者。
「ミラ、探知の魔法で辺りを探ってみてくれ」
「?…分かりました、───【私は見たい、私は知りたい、かの者、かの熱、その正体を────】」
ガロの指示を不思議そうに聞きながら、ミラは詠唱を始める。使うは視界を広げ、本来見えるはずのない熱や音を視覚化する探知の魔法。
ミラにとっては今まで何度も使ってきた馴染みの魔法だが、この森にそれが必要な魔物がいるとは思えない。
この森にいるのはゴブリンやゴボルト、あるいは昆虫系の魔物。強いのがいたとしてもせいぜい
こんなものを使うまでも無く気付けるだろうにと、ミラは内心ぼやく。
「【────天眼を与えよ、
青白い魔力が両目を包んだ直後、ミラの視野が大きく広がる。数多の音を波として視認し、熱は色彩を持って飛び込んでくる。
そんな視界の中で、赤い色をした魔物たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていくのが見えた。
「───!確かに、魔物たちが散り散りに逃げています…これは一体─」
何故だろうと言葉を紡ごうとして、ミラはその口をきつく閉じた。両の目は見開かれ、一筋の汗が流れる。
なんだ───
目の前の、雑木林の向こう側。
赤く光る熱源が、こちらに向かって飛んでくる!!
木々を避けるように右へ左へと移動しながら、恐ろしい速さで迫ってくる。
鳥や昆虫型の魔物とは明らかに違う。速さに関しては
「───ちぃぃ!!きやがれェ!!」
ガロもまた、雑木林の向こう側にいる
(…こいや!その頭出した瞬間ぶった斬ってやる………)
ガロには冒険者としての才能がない。
昔馴染みの同期は皆、死ぬか辞めるか、ガロより
ガロはというと、五年ほど前からずっと今の地位で足踏みしている。十代の頃ならこんな現状はいやだと叫び、抗っただろう。
だが、今のガロにそんな熱さはない。
遥か高みの冒険者を見上げて、気付いてしまったのだ。自分には無理だと、ここがお似合いの地位だと思ってしまった。どれほど高位の冒険者だろうが、権力を振り翳せる貴族だろうが、どうせいつかは死ぬのだから、むしろそれらの方が死地に赴くのだから先に死ぬ。だなんて言い聞かせ、自らの劣等感に蓋をした。
どうせいつかは死ぬ。
それがガロに根付いた捻くれた性根。
しかし、今日死ぬ覚悟はできていなかった。
「───っ!?」
瞬間、出てきた魔物の姿を見て一瞬戸惑う。
見たこともない魔物だ。
虫のようであり。
人のようでもあり。
鎧のようにも見えた。
まるでお伽話に出てくる化け物のような、ガロの常識外の存在だった。
身体が震え、顔が青ざめる。
「───しゃあああああああああぁっ!!」
知ったことか。
一瞬怖気付いた身体に鞭を打ち、冷たい想像を振り払うように一息で薙ぎ払う。
恐怖を押し隠したその一撃は間違いなく、ガロの人生の中で最高の剣技であった。
惜しむべきはその
蟲は立ち止まる事もせず、木々を避けるのと同じように、ただ避け、突風のように突き抜けていった。
「……はぁ?…」
後に残されたのは、青白い顔で立ち尽くす二人の冒険者のみであった。