ALIEN: BELIUS IV   作:もいもい130

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第2話:孵化(静かなる浸食)

 

 

### 第1部:泥濘の行軍と死の影

 

 背後でジャングルを焦がすような爆発炎が上がり、分厚い雲海を不吉なオレンジ色に染め上げた。

 最新鋭の重装甲車『マンティコア』が、その核融合炉を暴走させて自爆した光だ。

 

 爆発の衝撃波が、湿った熱気と無数の木の葉を伴って背中を打ち据える。

 マッケンジー少尉は泥濘に膝をつきそうになるのを堪え、愛用のパルスライフルを強く握り直した。

 

「止まるな! 奴らが火に気を取られている間に、少しでも距離を稼ぐぞ!」

 

 彼の怒声が、鼓膜を打つような激しい酸性雨の音を切り裂いた。

 小隊に残されたのは、今ここを走る七名の命と、各自が携行している弾薬だけだ。

 頼みの綱だった拠点も、予備の重火器も、すべてあの燃え盛る鉄の棺桶の中に置いてきた。

 

「足元に気をつけろ! 泥に脚を取られたら終わりだぞ!」

 ブラッドリー軍曹が、私物のイサカM37を片手に最後尾へ向かって怒鳴り散らす。

 彼の顔は泥と煤に塗れ、その声には疲労よりも強い焦りが滲んでいた。

 

 容赦なく降り注ぐ酸性雨が、海兵隊員たちのタクティカル・アーマーを叩き続ける。

 耐酸コーティングはすでに限界に近く、ところどころからチリチリと白い煙が上がっていた。

 このまま雨に打たれ続ければ、いずれ装甲は溶け落ち、生身の皮膚を焼き始めるだろう。

 

「……くそっ、前が全然見えない」

 チェン一等兵が、ヘルメットのバイザーにへばりつく雨水と泥を乱暴に拭いながら呻いた。

 パルスライフルを構えるその手は、寒さと恐怖で微かに震えている。

 

「息を整えろ、チェン。ただの夜の散歩だと思え」

 隣を走る衛生兵のポポフが、息を切らしながらも努めて平坦な声で言う。

 

「夜の散歩? ポポフ、あんたの地元じゃ酸の雨が降ってデカい虫が追いかけてくるのかよ」

「似たようなもんだ。……ほら、銃口を下げない」

 

 先頭集団を走るマッケンジーは、隣のヴェガ上等兵へ視線を向けた。

 

「ヴェガ、トラッカーはどうなっている」

「……背後、距離300。マンティコアの残骸周辺に多数の熱源が集中しています」

 

 彼女は感情を排した声で、手元のデバイスの画面を見つめたまま答える。

「ですが、今のところこちらを明確に追尾してくる個体は確認できません」

 

「鉄屑のローストでも食ってりゃいいさ」

 ドレイク兵長が、忌々しげに吐き捨てる。

 彼は重量のあるM56スマートガンを構えたまま、時折振り返っては後方を警戒していた。

 彼のオートエイム・バイザーは常にジャングルの暗がりを舐め回しているが、今は赤いターゲット・ロックの光は点灯していない。

 

「油断するな、ドレイク。奴らには知恵がある」

 マッケンジーは深く息を吐き、前方を睨みつけた。

 

 連れ去られたハリスの安否は分からない。外周警戒で散った第2分隊の連中も助けられなかった。

 だが、今は立ち止まることすら許されない。

 次の目的地、「アドバンス・ポスト(前哨基地)」への到達。それだけが、彼らが生き延びる唯一の希望だった。

 

 終わりの見えない泥濘の行軍が続いた。

 巨大なシダ植物を薙ぎ払い、底なし沼のようなぬかるみにブーツを取られながらも、七名は無言で足を動かし続ける。

 

 時折、遠くの暗闇から、金属が擦れ合うような不気味な鳴き声が聞こえるたび、全員が条件反射で銃口を向けた。

 極度の緊張で、神経がヤスリで削り取られていくような時間。

 

 やがて、雨霞の向こうに、自然界には存在しない直線的なシルエットが浮かび上がってきた。

 アドバンス・ポストだ。

 だが、マッケンジーはその光景を見て、咄嗟に右手を高く掲げた。

 

 部隊全員が、その場に低くしゃがみ込む。

 

「……どういうことだ。照明が一つも点いていないぞ」

 ブラッドリーが低く唸る。

 

 ジャングルの中に建設された堅牢なブロック状の施設。

 しかし、敷地を囲むはずの強固なフェンスは不自然にひしゃげ、周囲を照らすサーチライトは完全に沈黙している。

 分厚い防護扉は半開きになっており、内部からは微かな白煙が漏れ出していた。

 

 そこから流れ出しているのは、雨水ではない。

 ヘルメットのライトが照らし出したのは、どろりとした黒い粘液だった。

 扉の金属部分には、強酸によって激しく焼け焦げた痕跡が残っている。

 

 まるで、巨大な獣に食い破られた檻だ。

 

「ヴェガ」

 マッケンジーの短い呼びかけに、彼女はすぐさまトラッカーの画面を読み上げる。

 

「……施設内部から、微弱な動体反応。複数です」

 

 ピッ……。

 ピッ……。

 

 雨音に混じって、規則的な電子音が鳴り始める。

 静かなる浸食は、彼らの最後の希望であるはずの前哨基地すらも、すでに飲み込んでいた。

 

### 第2部:死の檻

 

 半開きになった防護扉の隙間から、ひんやりとした空気が漏れ出している。

 

 マッケンジー少尉 は、焼け焦げた金属の縁にM41AパルスライフルMK2 の銃身を沿わせ、内部の様子を窺った。

 照明は完全に落ちており、非常用の赤いエマージェンシー・ライトが、ゆっくりと点滅を繰り返しているだけだ。

 

「ヴェガ、反応はどうなっている」

 

 マッケンジー の問いに、通信・索敵担当のヴェガ上等兵 がモーション・トラッカー の画面から顔を上げる。

 

「……微弱な反応が三つ。フロアの奥、メイン管理室の方向です。ですが、動きが遅すぎる……」

 

「瀕死の生存者か、それとも罠か、だな」

 ブラッドリー軍曹 が、愛用のイサカM37散弾銃 のポンプを静かに引いた。

 「カシャッ」という冷たい金属音が、雨音に混じって響く。

 

「突入する。ドレイク 、先頭の射線を確保しろ。ブラッドリー は殿(しんがり)を頼む」

 

 マッケンジー の指示で、生存者7名 のヘルハウンド小隊 は、警戒を解かぬままアドバンス・ポスト(前哨基地) 内部へと滑り込んだ。

 

 泥と血にまみれた彼らのタクティカル・アーマー は、耐酸コーティングが限界に近い。

 ここが安全地帯でなければ、彼らに次はないのだ。

 

 施設内部は、異様なほどの静寂に包まれていた。

 床には散乱した書類と、ひっくり返った配給用のコンテナ。

 壁には、あの研究所で見かけたような黒い樹脂状の物質が、這うように広がっている。

 

「ひどい臭いだ……」

 ライフルマンのチェン一等兵 が、顔をしかめて呟く。

 血と、硝煙と、何かが腐敗したような甘ったるい悪臭。

 

「静かにしろ。息の音も殺せ」

 ドレイク兵長 が低く警告する。

 彼のM56A2スマートガン に連動したバイザーは、暗闇の中でわずかな熱源を探し求めていた。

 

 部隊は、壁伝いに慎重に前進した。

 彼らはすでに、広域通信手段を失っている。

 この施設内の通信設備が生きていることだけが、救援を呼ぶ唯一の手段だった。

 

 しかし、通信室に辿り着いた彼らの目に飛び込んできたのは、無惨に破壊されたコンソールの山だった。

 太いケーブルは引きちぎられ、通信機器は強酸によってドロドロに溶かされている。

 

「なんてこった……。奴ら、わざと通信設備を狙って壊しやがったのか?」

 衛生兵のポポフ一等兵 が、呆然と呟いた。

 

「奴らはただの獣じゃない。俺たちを完全に孤立させる気だ」

 マッケンジー は、怒りを押し殺して周囲を警戒する。

 

 その時だった。

 ヴェガ の持つトラッカー が、突然リズムを変えた。

 

 ピッ……ピッ……ピッ……!

 

「少尉! 反応が急激に接近しています! 真上です!」

 

 全員が咄嗟に銃口を天井へ向けた。

 だが、天井のダクトが弾け飛ぶよりも早く、足元のグレーチング(格子状の床)が凄まじい力で跳ね上げられた。

 

「下かよッ!」

 ドレイク が叫び、スマートガン を真下へ向ける。

 

 床下の配管スペースから、黒光りする鋭利な爪が突き出し、チェン の脚を掠めた。

 

「うわぁっ!」

 チェン がバランスを崩し、床に倒れ込む。

 その隙を狙って、暗闇から漆黒の尾が鞭のようにしなり、彼の首に巻き付こうとした。

 

「させねえよ!」

 ブラッドリー が即座に踏み込み、至近距離から散弾銃 を放つ。

 轟音と共に、12ゲージの散弾が尾の先端を粉砕した。

 

「ギシャアアアアッ!」

 床下から、耳を劈くような悲鳴が響き渡り、黄色い酸の血液が噴き出す。

 

「退がれ、チェン! 酸を浴びるぞ!」

 ポポフ がチェン の腕を掴み、強引に引きずり下がる。

 

「ピッピッピッピッピッ……!」

 トラッカー の警告音が、フロア中に鳴り響く。

 一つや二つではない。

 壁の裏、天井裏、そして床下。

 アドバンス・ポスト のあらゆる隙間から、無数の黒い影が這い出してこようとしていた。

 

 静かなる浸食は終わった。

 ここはすでに、奴らの新しい「狩り場」へと変貌していたのだ。

 

### 第3部:凍てつく防壁と苗床

 

「撃て! 囲まれる前に押し返せ!」

 

 マッケンジー少尉の号令が、反響する銃声にかき消されそうになる。

 暗闇の中から、壁を這い、天井を伝って、漆黒の殺戮者たちが次々と姿を現した。

 

 ドレイク兵長が雄叫びを上げながら、M56スマートガンを左右に振り回す。

 自動照準バイザーが闇の中の熱源を次々とロックオンし、大口径の弾丸がゼノモーフの強靭な外殻を容易く粉砕していく。

 

「ギィィィッ!」

 

 吹き飛んだ肉片と共に、黄色い強酸の血液が雨のように降り注ぐ。

 床の金属が「ジューッ」と嫌な音を立てて溶け、目に染みるような白煙が通路に充満した。

 

「少尉! トラッカーの反応、さらに増えています! このままでは弾が持ちません!」

 ヴェガ上等兵が、パルスライフルを片手で撃ちながら冷徹な事実を告げる。

 

「一番近い防爆扉はどこだ!」

 

「この通路の突き当たり、地下の予備武器庫(アーマリー)です! 壁の強度は施設内で最大のはずです!」

 

「そこへ後退する! チェン、ポポフ! 前を走れ! ブラッドリー、俺とドレイクで殿を務める!」

 

 マッケンジーは叫びながら、頭上から飛び降りてきた個体の頭部をパルスライフルの連射で吹き飛ばした。

 返り血の酸が彼のタクティカル・アーマーの肩口に飛び散り、ジュワッと装甲を焦がす。

 

 小隊は壁伝いに、白煙と暗闇の中を後退していく。

 だが、ゼノモーフたちの機動力は人間のそれを遥かに凌駕していた。

 側面にある通気口のルーバーが次々と内側から蹴破られ、新たな個体が通路へとなだれ込んでくる。

 

 距離が縮まる。

 鋭い鉤爪が、最後尾を走るブラッドリー軍曹の背中の装甲を激しく引っ掻き、火花を散らした。

 

「このクソ虫がァッ!」

 ブラッドリーは振り向きざまにイサカM37を放ち、至近距離で敵の胸部を消し飛ばす。

 

 このままでは武器庫の扉を閉める前に追いつかれる。

 マッケンジーの視界の端に、通路の壁を這うように設置された極太のパイプラインが映った。

 表面には黄色と黒の警告色。そして『高圧冷却ガス・取扱注意』のステンシル文字。

 

「全員、壁に張り付け! 伏せろ!」

 

 マッケンジーはパルスライフルの銃身を僅かに持ち上げ、アンダーバレルのグレネードランチャーのトリガーを引いた。

 

 ポンッ、というくぐもった発射音。

 30ミリ榴弾が、天井近くの高圧パイプに直撃し、凄まじい爆発を起こした。

 

 直後、鼓膜を破るような破裂音と共に、マイナス数十度の超低温ガスが猛烈な勢いで通路へ噴出した。

 真っ白な冷気の壁が、迫り来るゼノモーフの群れを真正面から飲み込む。

 

「ギャアアアアッ!」

 

 異常な環境適応能力を持つ奴らも、突然の超低温には耐えきれなかった。

 先頭を走っていた数体の表面が瞬時に凍りつき、関節を軋ませて床に転がり落ちる。

 視界を奪う分厚い冷気のカーテンが、一時的な絶対防壁となった。

 

「今のうちだ! 走れッ!」

 

 マッケンジーたちは冷気の壁を背にして、突き当たりの予備武器庫へと転がり込んだ。

 重厚なチタン合金製の防爆扉。

 電力は死んでいる。チェンとポポフが手動のクランクにすがりつき、顔を真っ赤にして回した。

 

「閉めろ、閉めろ、閉めろ!」

 ブラッドリーが怒鳴りながらクランクを共に押し込む。

 

 ガガガガッ!

 金属がこすれ合う重い音を立てて、分厚い扉がスライドしていく。

 閉まりきる直前、扉の隙間に漆黒の腕がねじ込まれたが、ドレイクがスマートガンでその腕の関節を容赦なく吹き飛ばした。

 

 ズドォォン!

 防爆扉が完全に閉鎖され、ロックの重い金属音が部屋に響き渡る。

 直後、扉の向こう側で、無数の爪が分厚いチタン合金を掻きむしる悍ましい音が聞こえてきた。

 

 だが、扉はびくともしない。

 ひとまずは、助かったのだ。

 

 全員が床に崩れ落ち、荒い息を吐く。

 マッケンジーは肩で息をしながら、ヘルメットのライトを部屋の奥へと向けた。

 予備武器庫。通信設備はないが、何か使えるものがあるはずだ。

 

 しかし、ライトの光が照らし出した光景に、マッケンジーは言葉を失った。

 

「……嘘だろ。ここもかよ」

 ドレイクが、絶望に満ちた声で呟く。

 

 安全であるはずの武器庫の壁一面が、あの黒い樹脂状の物質で覆い尽くされていた。

 そして、その壁の中には、アドバンス・ポストの駐留部隊や研究員たちの無惨な姿が塗り込められている。

 彼らの胸は一様に、内側から爆発したように突き破られていた。

 

 奴らは、捕らえた人間を最も装甲が厚く、安全なこの部屋へ運び込んでいたのだ。

 外敵から「苗床」を守るために。

 

 ここは武器庫ではない。

 静かに浸食を終えた、巨大な「孵化場」だ。

 

「少尉……見てください。これを」

 ポポフが、硬直した死体と黒い樹脂の隙間から、無骨な金属の塊を引きずり出した。

 

 それは、駐留部隊が残していった重火器のコンテナだった。

 中には、未使用のM240火炎放射器(インシネレーター・ユニット)と、燃料タンクが数セット、そして扉の溶接などに使うポータブル溶接機が眠っていた。

 

「……炎か」

 マッケンジーは火炎放射器を手に取り、その重みを手の中で確かめた。

 

 扉の向こうでは、依然として無数の悪魔たちが壁を削る音を立てている。

 だが、もう逃げ場はない。

 

「ポポフ、全員の傷の応急処置を急げ。ヴェガ、トラッカーの感度を最大に維持しろ」

 マッケンジーは部下たちを見回し、低く、しかし力強い声で告げた。

 

「弾丸(ナマリ)が通じないなら、この巣ごと灰にしてやる」

 

 暗い孵化場の中で、火炎放射器のパイロットランプが、反撃の狼煙のように赤い光を灯した。

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