ALIEN: BELIUS IV   作:もいもい130

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第5話:死線(嵐の脱出劇)

 

 

### 第1部:垂直の檻と鉄の最期

 

 背後で、分厚いエレベーターの扉が重々しい音を立てて閉ざされた。

 

 直後、外側から巨大な質量が扉に激突し、分厚い鋼鉄が内側へと無惨にひしゃげる。

 プレトリアンの怒り狂う咆哮が地下空間に響き渡ったが、エレベーターはすでにモーターを唸らせ、垂直のシャフトを上昇し始めていた。

 

「……間一髪だったな」

 ドレイク兵長が、荒い息を吐きながらスマートガンの銃身を下ろす。

 

 六名の海兵隊員を乗せた大型の貨物用エレベーター。

 無機質なワイヤーの巻き上げ音が、密室となったカゴの中に響く。

 屋上のランディング・ゾーン(LZ)までは、あと数分の距離だ。

 

 誰もが壁に背を預け、滴る汗と泥を拭おうとした、その時だった。

 

 シュゥゥゥッ……。

 

 頭上から、あの忌まわしい音が聞こえた。

 全員が咄嗟に銃口を天井へ向ける。

 

 エレベーターの金属製の天井が、不自然に黄色く変色し、水飴のように溶け落ちていく。

 奴らは屋上への先回りを諦めたわけではなかった。

 エレベーターシャフトの壁面を這い上り、天井からカゴの内部へと侵入を試みていたのだ。

 

「上だ! 撃ち落とせ!」

 マッケンジー少尉の怒号が飛ぶ。

 

 溶けた穴から、滴る酸の涎と共に漆黒のゼノモーフがカゴの中へ飛び降りてきた。

 チェン一等兵のパルスライフルが火を噴き、空中でその頭部を粉砕する。

 

 だが、その一撃が致命的な連鎖を引き起こした。

 

 吹き飛んだゼノモーフの肉片から、大量の強酸の血液が撒き散らされる。

 それはカゴの天井だけでなく、エレベーターを吊り上げている極太のメイン・ワイヤーケーブルにまで容赦なく降り注いだ。

 

 バチンッ! ギギギギィィッ!

 

 酸によって急速に腐食した数本のワイヤーが、張力に耐えきれずに次々と千切れていく。

 カゴ全体が大きく傾き、激しい摩擦音と共に火花が散った。

 

「ワイヤーが溶けてる! このままじゃ落ちるぞ!」

 ポポフ一等兵が叫ぶ。

 

 ガクンッ、と内臓が浮き上がるような浮遊感。

 エレベーターが数メートル自由落下し、非常ブレーキが絶叫のような金属音を上げて辛くも停止した。

 だが、残りのワイヤーも今にも切れそうだ。

 

「箱から出るぞ! シャフトのハシゴへ移れ!」

 マッケンジーがカゴの天井にあるメンテナンス用ハッチを蹴り開けた。

 

 そこからは、果てしなく続く暗い縦穴が見える。

 壁面には、屋上まで続く細い非常用の鉄ハシゴが設置されていた。

 

「急げ! ポポフ、ヴェガ、先に行け!」

 隊員たちが次々とハッチから這い出し、シャフトのハシゴへと飛び移っていく。

 

 だが、シャフトの下方からは、地獄そのものが迫り上がってきていた。

 

「シャアアアアッ!!」

 

 プレトリアンだ。

 巨体を揺らしながら、シャフトの壁面に鋭い爪を突き立て、凄まじい速度でよじ登ってくる。

 さらに、壁の通気口からは通常個体のゼノモーフが次々と這い出し、彼らを挟み撃ちにするように群がってきた。

 

「くそったれ! どいつもこいつも元気すぎだろ!」

 ブラッドリー軍曹が一番最後にハシゴへ飛び移り、片手で身体を支えながら、下に向かってイサカM37を片手撃ちする。

 

 轟音と共に散弾が散らばり、這い上がってくるゼノモーフを叩き落とすが、多勢に無勢だ。

 下からはプレトリアンが、上からは通常個体が迫る、逃げ場のない垂直の檻。

 

「登れ! 立ち止まるな!」

 マッケンジーが、上から降りてくる個体をパルスライフルで撃ち落とす。

 

 チェンが必死にハシゴを登りながら、下を振り返った。

 しんがりを務めるブラッドリーのすぐ足元まで、死の影が迫っている。

 

「軍曹! 早く!」

 チェンが叫んだ直後だった。

 

 暗い通気口の影から、漆黒の尾が鞭のようにしなり、ハシゴに掴まるブラッドリーの右太ももを完全に貫いた。

 

「ガァァッ……!」

 ブラッドリーの口から、激痛による苦悶の声が漏れる。

 

「軍曹!!」

 チェンが反射的にハシゴを下りようとする。

 

「来るな!!」

 ブラッドリーの凄まじい一喝が、チェンの動きを止めた。

 

 太ももを貫かれた傷口からは大量の血が噴き出し、筋肉は完全に破壊されている。

 この状態で、屋上まで這い上ることなど不可能だ。

 百戦錬磨のベテランは、一瞬で自らの運命を悟っていた。

 

 ブラッドリーは血まみれの顔で、頭上にいるチェンを見上げた。

 その目には、恐怖ではなく、どこか穏やかな、後進に未来を託すような光が宿っていた。

 

「……よく聞け、チェン。お前はもう、ひよっこじゃねえ」

 

 ブラッドリーは痛みをこらえながら、自身の手から愛用の散弾銃を離し、チェンへと力強く放り投げた。

 

「俺のイサカを持って行け。こいつで、クソ虫どもの頭を吹き飛ばしてこい」

 

 チェンは震える手で、その重い銃器を受け止めた。

 

「軍曹……そんな……駄目だ、一緒に……!」

 チェンの瞳から、酸性雨とは違う熱い雫が溢れる。

 

「ぐずぐずするな! 行けェッ!!」

 ブラッドリーはチェンのブーツを力任せに押し上げ、彼を上のマッケンジーの元へ追いやった。

 

 そして、ブラッドリーは自らの太ももに突き刺さったゼノモーフの尾を両手でガッチリと掴み込んだ。

 

「最新のオモチャが壊れても、最後に頼りになるのは……」

 

 彼は血に染まった歯を剥き出しにして、狂ったように笑った。

 

「自分の根性だろォが!!」

 

 ブラッドリーはハシゴから自ら手を離し、尾を掴んだまま、暗闇の底へと身を投げ出した。

 

 彼を引きずり込もうとしていたゼノモーフもろとも、真っ逆さまにシャフトを落下していく。

 落下しながら、彼は腰のホルスターからVP70ピストルを引き抜き、プレトリアンの巨大な顔面に向けて全弾を撃ち尽くした。

 

 ズガァァァン!!

 

 シャフトの遥か底で、ブラッドリーが身につけていた手榴弾の束が連鎖爆発を起こした。

 猛烈な爆炎と衝撃波が縦穴を駆け上がり、プレトリアンの絶叫が地下深くへと消えていく。

 

「軍曹ォォォォォッ!!」

 チェンの悲痛な叫び声が、熱風と共にシャフトへ吸い込まれた。

 

「……登れ、チェン! 彼の死を無駄にするな!」

 マッケンジーが、チェンの肩を強く引き上げる。

 

 顔を涙と煤で汚したチェンは、託されたイサカM37を背中に固く縛り付け、ただひたすらに、光の見える屋上へとハシゴを登り続けた。

 

### 第2部:拒絶の箱舟

 

 吹き荒れる強風が、重いハッチをこじ開けた5名の海兵隊員を打ち据えた。

 

 そこは、ウェイランド・ユタニ社メイン施設の屋上ランディング・ゾーン(LZ)。

 空を覆う分厚い雲からは、滝のような酸性雨が絶え間なく降り注いでいる。

 

 息も絶え絶えに這い上がってきた彼らの耳に、轟音が届いた。

 雷鳴ではない。タービン・エンジンの咆哮だ。

 

「……来たぞ! 助けだ!」

 チェン一等兵が、雨水と涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、空を指差した。

 

 厚い雲を切り裂くように、二筋の強烈なサーチライトが屋上を照らし出す。

 連邦海兵隊のUD-4L シャイアン降下艇(ドロップシップ)だ。

 無骨な機体がゆっくりと降下し、LZの中央に着陸脚を降ろした。

 

「走れ! ハッチが開いたらすぐに飛び込め!」

 マッケンジー少尉が叫び、パルスライフルを構えながら機体へと駆け寄る。

 

 ドレイク、ヴェガ、ポポフ、そしてブラッドリーのイサカを背負ったチェンも、最後の気力を振り絞って泥水の中を走った。

 機体の側面にある大型タラップの前に辿り着き、全員が荒い息を吐きながら扉が開くのを待つ。

 

 だが。

 

 数秒が経過しても、油圧の作動音は聞こえない。

 タラップは固く閉ざされたままだ。

 

「おい、どうなってんだ! 早く開けろ!」

 ドレイク兵長が、スマートガンの銃床で分厚い装甲板をガンガンと叩く。

 

 その時、降下艇の外部スピーカーから、ノイズ混じりの音声が響き渡った。

 

『――システム警告。ウェイランド・ユタニ社、特別検疫プロトコルを作動中』

 

 それは、人間の温かみなど微塵もない、無機質な合成音声だった。

 

『当該エリアの生存者(第312特務小隊)は、未確認生物との接触による重度の汚染リスクありと判定されました』

『これ以上の感染拡大を防ぐため、本機への搭乗を一切拒否します。繰り返す――』

 

 雨音だけが、不気味なほど大きく聞こえた。

 

「……搭乗、拒否……?」

 チェンが呆然と呟く。

 

「ふざけるな! 俺たちは汚染なんかされちゃいねえ!」

 ポポフ一等兵がスピーカーに向かって絶叫するが、返ってくるのは冷たい機械音だけだ。

 

「……最初から、助ける気なんてなかったんだ」

 ヴェガ上等兵が、ヘルメットのバイザー越しに冷酷な機体を見上げた。

 

 会社は彼らを見捨てたのだ。

 いや、見捨てたのではない。安全な軌道上の母艦から、彼らが最後にどう死んでいくのか、あるいはどう寄生されるのかを、ただ観察するためにこの「箱舟」を下ろしたに過ぎない。

 

 希望は、最も残酷な形で絶望へと反転した。

 

「少尉……! シャフトから来ます!」

 チェンが振り返り、絶望の淵から引き戻されるように叫んだ。

 

 屋上の各所に設置された巨大な排気口のフェンスが、内側から次々と弾け飛ぶ。

 そして、マッケンジーたちがこじ開けた屋上へのハッチからも、黒い濁流のようにゼノモーフの群れが溢れ出してきた。

 

 その奥からは、ブラッドリーの決死の特攻でも死に絶えなかった、あの巨大なプレトリアンの咆哮が響く。

 

「会社がドアを開けないなら、俺たちがこじ開けるまでだ!」

 マッケンジーが、M240火炎放射器を構え直した。

 

「ヴェガ! 外部パネルを剥がせ! 手動でタラップのロックをハッキングするんだ!」

「了解! ですが、数分はかかります……!」

 

 ヴェガは即座に降下艇の側面へ張り付き、整備用のパネルを強引に引き剥がして端末を接続した。

 完全に無防備な背中を敵に晒すことになる。

 

「俺たちが壁になる! 円陣を組め!」

 マッケンジーの号令で、残る4名がヴェガを庇うように半円の陣形を敷いた。

 

「来やがれクソ虫ども! 会社の犬と一緒にスクラップにしてやる!」

 ドレイクのスマートガンが火を噴き、雨の壁を切り裂いて迫り来る群れを薙ぎ払う。

 

 マッケンジーの火炎放射器が、強酸の雨にも消えない業火の壁を作り出し、チェンのパルスライフルが的確に敵の頭部を撃ち抜いていく。

 ポポフも短い銃身のライフルを乱射し、迫る死の影を必死に退ける。

 

 だが、弾薬はすでに限界を超えていた。

 

「少尉! スマートガン、残り50発!」

 ドレイクが焦燥に駆られた声を上げる。

 

「あと少しです……ファイアウォールを突破中……!」

 ヴェガの指が、雨に濡れたキーボードを恐るべき速度で叩き続ける。

 

 その時、火炎放射器の炎の向こう側から、一体のゼノモーフが異常な跳躍力で飛び出してきた。

 奴は防衛線の真上を飛び越え、無防備なヴェガの背後へと直接襲いかかろうとした。

 

「ヴェガ!!」

 ポポフが叫んだ。

 

 彼は迷うことなく、自身の体をヴェガの背中に覆い被せるようにして飛び出した。

 直後、ゼノモーフの口から吐き出された、大量の強酸の唾液がポポフの正面を直撃した。

 

「グアァァァァァァッ!!」

 

 凄絶な悲鳴が、雨音を完全に掻き消した。

 タクティカル・アーマーの胸部プロテクターが瞬時に溶け落ち、強酸はポポフの顔面と両目へと容赦なく浸食していく。

 

 肉が焼け焦げ、骨が溶ける悍ましい臭いが広がる。

 

「ポポフ!!」

 マッケンジーが炎を放ち、空中のゼノモーフを焼き払うが、すでに遅かった。

 

「あぁっ……目が……! 何も、見えねえ……!」

 ポポフは両手で顔を覆いながら、泥水の中へと崩れ落ちた。

 彼の顔面は直視できないほどに焼け爛れ、両目の視力は完全に奪われていた。

 これまで数多くの仲間の痛みを和らげてきた衛生兵は、今、自らが最大の苦痛の中で悶え苦しんでいる。

 

「ポポフさん!」

 チェンが駆け寄ろうとするが、マッケンジーがそれを制止した。

 

「陣形を崩すなチェン! 撃ち続けろ!!」

 マッケンジーの顔もまた、怒りと悲しみで歪んでいた。

 

「……ロック、解除完了!!」

 ヴェガの叫びと同時に、降下艇のタラップが重い油圧音と共にゆっくりと降り始めた。

 

 だが、その希望の光を遮るように、炎の壁を突き破って巨大な絶望が姿を現す。

 頭部に王冠のような装甲板を持つ怪物、プレトリアンだ。

 

「スマートガン、弾切れだッ!」

 ドレイクが、空回りする銃身を抱えて絶叫した。

 

 生存への扉は開かれた。

 だが、彼らの前に立つのは、通常兵器の通じない最強の近衛兵。

 

 弾薬も尽き、仲間は倒れ、退路は塞がれた。

 第一章の幕引きとなる、最も残酷な数分間が始まろうとしていた。

 

### 第3部:飛翔と代償

 

 カチッ、カチカチカチッ……!

 

 猛り狂う暴風雨の中、ドレイク兵長の腕の中で、M56スマートガンが虚しいクリック音を鳴らした。

 分厚いドラムマガジンに詰め込まれていた全弾を、ついに撃ち尽くしたのだ。

 

 防衛線の火力が半減したその瞬間を、王冠を戴く怪物は逃さなかった。

 

「ギガアアアアッ!!」

 

 プレトリアンが、マッケンジー少尉の放つ炎の壁を強引に突き破って突進してくる。

 超高温のナパームで外殻を焼かれながらも、その巨体は止まらない。

 狙いは、降下艇のロックを解除したばかりのヴェガ上等兵だ。

 

「……弾切れだッ! クソが!」

 ドレイクは、愛用のスマートガンを泥水の中へ乱暴に投げ捨てた。

 

 重い油圧音を立てて、降下艇のタラップがゆっくりと降りてきている。

 だが、プレトリアンの爪がヴェガを引き裂く方が早い。

 誰の目にも、それは明らかだった。

 

「……少尉。残りの仕事は任せましたぜ」

 ドレイクは低く笑うと、タクティカル・アーマーのベルトから、残っていた全ての手榴弾をもぎ取った。

 

「ドレイク! やめろ!」

 マッケンジーが叫ぶが、ガンナーの男はもう振り返らなかった。

 

「来やがれ、デカブツ!!」

 ドレイクは雄叫びを上げ、両手に手榴弾の束を抱えたまま、プレトリアンの懐へと真正面から駆け込んだ。

 

 巨体の腕が振り下ろされ、ドレイクの体を容赦なく薙ぎ払う。

 だが、彼は空中に吹き飛ばされながらも、手榴弾のピンを全て引き抜いていた。

 

「……最高の夜だったぜ!」

 

 ズガァァァァァァン!!!

 

 屋上を揺るがす大爆発が起きた。

 ドレイクの特攻至近距離で炸裂した手榴弾の束は、通常兵器を弾き返していたプレトリアンの分厚い胸部装甲と、王冠のようなクレストを粉々に吹き飛ばした。

 

 強酸の血と肉片が豪雨の中に撒き散らされ、プレトリアンが苦悶の絶叫を上げて大きくたじろぐ。

 

「今だ! 乗れェッ!!」

 マッケンジーが血を吐くような声で叫んだ。

 

 完全に降りきったタラップへ向けて、全員が駆け出す。

 チェン一等兵が、両目を焼かれて倒れ込んでいるポポフ一等兵の襟首を掴み、泥水を引きずりながら機内へと後退していく。

 

「ヴェガ! 早く!」

 端末からケーブルを引き抜いたヴェガが、タラップへと身を翻した。

 

 その瞬間だった。

 

 爆炎と黒煙の中から、装甲を砕かれ、半身を失いながらも絶命していなかったプレトリアンの「尾」が、槍のように射出された。

 

「……えっ」

 ヴェガの口から、小さな声が漏れた。

 

 漆黒の刃が、彼女の腹部を背後から完全に貫通していた。

 強酸の血液を纏った尾が、彼女の内臓を焼きながら引き抜かれる。

 

「ガァァッ……!」

 ヴェガは大量の血を吐き出し、タラップの金属板の上へと力なく崩れ落ちた。

 

「ヴェガさん!!」

 チェンが泣き叫びながら駆け寄り、ポポフと共に彼女の体を機内へと強引に引きずり込む。

 彼女の腹部からは絶望的な量の血が溢れ出し、即死しなかったのが奇跡のような致命傷だった。

 

 プレトリアンが、残った腕でタラップへと這い上がろうとする。

 その後ろからは、無数の通常個体が群れを成して迫っていた。

 

「……クソ野郎どもが。地獄で焼け焦げろ」

 

 最後にタラップに残ったマッケンジーは、背負っていた火炎放射器の燃料タンクのバックルを外し、プレトリアンの足元へ向けて渾身の力で放り投げた。

 

 そして、チェンの背中からブラッドリーの遺品であるイサカM37を乱暴に引ったくる。

 片手でポンプをスライドさせ、迷いなく引き金を引いた。

 

 轟音。

 放たれた散弾が燃料タンクを的確に撃ち抜き、大引火を起こす。

 

 ゴォォォォォォォォッ!!!

 

 ドレイクの爆発すら上回る、凄まじい業火の竜巻が屋上ポートを包み込んだ。

 炎の壁がプレトリアンと群れを完全に飲み込み、屋上全体が逃げ場のない灼熱の海へと変わる。

 

 熱風に背中を押されるように、マッケンジーは機内へと転がり込んだ。

 

「ハッチを閉めろ! 離陸だ!!」

 彼がパイロットへ向けて絶叫した直後、油圧シリンダーが作動し、重厚な装甲扉が外界の地獄を完全に遮断した。

 

 凄まじいG(重力加速度)が機内を襲い、降下艇が垂直に飛び立つ。

 酸性雨の分厚い雲を突き抜け、軌道上の母艦へと向かって、彼らはついに飛翔した。

 

 ……機内には、タービン・エンジンの低い唸り音だけが響いていた。

 

 床は、持ち込まれた泥と、夥しい量の血で真っ赤に染まっている。

 両目を焼かれ、鎮痛剤の過剰投与で気を失ったポポフ。

 腹部を貫かれ、浅く早い呼吸を繰り返しながら生死の境を彷徨うヴェガ。

 

 そして、彼らの傍らでイサカを抱きしめ、声にならない声を上げて泣き崩れるチェン。

 マッケンジーは壁に背を預けたままズルズルと座り込み、天井の無機質な照明を虚ろな目で見上げていた。

 

 助かった。

 だが、その代償はあまりにも大きすぎた。

 彼らは生き残ったのではない。ただ「死に遅れた」だけなのだ。

 

 ふと、マッケンジーは重い体を起こし、機体の小さな丸窓から眼下を見下ろした。

 分厚い雲の切れ間から、彼らが死線を潜り抜けてきたベリウスIVの大地が見える。

 

 そこで彼が見たものは、ジャングルの緑ではなかった。

 

 見渡す限りの地表が、ウェイランド・ユタニ社の施設もろとも、あの黒く悍ましい「樹脂」によって覆い尽くされていたのだ。

 局地的な苗床ではない。惑星そのものが、巨大な一つの「巣(ハイヴ)」へと変貌しようとしていた。

 

 軌道上の母艦へ向かう彼らの背後で、星全体が脈打つように蠢いている。

 悪夢は、まだ終わっていなかった。

 

 

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