ALIEN: BELIUS IV   作:もいもい130

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## 第7話:隔離回廊(盲目の銃手)

 

 

### 第1部:這い寄る閉鎖空間

 

 分厚い防爆隔壁に完全に道を塞がれた二人は、格納庫へ戻るための別のルートを探すしかなかった。

 

「……少尉、あそこです」

 チェン一等兵が、通路の天井近くにある正方形の金属製パネルを指差した。

 

「第4メンテナンス・ダクトか。セキュリティ統括室へ繋がっているはずだ。そこから隔壁のロックを強制解除する」

 マッケンジー少尉は、タクティカルナイフをパネルの隙間にねじ込み、強引にこじ開けた。

 

 ガコンッ、という重い音と共にパネルが外れ、真っ暗な四角い穴が口を開ける。

 幅も高さも、武装した海兵隊員が一人、這って進むのがやっとの極端な閉鎖空間だ。

 

「先に行け、チェン。俺が後ろを警戒する」

「了解です」

 

 チェンは背中のイサカM37散弾銃がダクトの天井に引っかからないよう、体を斜めにしながら這い込んだ。

 マッケンジーも後に続き、通路からの光が届かない、完全な暗闇の中を前進し始める。

 

 ギシッ……ギシッ……。

 

 冷たい亜鉛メッキの床を這い進むたびに、二人のタクティカル・アーマーが硬質な摩擦音を立てる。

 ダクト内には、古い機械油の匂いに混じって、あの鼻を突くような酸と腐敗臭が微かに漂っていた。

 

 狭い。あまりにも狭すぎる。

 前後左右を冷たい金属の壁に囲まれ、もし今、この空間で奴らと遭遇しても、パルスライフルを構える隙間すらない。

 

 チェンの荒い呼吸音が、ダクトの壁に反響して不気味に響く。

 彼は極度の緊張と閉所恐怖で、無意識のうちに過呼吸になりかけていた。

 

「息を整えろ、チェン」

 背後から、マッケンジーの低く落ち着いた声が届いた。

 

「パニックになれば、自分の吐いた二酸化炭素で窒息するぞ。ゆっくり吸って、長く吐け」

「……はい。すみません、少尉……」

 

 チェンが深呼吸をし、再び前へ這い出そうとした、その時だった。

 

 ――カンッ……カカカンッ……。

 

 ダクトの奥深く、チェンの進む先から、金属を鋭い何かで引っ掻くような音が響いてきた。

 

「……!」

 二人は同時に動きを止め、息を殺した。

 

 音は、一つではない。

 背後――マッケンジーの後方の暗闇からも、全く同じ不気味な足音が、壁を伝って急接近してくる。

 

「挟まれました……! 前と、後ろからです!」

 チェンの声が、恐怖で裏返る。

 

「下がるな! 前へ進め!」

 マッケンジーは、狭い空間でパルスライフルを背中に回し、腰のホルスターからVP70ピストルを引き抜いた。

 

 暗闇の奥で、カチャリ、とチェンが散弾銃のポンプをスライドさせる音が鳴る。

 

 シューゥゥゥ……。

 前方の暗闇から、不吉な音が聞こえた。

 

「少尉、床が!」

 チェンの数メートル先のダクトの床面が、突突として黄色く変色し、水飴のように溶け落ち始めたのだ。

 暗闇に潜む怪物の顎から滴り落ちた「強酸のよだれ」が、金属を腐食させている。

 

 ライトをつける暇すらない。

 強烈な酸の蒸気越しに、チェンの目の前に、銀色に光る鋭い牙がぬらりと浮かび上がった。

 

「撃てェッ!!」

 マッケンジーの怒号と同時に、ダクト内で閃光が炸裂した。

 

 ズドォォォォン!!

 

 閉鎖空間で放たれた12ゲージ散弾の轟音が、二人の鼓膜を物理的に殴りつける。

 距離はわずか数メートル。

 放たれた散弾は、狭いダクトの中で逃げ場を失い、ゼノモーフの頭部と上半身をミンチのように粉砕した。

 

「ギャアアアッ!」

 酸の血が壁に飛び散り、ジュワジュワと金属を溶かす激痛のシャワーとなってチェンのヘルメットに降り注ぐ。

 

 だが、怯んでいる暇はない。

 

 ダダダンッ!

 背後では、マッケンジーが後方から迫り来るもう一体に向けて、VP70ピストルを連射していた。

 

「止まるなチェン! 酸の血だまりを強行突破しろ!」

 マッケンジーは空になったマガジンを捨て、新しい弾倉を叩き込みながら叫ぶ。

 

「うおおおおッ!」

 チェンは顔を伏せ、まだ熱を持っている酸の血の上を、腹這いのまま強引に滑り抜けた。

 アーマーの表面が溶け、皮膚を焼く熱が伝わってくるが、痛みを無視して前へ這い進む。

 

「出口です! 格子が見えます!」

 チェンが散弾銃の銃床で、通気口の格子を力任せに殴りつけた。

 

 ガキンッ、という音と共に格子が外れ、二人は転がり出るようにして、薄暗い部屋の床へと落下した。

 肩で息をしながら立ち上がると、そこには無数のモニターが並ぶコンソールデスクがあった。

 

 目的地の、セキュリティ統括室だ。

 

「……よくやった、チェン」

 マッケンジーはピストルを構えたまま、血と酸にまみれたチェンを引き起こした。

 

 だが、安堵する間もない。

 部屋の床には、胸を食い破られた海兵隊員の遺体が数体転がっていた。

 そして、並んだモニターの画面は、彼らが決して見たくなかった「最悪の映像」を映し出そうとしていた。

 

### 第2部:狂乱のガトリング

 

 セキュリティ統括室の空気は、血とオゾンの臭いで満ちていた。

 

 マッケンジー少尉は、コンソールに倒れ伏している海兵隊員の遺体を無言で床へ下ろし、血に染まったキーボードを叩く。

 

「……メインシステムは生きている。格納庫(ハンガーベイ)のカメラにアクセスするぞ」

 無数のモニター群が次々とノイズを上げ、青白い監視カメラの映像を映し出した。

 

「少尉、あれを……!」

 チェン一等兵が、中央の大型モニターを指差して息を呑む。

 

 そこに映っていたのは、漆黒の群れに完全に包囲された降下艇(ドロップシップ)だった。

 機体に群がったゼノモーフたちが、強靭な爪でチタン合金の装甲を削り取ろうとしている。

 

「スパークス……馬鹿野郎、何をしている!」

 マッケンジーが思わずコンソールを殴りつけた。

 

 音声のない映像の中で、パニックに完全に正気を失ったパイロットのスパークス准尉は、最悪の決断を下していた。

 降下艇の機首下部にマウントされた、重装甲目標用の大型ガトリング砲。

 その巨大な六連装の銃身が、密室である格納庫の中で猛烈な勢いで回転を始めたのだ。

 

 閃光。そして、毎分数千発という圧倒的な質量の暴力。

 

 極太の曳光弾の嵐が格納庫内を吹き荒れ、海兵隊が残した装甲車やコンテナのバリケードを、まるで紙屑のように粉砕していく。

 跳弾が火花を散らし、コンクリートの床が抉れ、格納庫全体が致命的な破壊の渦に飲み込まれていく。

 

「駄目だ……射角が合ってない! 機体の上だ、スパークス!」

 チェンがモニター越しに叫ぶが、防爆扉の向こう側に声は届かない。

 

 ゼノモーフたちは、決して正面からは向かってこなかった。

 奴らはガトリング砲の仰角が届かない機体のルーフ(屋根)や、着陸脚の裏側へと壁を伝って這い回り、分厚い装甲に直接、強酸の唾液を吐きかけていたのだ。

 

 ジュワァァァッ。

 キャノピー(風防)の強化ガラスが酸で黄色く濁り、瞬く間にドロドロに溶け落ちる。

 ガラスの雨と酸がコックピットに降り注いだ。

 

 恐怖と痛みに耐えきれなくなったスパークスは、あろうことか、コックピットから後部キャビンへ逃げ込み、機体の側面ハッチを手動で開けようとしてしまった。

 外へ逃げ出そうとしたのだ。

 

 ロックが外れ、ハッチが僅かに開いた瞬間。

 その隙間から、巨大な漆黒の腕が伸びた。

 

 スパークスは絶叫を上げる間もなく、首根っこを掴まれ、濁流のような群れの中へ引きずり出される。

 そして、群がる黒い影の中で、一瞬にして四肢を引き裂かれた。

 

「ハッチが開いたぞ! ポポフさん! ヴェガさん!」

 チェンの顔から完全に血の気が引いた。

 

 マッケンジーが素早くキーボードを叩き、映像を降下艇の「機内カメラ」に切り替える。

 

 ノイズ混じりの機内映像。

 そこには、両目を激しく焼かれ、顔面の上半分を包帯代わりの布で乱雑に巻いたポポフ一等兵の姿があった。

 彼は、床で昏睡状態にあるヴェガを背後に庇うように、ハッチの前に立ち塞がっていた。

 

 視力はない。

 だが、その耳は、開いたハッチから踏み込んでくる複数の足音と、独特の金属的な軋み音を正確に捉えていた。

 

『……来やがれ、クソ虫ども。診察の時間だ』

 

 ポポフの乾いた呟きが、通信回線を通して統括室のスピーカーから響く。

 

 彼は音のする方向へ、短い銃身のパルスライフルを寸分の狂いもなく向け、引き金を引いた。

 ダダダダンッ!

 

 先頭で飛び込んできた個体の頭部が、正確な射撃によって弾け飛ぶ。

 酸の返り血がポポフのアーマーを焦がすが、彼は一歩も下がらない。

 

 さらに右、そして左。

 盲目の衛生兵は、研ぎ澄まされた聴覚と生存本能だけを頼りに、恐るべき精度で弾幕を張り続ける。

 音響と反響だけで敵の位置を割り出し、瀕死の仲間を守るために、ただ一人で暗闇の中の死闘を演じていた。

 

「ポポフ……!」

 マッケンジーは歯を食いしばり、モニターを睨みつける。

 

 だが、多勢に無勢だ。

 弾倉を交換しようとした一瞬の隙を突かれ、床を這ってきた一匹の尾がポポフの足を払った。

 

 ポポフが体勢を崩して倒れ込んだ瞬間、カメラの映像は、次々と機内へ雪崩れ込んでくる群れの黒い影で完全に埋め尽くされた。

 

 ザザァァァァッ……。

 

 カメラが破壊され、無機質な砂嵐がモニターを覆い尽くす。

 そして、すべての映像と音声が途絶えた。

 

### 第3部:奪われた者たち

 

「……システム、強制オーバーライド! 検疫プロトコル解除!」

 マッケンジーが、血濡れたコンソールを叩き割る勢いでエンターキーを押し込んだ。

 

 けたたましい警報音が鳴り止み、重々しい油圧の駆動音が響く。

 モニターの片隅で、彼らを隔てていた分厚い防爆隔壁がゆっくりと上昇していくのが見えた。

 

「行くぞチェン! 持ち堪えろ、ポポフ!」

 

 二人は統括室を飛び出し、入り組んだ通路を格納庫へ向けて一直線に駆け抜けた。

 息が切れ、肺が焼け付くようだが、歩みを緩めることはない。

 

 開放された隔壁を潜り抜け、メイン格納庫へと雪崩れ込む。

 だが、そこに広がっていたのは、圧倒的な暴力が通り過ぎた後の「静寂」だった。

 

 スパークスが乱射したガトリング砲によって、海兵隊のバリケードは原型を留めないほど粉砕されている。

 壁は蜂の巣になり、破断したケーブルから青白い火花が散っていた。

 

「ポポフさん! ヴェガさん!」

 チェンがイサカを構えたまま、硝煙と酸の臭いが立ち込める降下艇へと駆け寄る。

 

 機体の外装は無残に引き裂かれ、溶解したキャノピーの下には、スパークスだった「肉塊」が転がっていた。

 だが、マッケンジーとチェンの視線は、開け放たれたままの側面ハッチへと吸い寄せられた。

 

 二人は銃口を向けながら、慎重に機内へと足を踏み入れる。

 

 内部は、凄惨な死闘の痕跡で埋め尽くされていた。

 壁には至る所に強酸が焼き付いた黒い焦げ跡があり、ポポフが撃ち尽くしたパルスライフルの空薬莢が床を埋めている。

 マガジンが空になった銃本体も、泥水と血の中に投げ出されていた。

 

 だが。

 

「……遺体が、ありません」

 チェンの声が震えていた。

 

 そこにあるべきはずの、ポポフとヴェガの姿がどこにもないのだ。

 ゼノモーフの死骸すら、一匹残らず綺麗に持ち去られている。

 

 マッケンジーは、床にベットリと残された「痕跡」の前に片膝をついた。

 

 それは、大量の血液と、あの悍ましい黒い「樹脂」が混ざり合った、引きずられたような太い轍(わだち)だった。

 轍は降下艇のハッチから外へと続き、格納庫の奥――艦の最下層、機関部へと通じる巨大な防爆扉の暗闇へと消えている。

 

 マッケンジーは樹脂の一部を指ですくい上げ、忌々しげに顔を歪めた。

 

「……殺されていない。生きたまま、連れ去られたんだ」

 

「でも、ヴェガさんは腹を貫かれて……あんな出血で、生きているはずが……!」

 

「奴らが『生かした』んだ」

 マッケンジーの言葉に、チェンは息を呑んだ。

 

「この樹脂には、傷口を強引に塞ぎ、出血を止める成分が含まれている。奴らはヴェガを殺すためじゃなく、『苗床』として新鮮なまま保存するために、あの屋上で致命傷を避けて腹を貫いたんだ。ポポフも同じだ。抵抗する力を奪われ、生きたまま巣(ハイヴ)へ引きずり込まれた」

 

 死よりも残酷な現実が、暗く冷たい格納庫に重くのしかかる。

 

 今この瞬間も、二人は暗闇の中で壁に縛り付けられ、あの卵が開く音を聞かされているのかもしれない。

 

「……少尉。どう、しますか」

 チェンが、すがるような目でマッケンジーを見つめた。

 彼の背中には、ブラッドリーから託された散弾銃が重くのしかかっている。

 

 残弾はわずか。稼働できるのは疲弊しきった二人だけ。

 そして敵は、この巨大なフリゲート艦の奥深くに、すでに新たな王国を築き上げている。

 

 選択肢は二つに一つだ。

 このまま脱出艇を探して母艦を爆破し、二人を星の塵にするか。

 それとも、文字通り地獄の底へ、二人を奪い返しに行くか。

 

 マッケンジーは立ち上がり、マガジンの残弾を確認するようにパルスライフルを軽く叩いた。

 

「……弾の補給が先だ。武器庫を探す」

 

 その瞳には、絶望ではなく、冷たい怒りの炎が静かに燃え上がっていた。

 

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