名探偵プリキュア! 〜A Memoir White〜   作:秋葉ばっこ

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あんみく 約150cm
るるか 約160cm
主人公 約170cm→約130cm(変装時)
くらいのイメージ。足の小指の長さじゃなくて、身長の話ね。

いつか本作のファンアートを描いてもらうのが夢なのだ。
お前らの募金、待ってるぜ!!!!!!


FILE23:決めつけちゃダメ! 後編

 

 

 

 

 演劇部の部室は、陰鬱とした雰囲気に満ち満ちていた。

 通夜でもあったかのように重苦しくねちっこい空気に、こちらの心身にまで影が差し、息をするのも億劫だと感じてしまうくらいには。

 

「間違いなくここに掛けておいたのに、わたしが目を離したからぁ……!」

 

 そう言って、目尻に涙を浮かべ頭を抱えているのは、演劇部員の小藤もも。廊下から聞こえてきた声の主で、ドレスが紛失した事にいち早く気づいた第一発見者でもある。

 そんな彼女を慰めようと、みくるとあんなが口々に言う。

 

「小藤さんのせいじゃないよ」

「絶対どこかにあるはず。演劇部のみなさんは準備があるでしょ? ドレス探しは私たちに任せて! どんな事件もはなまる解決!」

「キュアット探偵事務所にお任せ!」

 

 きっと怪盗団ファントムの仕業に違いないと、二人は使命感に燃えている。

 プリキットブックを開いた彼女たちは、真っ先に俺をしげしげと見つめてきた。

 

「おいコラ、俺の方を見るんじゃない。しるくさんも言ってたろ、決めつけちゃダメだって。……ち、違う……! ドレスを盗んだのは俺じゃない……!」

「なんで逆に疑われるような言い方するの。シンジさ――シンちゃんはそんな事しないって、わたし知ってるよ?」

「そうだよ。ただ、考え事してる時のシンジさ――シンザンくん、可愛いなあって」

「お前らなぁ……」

 

 ここは素直に喜ぶべきか、歳下から舐められていると捉えるべきか。とりあえず、場がややこしくなりそうなので口出ししないでおく。

 ジェット先輩のゴーグルが盗まれた時といい、なんだか意外だ。少し前までは、当たり前のように現場で犯人扱いされてきたのに。

 始業式の一件以来、みくるとあんなとの距離が縮んだように思う。そう考えると感慨深い。

 

「――私にも協力させて!」

 

 家入しるくも「私も演劇部の一員として力になりたいの」と申し出たことで、共に事件の調査を開始することになった。が、問題はひとつだけじゃない。

 

「……」

 

 部長の大森ゆうかが浮かない面持ちで、部屋の隅にある椅子に腰かけている。すぐ側には部員の浅間りえ――みくるとあんなのクラスメイトらしい――が、気遣うように寄り添っていた。

 聞き込みを二人に任せて、俺と家入しるくは彼女たちの元へと歩み寄る。

 

「大森さん、さっきから足を抑えているみたいだけど、何かあったの?」

「しるくさん。実は――」

 

 大森ゆうかの話によると、俺たちが騒ぎを聞きつけて部室に訪れる前に、既に部員総出でドレスを搜索していたのだとか。

 彼女は浅間りえと一緒に、部室の外を探し回っていた。その過程で、あろう事か誤って階段から転げ落ちてしまい、足を捻ってしまったのだという。

 

「酷い怪我……! すぐに保健室に行って、処置してもらいましょう」

「それが……わたしも何度も声をかけたんですけど、大丈夫だからの一点張りなんです」

 

 眉を八の字にし、困ったように浅間りえが言った。

 患部を注視してみれば、素人目でもわかるぐらい赤く腫れ上がってしまっている。これを「大丈夫だから」の一言で済ませるには無理があるであろう事は、本人が一番よくわかっているはず。

 大森ゆうかが頑なに提案を拒んでいるのは、きっとそれだけの理由があるからだ。

 

「……新入生歓迎会に備えて、今日の為にたくさん練習してきたんです。私だけじゃなくて部員のみんなも。せっかくの劇を台無しになんて出来ません」

「その足で舞台に立つのは、とてもじゃないけど無理よ。俳優として、あなたの気持ちはわかるけど……」

「ですが、代役を頼めそうな子もいないんです! 手の空いてる部員は歓迎会の設営で手一杯。今から台本を覚えるにも時間が足りなすぎる。私がやらないと……!」

 

 痛みを堪えているせいか、青い顔のまま。部長という重圧・責任感に押しつぶされそうになりながらも、大森ゆうかは言い放った。

 気圧された家入しるくが、しばし押し黙る。彼女は大森ゆうかと浅間りえの持っている台本と、俺を交互に見ながら、何かを考え込んでいる様子。

 そして、妙案を思いついたと言わんばかりに、人差し指を挙げて。

 

「――代役なら適任がいるよ」

「えっ……? そんな人、どこにも……」

「この子、新入生のシンザンくん。彼ならきっと、すぐに台本を覚えられる」

 

 家入しるくは、こちらの両肩に手を置いたかと思うと、俺を差し出すように提案した。

 なるほど、新入生のシンザンくんか。確かに適任かもしれない――って。

 今、彼女はなんと言った? 俺の聞き間違いでなければ、該当する人物はひとりしか居ないのだが。

 

「……はいィ!? まさかの俺ですかァ〜!?」

「ええ。さっきの話が本当なら、キミにしか出来ないと思うの」

「ま、待ってください。いくら台本を暗記したとて、舞台に一度も立ったことのないトーシロが、いきなり演技ってのはちょっと……」

 

 煮え切らない態度の俺に、家入しるくは語りかけてくる。

 彼女の意思を尊重したい気持ちはあっても、更なる怪我や事故に繋がってしまう危険性を孕んでいるのであれば、歳上として許容できるものではないと。

 

「言ってることはわかるけどさァ……」

「……どうしてもダメかな? 思い出作りだと思って、挑戦してみるのも良い機会だと思ったんだけど」

「シンザンくん、私からもお願いできますか? 新入生のあなたに、こんなこと頼むのは筋違いだとわかってる。けど、どうしても歓迎会を成功させたいんです……!」

「みくるとあんなの友達なんだよね? わ、わたしからもお願い、シンザンくん!」

 

 家入しるく、大森ゆうか、浅間りえ、三人から息つく間もなく捲し立てられてしまう。

 とてもじゃないが断れそうな雰囲気ではない。このまま勢いに負けて、首を縦に振ってしまうのも手であるが……。

 

「……予想はいくらでも裏切っていい。けど、期待を裏切るのは辛いよな。周りだけじゃなくて、あんたも……」

 

 今日をやり過ごしたとして。申し訳なさ、悔しさ、後悔、そういった葛藤を抱えたまま、彼女はなんてことのない日常に戻っていく。

 もしかしたらそれは、一週間もすれば忘れられる出来事かもしれない。一ヶ月、一年、十年――忘れることはなくとも、薄れるには十分な年月だ。これから先の人生と比べたら、長い一生の内のほんの短い期間に過ぎない。

 

「――」

 

 それでも、俺はずっと覚えているだろう。

 目の前で苦悩を押し殺し、赤の他人である俺にバトンを託そうとする少女の姿を。いつまでも忘れることなく。

 

 ――ああ、嫌だな。

 

 そう思うのは、きっと俺の我儘だ。

 みくるとあんながドレスを探している間に、一度でも台本に目を通してしまえば、破綻なく――素人の演技に目を瞑れば、だが――演劇を終えられる。

 ここで俺が首を縦に振ろうが、横に振ろうが、周りの人間は「仕方ない」と口を揃えて言うだろう。諦観を伴った妥協の言葉を、不出来になるとわかっている思い出を受け入れるべく。

 ……わかっている。わかっているとも。わかっているからこそ。

 

「はぁ……やめだやめ。目立つのは嫌いじゃねえけど、他人の出番を奪ってまで出しゃばりたくないね」

 

 家入しるくに頼まれた手前、彼女らに協力する義理はあっても義務はない。他人だからこそ、誰よりも拒絶しなくてならない。

 俺自身が嫌な思いをしない為にも、我儘を張り通す――。

 

「ああっ、校庭で不審者が室戸市名物シットロト踊りしてるッ!? んばば!」

 

 俺が大袈裟に声を張り上げて窓の外を指差すと、部室にいる全員が何事かと言わんばかりに窓辺に視線を寄越す。

 その隙に乗じて、大森ゆうかの足に手をかざし、いつもと違った詠唱を唱える。

 

追想顕現(リコール・ア・ライズ)

 

 すると、淡い光と共に怪我が治癒していった。まるで肉体の時間が逆再生していくように。

 一通り窓の外を眺めてから、家入しるくが振り返って。

 

「誰も居ないみたいだけど……」

「あー、すんません。見間違いっすわ。ただスカイフィッシュが飛んでただけなんで、気にしないでください」

「そっちの方が凄くない!? キミ、未確認生物(UMA)が見えるの!?」

「そういう訳で、丁重にお断りさせていただきます」

「どういう訳!?」

 

 最敬礼を伴って、劇の代役を辞退した。

 俺の出る幕じゃないと、文字通りの意味でそう思ったから。

 

「サンキュー、しるくさん。俺に気を使ってくれたんだよね。楽しい思い出を用意してあげようってさ。……でも大丈夫だよ。さっきも言ったけど、俺は俺なりに前を向いて生きてるから」

「シンザンくん……」

「自分にしか出来ないこと、か……そんなの今まで考えたことなかったし、本当にあるのかどうかも、俺にはわかんないけど……」

 

 言いながら、プリキットブックとペンを手に調査を続けているみくるとあんなへと、流れるように視線をやる。

 現在は家入しるくのマネージャーである妙齢の女性、安藤みわに聞き込みをしているようだ。

 

「――やりたいことなら。どうしても行きたい場所ならあるかな」

「行きたい場所……?」

「そこに向かって、俺も頑張ってみようと思う。意固地な部長さんみたいにね」

 

 そう言って、家入しるくを始めとした演劇部の部員に背を向ける。

 

「ま、待って――! あれ、足が痛くない……治ってる……!?」

「フッ。シンザンくんはクールに去るぜ」

 

 驚く大森ゆうかの声を背に受け、両手をズボンのポケットに突っ込み、格好つけながら場を後にしようとすると。

 

「ぐぇ」

「おっと」

 

 ぽっちゃりとした体格の男――カメラマンの大和田あきらにぶつかってしまった。

 子供の姿になっているのもあり、そのまま俺は重心を崩してしまい、もうひとりの男――ディレクターの榊原ともきにの方へと倒れ込んでしまう。

 

「どわあああ――っ!!」

「――っ!?」

 

 ズルッ――!

 咄嗟になにかを掴もうと手を伸ばした結果、勢いのままボンタンズボンを引きずり落としてしまった。

 なんて嬉しくないラッキースケベだ。視界の端で、水色のドレスの裾がゆらゆらと揺れている。……ん? ドレス?

 

「……」

「……なるほどォ」

 

 恐る恐る顎を上げてみれば、顔を引き攣らせている榊原ともきと目が合う。

 

「……犯人はお前だッ!!」

「マ、マジチョベリバ――っ!!」

 

 ズボンを掴んでいる俺をひっぺがすと、榊原ともき――アゲセーヌはメイクブラシで変装を落とし、甲高い声を上げながら逃げて行った。

 みくるが慌てて俺を回収し、あんなと共にアゲセーヌを追いかけようと、教室を飛び出す。

 

「待てえっ、待たんかいコラ〜! アゲちゃんこっち向いて〜!」

「待てって言われて、大人しく待つ怪盗がいるわけないっしょ!」

「ズボン忘れてるぞ!」

「い、いらないし! なんなの、あのちびっ子!? ちょームカつく〜!」

 

 アゲセーヌを追いかけていると、やがて人気のない外に出た。

 俺たちが追いついたのを察した奴は、ハイビスカスの花をドレスへと吹きかける。

 

「――ウソよ覆え! チョベリグにしちゃって、ハンニンダー!」

「みくる!」

「うん、あんな!」

「「いくよ――!」」

 

 みくるとあんなが声を揃え、ジュエルキュアウォッチを構える。

 

「どんな謎でもはなまる解決! 名探偵キュアアンサー!」

「重ねた推理で笑顔にジャンプ! 名探偵キュアミスティック!」

「「名探偵プリキュア!」」

「わたしの答え、見せてあげます!」

 

 こうして、彼女たちが変身した姿であるプリキュアと、ドレスに宿るマコトジュエルから生まれたハンニンダーが、同時に出現した。

 

「演劇部のためにも!」

「しるくさんのためにも!」

「「――大事なドレス、返してもらうよっ!!」」

 

 開幕早々、アンサーとミスティックが地を思い切り蹴り、勢いよく飛びかかる。

 

「ハン、ニン、ダ――ッ!!」

 

 ハンニンダーは颯爽とジャンプしたかと思えば、ドレスを象ったボディを高速回転させ、コマのように二人を弾き飛ばした。

 

「はあああ――っ!!」

 

 宙から叩き落とされようと、アンサーはすぐに体勢を整え、負けじと反撃の一手を繰り出すが――拳は火花を散らすだけで、すぐに同じように弾かれてしまう。

 回転を止めようと、軸足に向かってミスティックが蹴りをお見舞いしたものの、やはり結果は同じ。どんな攻撃を仕掛けても通じない。

 こうしている間にも、劇が始まるまでの時間が迫りつつある。なんとかしてハンニンダーを倒し、マコトジュエルとドレスを取り返さなければ――!

 そんな焦りからか、アンサーとミスティックは闇雲に攻撃をするばかり。

 

「あの回転を、なんとか止めねェと……!」

 

 だがしかし、二人の攻撃が通じていない以上、俺が動いたところで戦況は変わらないだろう。

 アンサーアタック、ミスティックリフレクション、なんとかビーム……手加減できるようになったとはいえ、最大出力そのものは変わらない上、俺の手札はこれだけだ。残念ながら、敵が回転している間はそのどれもが決定打になり得ない。

 

 ――決めつけちゃダメ!

 

 そんな時、頭の中でイマジナリー家入しるくが「視野を広めるべき」と進言してきた。

 どこかに俺たちの技が通じる部位があるという事だろうか?

 

 ――決めつけちゃダメ!

 

 いや、どっちだよ……。

 段々とイライラしてきて、焦りも相まって思わず地団駄を踏む。

 足跡の残った地面を見て、俺はとある作戦を思いついた。

 

「……これだ!」

 

 ありがとう、家入しるく。昨日は変な物真似してごめんな。

 心の中で謝罪を入れてから、大声を上げてアンサーの名を呼んだ。

 俺のすぐ側に着地した彼女へと、アゲセーヌやハンニンダーに聞かれないように、こっそり耳打ちする。

 

かくかくしかじか特に意味のない文字列ですよん貴様、見ているなッ!!

「ひゃっ――!? シ、シンジさ――シンザンくんっ、息が当たってくすぐったいよぉ……!」

「――ってわけだ。やってくれるか?」

 

 真っ赤になった耳を指で弄りながら、アンサーは足をもじもじさせて言う。

 

「……お、お姉ちゃんって呼んでくれたら……いいよ」

「なにを言ってるかね、この子は。時と場合を考えたまえよ」

「だ、だってぇ……!」

 

 アンサーは瞳を潤ませ、小さくなった俺にベタベタしているみくるが少しばかり羨ましかったと、指と指を合わせながら話し始める。

 普段からポチタンとジェット先輩っていう可愛さの二大巨頭が近くにいるのに、わざわざ俺を可愛がりたがる理由がわからない。

 例えるなら、身内の幼少期が記録されているアルバムを見て「可愛い〜」って感じで悶えるようなものか。経験が無いので、いかんせん理解しがたい。

 

「まあ、別にいいけど。あれもこれも全部、俺が美少年過ぎるのがいけないんだ。責任取ってやろうじゃないか」

「え、いいのっ!? てっきり、もっと嫌がるかなって……」

「俺にプライドなんてあると思うか?」

「ううん」

「……素直でよろしい」

 

 即答されたらされたで、複雑な気持ちだ。

 ハンニンダーを攻略しようと、あの手この手で攻め立てているミスティックの姿が不憫になってきたので、手短に済ませてしまおう。

 絶妙な角度から上目遣いを送り、口元にそっと手を添え、ほんのりと頬を染め、今世紀最大の猫かぶりを披露してみせる。もっとも俺の場合は犬かもしれない。

 

「あんなお姉ちゃん、僕と一緒に戦って欲しいな?」

「――」

 

 ハンニンダーを前にして、俺たちは何をやっているんだろう……。

 冷静になったらいけない気がして、ひたすらに媚びを売り続けていると、固まっていたアンサーは次第に真っ赤になっていき、とうとうアホ毛から蒸気が噴き出てきた。

 

「――お姉ちゃん、頑張る」

「そうしてくれ」

 

 覚悟の決まった精悍な顔つきで(心做しか肌が艶々している)、アンサーがかつてない程に意気込んでいる。

 俺たちは手筈通りに動くべく、まずは彼女に抱き抱えてもらい、空中へと跳んだ。

 

「ミスティック、危ないから離れてろ〜!」

「――わ、わかった!」

 

 退避したミスティックを確認し、俺たちは落下の勢いと共に拳を振りかぶる。

 

「ハ、ハンニンダーッ!?」

「「アンサーアタック――ッ!!」」

 

 穿つはハンニンダー――ではなく、奴の足元。

 轟音を轟かせた衝撃が、大きく地面を揺らす。隆起した大地がひび割れ、そこから紫のエネルギーがほとばしった。

 膨れ上がったそれはアンサーアタックの威力に耐えきれず、間もなく陥没し、見事なクレーターを作り上げていく。

 

「ハ、ハンニ……!?」

 

 突貫工事とはいえ、忽然と現れた(うろ)に動揺してしまい、抵抗する暇もなくハンニンダーが落ちゆく。バランスを崩したことで、攻防一体のスピンは鳴りを潜めていた。

 このチャンスを逃がすまいと、着地したアンサーがミスティックと共に、オープンしたプリキットミラールーペを掲げた。

 校舎の影に隠れていたポチタンが飛び出してきて、マコトジュエルを彼女たちに授ける。

 

「「プリキュア! フライング・スペクトル――ッ!!」」

 

 ふたつのミラールーペから発せられた閃光がひとつに。やがて鳥のような形に変化すると、眩く輝く羽根を散らしながらハンニンダーを貫いた。

 

「ハンニン、ダー……」

「「キュアット解決っ!」」

 

 たちまち光の柱が立ち上り、ドレスに宿っていたマコトジュエルは無事に元の輝きを取り戻す。

 周辺を覆っていた亜空間も消え失せ、風にはためくドレスが、ゆっくりとアンサーとミスティックの手元に舞い落ちてきた。

 その様子を屋根上から見下ろしていたアゲセーヌが、露骨に嘆息を零して。

 

「まっ、家入しるくもまぁまぁイケてるけど、アタシの方がアゲアゲだし〜!」

 

 などと、よくわからない事を言い残して、奴はいつの間にか姿を消していた。

 ズボン置いていったままだけど、あれで良かったのか? 華麗な着地をしようとして失敗し、そこらに生えていた木の枝に引っかかり、宙ぶらりんとなった状態で、俺はそう思った。

 

 

 

 

「舞踏会、行けなかったね。王子様にも会えなかった……」

「でも、あたくしは貴女と会えたわ。毎日がキラキラしていた――まるで、舞踏会みたいに!」

「シンデレラ……!」

「一緒に踊りましょう!」

 

 ドレスを届け終えた俺たちは、舞台袖から劇を見学させて貰っていた。

 いきいきと演技に華を咲かせている大森ゆうか、そして他の部員たちを観ていると、やはり俺の判断は間違いではなかったと、身に染みて感じる。

 そんな俺の横で、ふくれっ面を浮かべている少女がひとり。

 

「いつまでむくれてんだよ、みくる」

「だって……! わたしも『みくるお姉ちゃん』って、シンジさ――シンちゃんに呼ばれたいもん。あんなだけずるい!」

「うわ、めんどくさ。後でいくらでも呼んでやるから機嫌直せよな」

「ホ、ホントにっ!? 〜〜〜っ、やったぁ……! えへへ……!」

 

 適当に口約束してやると、みくるは直ぐに満面の笑み……表情筋が緩みに緩みまくった、とてもよそ様に見せられないような顔になっていた。

 あんなはあんなで、先程の余韻に浸るようにウットリしているし。せっかく見学させてもらってるんだから、劇を見ろよ、劇を。

 

「シンザンくん」

「あ、しるくさん」

 

 同じく舞台袖に控えていた家入しるくに話しかけられ、振り返る。

 

「ありがとね。キミたちのおかげで、すっごく楽しい思い出ができたよ。……私、みんなと会えて良かった!」

「いやいや、俺は大したことしてないんで」

「ふふ、謙遜しちゃって。それでもありがとう。キミが行きたい場所――キミが見たい景色って、これのことだったんだね」

 

 彼女の言葉に対して黙ったまま首肯し、再び舞台へと目を向けた。

 シンデレラと女子中学生。夜の帳が下りた世界で手を取り合い、二人きりの舞踏会が始まろうとしている。いよいよ物語は佳境に入り、華やかな大団円を迎えることだろう。

 代々演劇部に引き継がれてきたという、あの水色のドレスがより一層物語を引き立てているように思う。

 

「――ハッピーエンドが好きなんだよ、俺は。ひとりだけ楽しくったってつまんないし。どうせなら、みんなに幸せになって欲しいじゃん」

 

 俺の言葉に、みくるとあんながハッとして、すぐにはにかむ。

 全人類が幸福になればいいだなんて、聖人君子のような戯言を抜かすつもりはない。身近な人が笑っていてくれれば、それだけで俺の中にある洞は満たされていく。

 だって、嫌な記憶をいつまでも忘れられないからこそ、今こうして目の前にある景色が、心揺さぶるほど眩しく見えるから。

 

 ――決めつけちゃダメ!

 

 俺の持つ完全記憶能力は、決して便利な能力なんかじゃないけれど、視野を広めれば利点もあるのだと気づかされた。

 首から下げているペンダント――ブランクジュエルを握りしめながら過去を遡る。回想という行為は、俺にとって息をするのに等しい。

 目を閉じれば、かつての光景が現実のように蘇る――。

 

「……昔、()()()にこう言われたんだ。『過去を懐かしむ暇もないくらい、今を楽しみなさい。辛いことがどうでもよくなるまで、たくさん楽しい思い出を作ればいいのよ』ってさ」

 

 ただの声帯模写ではない。記憶にある声を、俺を通してそのまま再生したので、実際にあの人が語っていた言葉と遜色ないはず。

 

「わぁ、はなまる綺麗な声……」

「素敵な女性(ひと)なんでしょうね、きっと」

 

 瞼を持ち上げると、あんなとみくるが胸に手を当てて聞き惚れているのがわかった。

 

「――」

 

 照れくさくて、彼女たちの前で口に出すのは憚られるけど。

 今この瞬間こそが、俺の居たい場所なんだ。

 

 

 

 

「――で、お前はいつまでその格好なんだよ」

 

 帰宅して早々、みくるの膝の上に座って甘やかされている俺に、ジェット先輩がメスを入れるように苦言を呈してきた。

 

「離れようとすると怒るんだよ、こいつ」

「こら。こいつじゃなくて、みくるお姉ちゃんでしょ」

 

 自称・姉バカは放っておくとして。

 

「そうじゃなくて、いつまで子供の姿でいるのかって聞いてるんだ」

「しょうがないだろ。グロスの効果が切れないんだから」

「グロス……? ああ、そういうことか」

 

 俺が言い返すと、彼は納得したように膝を打つ。

 今の問答で、俺があんなのプリキットグロスを勝手に使ったのを察したらしい。

 

「あんなとみくるが持ってるグロスは、二人の為にボクが開発したものだ。シンジが使えるわけないだろ?」

「なんですと!? じゃあ、これって――」

 

 変装した際、あんなのグロスを唇に塗りながら、中一の姿になれと強く念じていたのを思い出す。

 あの行為がトリガーとなったのなら、もう一度念じてみれば……。

 

「――あ、戻った」

「ぐえ――っ!? お、重い〜……!」

 

 元の高校生の姿に戻った俺の背後で、みくるが潰れたカエルのように呻き声を上げている。ちょっと面白い。

 ジェット先輩はキャンディを口に含み、他人事のように呟く。

 

「いよいよ人間離れしてきたな、シンジ」

「うん、俺も俺が怖くなってきたよ」

「変声、変装、窃盗、治療、技のコピー……ボクたち妖精よりもファンタジーしてるぞ。ファントムの連中より、お前の方がよっぽど怪盗みたいだ」

「ホントにな。アルバイト募集してないかな、あいつら」

「あ、あの……シンジさん、冗談を言ってる暇があるなら、早く退いてもらえませんか……ううっ……」

 

 離れるなと言ったり離れてくれと言ったり、わがままな奴だ。

 膝の上からどいてやると、みくるは俺の顔をじっと見つめたあと、あからさまに肩を落とした。

 

「はぁ……いつものシンジさんに戻っちゃった。時間の流れって残酷なんですね……うう、わたしのシンちゃん……」

「どういう意味だよ。こんなイケメンでクールなナイスガイ、そうそういないぞ?」

 

 あんなもシンザンの面影を探すように、こちらの様子をチラチラ窺っている。

 

「また会いたいなぁ、シンザンくん……あ、シンジさんのことが嫌ってわけじゃないよ?」

「あんまり俺を虐めてくれると、しまいには泣くぞ。いい歳した大の男がみっともなく泣きわめくぞ。……うわ〜ん、ジェット先輩〜!」

 

 ジェット先輩の腰に抱きつく。別に絡んで欲しかったわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよねっ!

 安全圏で本を読んでいた彼は、まさか自分も巻き込まれるとは思わなかったようで、心底気だるげに。

 

「引っ付くなよ、鬱陶しいな……ほら、飴ちゃんやるから泣きやめ」

「わ〜い! ジェッティ大好き!」

「「「元に戻っても、中身が子供すぎる……!」」」

「失礼な、せめてピュアと言ってくれ。ピュアット解決! なんちゃって〜」

 

 後日、みくるとあんなから渡された名刺を見て、家入しるくがキュアット探偵事務所を訪ねてくるのだが、それはまた別の話。

 今日という日をより良いものにする為、俺は瞬間瞬間を全力で楽しみ、思い出作りに勤しむのだった。

 




ある人=ブランクジュエルの元の持ち主だと解釈してもらって大丈夫です。少なくともるるかではない。いつになったら明かせるかもわからんね。
15話の「今が楽しければ、他はどうでもいい」発言・行動理念はここから来ています。ノリと勢いだけで書いてたのに、割と大事な回になって草。

声帯模写だけに留まらず、変装? 肉体年齢の操作? も能力の応用でした。
その気になれば、他人の姿にも変われるんじゃないですかね。知らんけど。

リコール・ア・ライズ。略してリアライズ。
文字に起こすとRecall a rize。由来はRealize(理解する、気づく、実現する)、Rerise(再び立ち上がる、再び上昇する)。
詠唱が違うだけで、やってることはリプレイと変わりません。
自分を通して発動するのがリプレイ。今回の場合だと、他者に作用するのがリアライズって感じかな? その時の気分で言い換えてるだけだと思います。描写によってはそもそも詠唱してない時もあるし、自己暗示みたいなもん。あんまり気にしなくてヨシ!

一週間以内に更新できるように頑張ります。
次回もはなまるっ!
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