ようこそ維盛さんのいる教室へ   作:維盛さん

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入学前編
一話


 

 

 

 

ホワイトルームでいつも通りに過ごしていたある日、俺は唐突に別室に呼び出しを受けることになった。幼い頃に放り込まれたこの白い部屋は、十二年の歳月を経てすっかり自分の慣れ親しんだ場所になっていた。

 

通されたのは中央に机と、向かいように置かれた二つの椅子のある無機質な部屋。座るよう促されたので、特に抵抗せずに座らせてもらう。心なしか、教官や研究員の連中が普段より優しく振る舞おうとしている。違和感の強い現状に警戒を抱き始めた時、俺は人生で最後の「外の記憶」の中で見た人物と対面した。決して忘れることがない、その人に。毅然とした振る舞いを披露する、まるで元老院の妖怪のような敵として出てきそうな雰囲気だ。

 

 

「お久しぶりです、お爺様」

 

 

老人の言葉を待たず、自分の記憶に従って挨拶をしてみた。結果は劇的で、眼前の翁はたちまち目尻に涙を浮かべた。

 

 

「お前……私を覚えているのか、維盛っ?!」

 

 

記憶の中で幾度も「お爺ちゃんだぞ〜」と変顔をしていた祖父は、先ほどまで纏っていた凛々しさを霧散させこちらに駆け寄った。間もなく祖父の腕の中に収まった俺は、十二年間味わう事のなかった人との抱擁を久しぶりに味わった。最後は赤ん坊の頃なので、かなり期間が開いた。

 

しばらく抱きしめた後、我に帰った祖父は心を整えたらしい。いつの間にか最初の毅然とした態度に戻り、先程の涙も嘘泣きだと勘違いしそうになる変わり身の早さだ。これを同期の誰かががやったら、ちょっと引くかもしれない。

 

 

「維盛、今日はお前達を連れ戻すためにここへ来た」

 

「連れ戻す…?それにお前達、とは誰のことでしょうか」

 

 

どうやらここから俺は出るらしい。しかし綾小路の父親がそれを認めるのだろうか?自画自賛ではないが、俺も結構優秀な自覚はある。そう易々と手駒の俺を手放すのか?

そして祖父の言ったお前達。つまり、俺を含め三人しかいない同期の誰か、もしくは二人も連れ出すのかもしれない。まぁ、綾小路はありえないし実質的には一択だが。

 

 

「既に話はついている。私物がないなら、もう行くぞ」

 

 

質問には明確な回答はなかったが、祖父が入ってきた入り口から付いて行くように指示を受ける。

しかし同期の片割れは女子だったが、なぜ彼女も連れ出すのだろうか…。疑問が尽きないが、それと同時に久しぶりの外に楽しみを隠しきれない自分がいた。

 

そのまま施設の駐車場に連れて行かれた俺は、祖父とともに乗り込んだ。結局連れ出すと言っていた人物は現れなかったが、どういう事なのだろうか?

 

「屋敷まで頼む」

 

祖父がドライバーに短く告げると、俺はあっさりとホワイトルームから離れることに。結局同期達にお別れの挨拶をすることも、連れ出すはずの人物の詳細も分からなかった。

 

「ではトキよ、改めて自己紹介をしなさい」

 

唐突に祖父が誰かに話しかけるが、その相手の名前は四期の同期の少女のものだった。

 

「昨日ぶりですね、維盛様。以降あなたの専属使用人となる、飛鳥馬トキでございます」

 

相変わらず感情の読み取りにくい、亜麻色によった金髪を携えた少女がいた。なぜかメイド服で。あと彼女の座っていた座席が一回転をして、こちらに向いたことについて地味にテンションが上がる。車に乗るのも初めてだが、回転する座席なんてものがあるのか…!やはり外は素晴らしい。この数分で十二年分の退屈に勝る刺激を得た。

 

「…すまんな。どうやら維盛はシートの方に関心があるらしい」

 

「…いえ。昔から好奇心の強い方なので」

 

祖父と飛鳥馬の呆れた視線が突き刺さる。返事と挨拶を片手間に済ませ、自分の座席も回転するかを探る。車を知識として知っていても、実際に触れて回るのは初めてなんだ。ましてやシートの回転機能など、触れて遊ばない方が設計者に失礼に決まっている。

 

 

 

「…トキ、中での教育は本当に非人道の実験場だったのか?」

 

「はい。私が保証致します」

 

「…そうか。」

 

 

 

 

 

 

ホワイトルームの離脱後、俺はニートになった。そう、ニートである。編入した中学は退屈すぎて二日で不登校になり、今や祖父の持つ古本屋の書庫で戦後に発禁処分となった書籍を読み漁る日々を過ごしている。トキは俺の横で学術書を読むフリをしながら漫画を読んでいる。

うまく隠しているつもりのようだが、まだまだ甘いと言わざるをえない。

 

「修行が足りないな、飛鳥馬クン!」

 

「……維盛さまは、余計な観察眼だけは短期間で一気に伸びましたね」

 

嘆息した彼女は漫画を床に置くと、そのまま俺が積んでいた発禁本の在庫を漁り始めた。ここにある発禁書は基本日本史関連のものだが、その多くは我が家にある蔵書の一次資料を基に執筆、刊行されたものだ。先祖が代々記録マニアなので、ちょっと詳しく色々書きすぎた結果発禁らしい。我が家の先祖の皆様に万歳。

 

「…飛鳥馬家に関する書籍もありますね」

 

「お前の実家だし、俺も家督を継いだら世話になるからな。歴史的なものも学ぼうかと」

 

「叔父上に直接聞いた方が早いのでは?」

 

自分の実家についての資料があることを、飛鳥馬は不思議に思ったらしい。今も真顔で正論を叩きつけてくるし、ホワイトルームにいた頃よりも容赦無くズバズバとものを言うようになった。おかしいな、出てから主従関係結んだはずなのに。

 

「飛鳥馬は知ってんの?」

 

「…ホワイトルームを出たのは、維盛様と同日ですよ。そんな時間があるとでも?」

 

「えー、そしたら一緒にこの本で勉強しようぜ」

 

「…まだ、さっきの本を読み終わってません」

 

真顔だが、ゲンナリしたような雰囲気が漂う飛鳥馬。こいつどれだけ漫画が読みたかったんだよ。

 

「誰が巨人かネタバレするよ?」

 

「…やりましょう」

 

俺の言葉を受け、俺でも見切れない早さで彼女は書籍を広げた。おかしい、俺はホワイトルーム仕込みの動体視力があるはずなのだが?まだ一三歳だから男女差も大きくないせいだろうか…。とりあえず釣れたので、一緒に勉強タイムだ。向こうはかなり不本意だろうけど。

 

 

 

 

 

 

学級委員長一之瀬帆波の朝は早い。母子家庭で母と妹と三人で暮らす彼女は、女手一つで姉妹を養うために働いている。そんな母をさせるため一之瀬は家事を行っているが、それは朝食やお弁当作りも兼ねている。

 

そんな努力家の彼女には、最近一つの悩みがあった。それは不登校になっている、転校生の伊吹維盛(いぶきただもり)という少年だった。同じクラスになった彼は世間知らずな少年だったが、授業の内容は誰よりも理解しているらしかった。その事に気付いたのは、恐らく隣の席の一之瀬のみだっただろう。

 

伊吹の席は教室の左隅の窓際で、一之瀬はその右隣の席だった。彼女は授業中に伊吹が板書をとっている場面を見たことがなかった。でも二日目の抜き打ち小テストでは満点をとっていたし、授業中の受け答えなども全て模範解答だった。

 

伊吹は気怠けで、どこか浮世離れしたような雰囲気で近寄り難かった。そのため同級生も接し方を二日では掴みきれず、伊吹も積極的に関わりにいかなかった事で溝が埋まらなかった。放課後の部活で仲の良い担任から、伊吹が満点をとったと聞いていた一之瀬は、次の日に伊吹に勉強法について質問してみようと思っていたのだ。彼女が進学を目指すのは、学費が無料な国立高校の高度育成高等学校。自分は小テストで惜しくも満点を逃したので、授業を真面目に受けていない彼がそこまでできるようになった理由を知りたかった。

 

だが、伊吹が三日目から学校に来ることはなかった。一之瀬は純粋に心配になった。もしかしたら、彼も同級生との関わり方に悩んでいたのかも。隣人になった自分がもっと積極的に関わっていれば、学級委員長として彼が打ち解けやすいようにもっと動いていれば…。

 

伊吹が来なくなってからの一〇日間、彼女はずっと悩んでいた。そんな様子は母にも伝わったようで、一之瀬は素直に母に相談した。その結果判明したのは、伊吹の祖父が祖母の同級生であったこと。衝撃的だったのと同時に、彼がクラスに馴染むきっかけになるかもしれないと喜んだ。自分が仲良くなれれば、クラスメイトとの関係の潤滑油にもなれる!

 

母から伊吹の祖父がよくいる古本屋を聞いた一之瀬は家を飛び出したが、その場所は更に驚愕のお隣であった。玄関を出て五秒で到着である。母に連れられて入った一之瀬は、最初は「え?」が止まらなかった。そして店番をしていたのが、不登校になった伊吹本人であったのは更に衝撃的だった。

 

以降、一之瀬は古本屋に通い詰めるようになった。初めは伊吹を学校へ誘うためだったが、次第に彼女にも伊吹のスタンスが読めるようになり、一切学校に行く素振りを見せない彼の説得を諦めつつあった。

 

 

 

 

 

 

最近、夕方になると常連のお客さんが来るようになった。

 

「あれ、今日も来たんだ一之瀬さん」

 

「こんにちは、伊吹くん。今日はお客さん来た?」

 

「いや。閉店の札をかけっぱなしにしてた」

 

「アハハー」とかわいた笑いを披露する俺の横で、トキが白い目でこっちを見ている。その眼には明確に非難の色が入っている。こいつ、俺が二十分前に開店の札をかけたのを不満に思っているらしい。一之瀬の来店時は気配を消していた飛鳥馬も、流石に姿を現した。はじめから隣にいたけど。

 

「えっ、飛鳥馬さんも、こんにちは…?」

 

一之瀬さんの視点では、唐突に少女が生えてきたかのように映っているかもしれない。想像したら愉快だな。今度から座敷童だとか適当に吹き込んでみるか。純粋な一之瀬さんなら信じてくれるかもしれない…。グリグリと足を踏まれているので、俺の邪念を感じ取った飛鳥馬も賛成らしい。今度一緒に一之瀬さんにドッキリ仕掛けような、飛鳥馬。

 

 

 

 

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