ようこそ維盛さんのいる教室へ 作:維盛さん
神崎達と別れてからもケヤキモールの散策は続き、俺達は家具や食器などの生活必需品を見て回った。無論俺も買いたいのだが、散策中に飛鳥馬から「一週間余計な散財をしないでください」とお願いされたので、彼女の真意が判明するまでは聞き入れてみようと思っている。
一之瀬さんは偶然古本屋にあったのと同じ食器を発見し、衝動的に買っていた。ついつい買っちゃった〜なんて笑っているが、うーむ、可愛いね一之瀬さん。中学三年から劇的な成長を遂げた彼女は、気付けば異性としての魅力を大爆発させている。正直この容姿で相応の強かさを手に入れれば、一之瀬さんはとんでもない程に大化けすると思う。
てか今更だが、高育の顔面偏差値の高さ半端ないネ…。Aクラスも一之瀬さん、飛鳥馬、雪、白石さん、坂柳さん以外にも何人も容姿端麗な女子がいた。今もすれ違う他クラスや他学年の生徒は容姿が整った生徒が多い。比較をするわけではないが、相対的に男子生徒の微妙な面々の数が目立つ。もはや女子は選考基準に誰かの趣味が介在していそうなレベルだな。
未だ入学して二日だが、既に色々と刺激的な日々を過ごしている。最大のインパクトは当然白石さんだが、正直坂柳さんとクラスメイトになったのが結構嬉しい。勝負を脇に置けばただの頭のいい可愛い女の子だからな。残念ながら無自覚に想い人がいるようなので、友人以上の関係に発展することは有り得ないだろうけど。
そういえばポイントの収集方法を考えないといけないなぁ。色んな特権を相応の金額で買えるのも把握しているし、倫理観には完全には囚われない実力の育成を目指す高育ならいくらでもやりようはある。それにポイントは卒業時に学校から半額で買い取られるし、小遣い稼ぎのために収集しておいて損はない。
そんなわけで集金方法を考える間も、当然ながら散策は続いている。白石さんも生活必需品を買っているので、二人は少し荷物が嵩張り始めていた。特に買い物をする予定もないので、そのまま俺は荷物持ちを買って出て買い物を継続する。この二人の荷物持ちって役得が過ぎるよな。どんどん精神が浄化されていくのを感じる。たまに脳が発作を起こしかけているが、その度に無理矢理押さえ付けている。
だが荷物が増えるほど、一之瀬さんは申し訳なさが勝ってしまったらしい。一旦今日の散策はお開きになる流れとなった。ただ住んでいる寮は一緒なので、三人でそのまま帰り道につく。歩きながら雑談は続いたが、途中で一之瀬さんは飛鳥馬から会いたいとの連絡を受けたらしい。なので一之瀬さんの買い物は俺の部屋に一旦置いて、彼女はそのまま飛鳥馬との待ち合わせの場所に向かった。
二人きりになった白石さんと俺。残念ながら一之瀬さんがいた時ほどは会話が弾まなかった。ちょっと無念。でも会話がないわけではなく、お互いに散策の感想や学校の機能についての話をする。会話が徐々に弾み始めたところで、白石さんが前触れもなく笑みを浮かべた。
「今日、ずっと一緒にいますね?」
時刻は既に午後八時半を過ぎている。彼女とは正門で七時前には一緒になったので、単純計算で一三時間くらい一緒にいることになる。教室でも席は隣だし。同じ教室にいることを、一緒にいると形容するべきなのかは一旦無視するが。
「男性の方とこんなに一緒に行動するの、初めてなんです」
「迷惑じゃなかった?」
「いいえ、今日はとっても楽しかったです。伊吹くんは、楽しかったですか?」
「うん、白石さん達のおかげで楽しかったよ。ケヤキモールの中も見て回れたし」
「そうですか。途中からお買い物に夢中になってしまったので、伊吹くんのお邪魔をしてしまったかもしれないって思っていたんです。伊吹くんは何も買っていませんでしたし」
「俺が買い物をしなかったのは、ただの節約だから気にしないで。それに二人との買い物はほんとに楽しかったよ」
適当に飛鳥馬の提案に乗って買い物をしなかったが、事情を知らない白石さんに気を遣わせてしまったらしい。二〇時の手前に一之瀬さんと別れたが、気付けば寮に帰るまで余分に時間をかけてしまった。どうやら白石さんと話すのにだいぶゆっくりと歩いたらしい。
時刻は既に二〇時四五分で、未だに夕ご飯を食べてない俺は少し空腹を感じ始めていた。どうやら白石さんも同じことを考えていたらしく、俺のお腹が鳴った瞬間に小さく笑みをこぼしてくれた。
「よかったら、一緒にご飯食べませんか?」
思いがけない提案に、思わず前のめりになって乗ってしまう。すぐにがっつき過ぎたと反省するが、幸いなことに白石さんが気分を害した様子はない。
「どこか、行きたいお店はありますか?」
色んなお店を思い浮かべるも、ここであることに気付く。ほとんどのお店がケヤキモールの中にあるのだ。既に寮の前まで来てしまったので、ここで戻ると少し面倒である。それに祝勝会のために漬け込んだ唐揚げの存在もある。葛藤しながら白石さんに俺の手料理を提案すると、彼女はあっさりと受け入れた。悩む素振りも見せなかったので少し心配にもなるが、とりあえず今は気にしない。
「俺の部屋で食べることになるけど、大丈夫?」
「はい、問題ないですよ。それに恐怖一之瀬さんから伊吹くんは料理がお上手だと聞いたので、ちょっと楽しみなんです」
お世辞でも飛び跳ねるほど嬉しい。ありがとう一之瀬さん、まじ愛してるよ。今度いっぱいご飯作ったげるね。とりあえず近くのスーパーで追加の買い出しを行い、そのまま二人で寮に帰った。
それから白石さんの荷物を彼女の部屋に置き、そのまま俺の部屋に向かう。まさか最初に招き入れる女の子が飛鳥馬達三人ではなく、白石さんになるとは…。昨日の飛鳥=サン事変からは想像も出来なかった事態だが、とりあえず暴走しないように念入りに頭を調整する。
昨日よりも重い部屋の鍵を開け、そのまま白石さんを部屋にあげる。幸い散らかっていないが、家具の買い足しも行っていないので結構殺風景な部屋なのが悔やまれる。
そのまま直ぐ料理に取り掛かると、白石さんも手伝うと言ってくれた。なので二人で台所に並び、それぞれ分担して作業を進めていく。まずいな、共同作業って想像すると脳がパンクしそうになる。繰り返し封印しても、何度も脳内に染み渡る無人島ブートキャンプの惨事の感情。
それを制御しながら白石さんと会話し、同時に調理も進めていく。この終わってるマルチタスクを許容出来る程度には優秀な自分の体に、これまでの人生でも上位に入るほどの感謝を覚える。そのまま調理は問題なく進み、怪我をしたり焦がすなんて事故もなく無事に完成する。ちなみに盛り付けは白石さんがやってくれた。
二人で向かい合って食卓を囲むが、俺の緊張は過去一である。無人島で実弾が肉体を貫いた時よりも緊張している。ジロジロ見ていたら食べにくいのは理解しているので努めて自制するが、白石さんの口に合うか気になり過ぎて時間の経過が非常に遅い。たったの一五秒が三時間にも感じる。
「とっても美味しいです、伊吹くん」
彼女の姿を注視していたはずなのに、どうやらボンクラな俺の視神経は白石さんの食べる姿を見逃したらしい。だがお皿を見ると確かに唐揚げやは減っているので、間違いなく食べてくれたらしい。
「そんなに緊張しなくても、本当に美味しいですよ?」
おかしそうに笑みを受けべる白石さんの姿に、伸ばしかけていた箸が止まってしまう。まずいぞ、脳内で飛鳥=サンに対する感情が強烈にリフレインし始める。
それからの記憶は定かではないが、お互い無事に完食できたらしい。白石さんはせめてものお礼にと言って洗い物をしてくれている。だがその後ろ姿すらも、今の俺には新婚の妻に見えて脳内麻薬がドバドバである。
その間もずっと会話は進んでいたはずなのに、俺の頭は全く内容を思い出してくれない。そしてあっという間に時刻は二三時を越えてしまい、俺は厳罰覚悟で彼女を部屋まで送った。だが別れ際の言葉に、俺は脳を焼き切られることになる。
「また今度、一緒にご飯作りましょうね?」
とっても美味しかったです、そんな言葉を残して解散となった。大パニックの俺は八階からの飛び降りも検討したが、本能が止めたため肉体が動くことはなかった。
そのまま白石さんとの会話の詳細を思い出そうとするも、全く出てこない。ヤキモキしながら部屋に戻り、俺は悔しいほど快眠となる。今度三人も呼んでご飯食べよ。
※
飛鳥馬トキは生来の才人である。維盛も同様だが、生まれ持った高い資質をホワイトルームの地獄で磨き上げられた。皮肉にも凡人を天才にする施設は、ただ天才を強化することになったのだ。
彼女はホワイトルームにいた頃から、維盛が自分の仕えるべき主人であることを理解していた。ホワイトルームに送られた時の両親の言葉は今も覚えているし、伊吹家関係の人間からホワイトルーム内で伝えられたこともある。だから彼女は物心がついてから、常に維盛を意識する生活を送っていた。
ホワイトルームを出て三年。維盛の一三歳の誕生日の四月一九日にホワイトルームから連れ出され、気付けば同じ中学、そして今は高校に入学している。この閉ざされた環境で、飛鳥馬はポイントで買えないものはないと知らされた。
維盛が発作で倒れても、無事なことを理解していた飛鳥馬は特に心配しなかった。そもそも無人島でのブートキャンプ以降、維盛は頭のネジが以前にも増して吹き飛んでしまっている。今は自分を制御する手段を確立しているが、確立前の無人島での様子を知る護衛の面々の話を聞いた彼女は、彼がどんな惨状に陥っていたのかよく知っている。
その状態を乗り越えた維盛であれば、あんな発作で倒れたくらいではどうにもならない。そんな信頼と呼ぶべきかも定かではない確信を、飛鳥馬はあの時の教室でも抱いていた。むしろ彼女の関心は倒れた主人ではなく、ポイントで購入可能な特権やその集金方法の模索に充てられた。
その結果飛鳥馬が行ったのは、道場破りであった。プライベートポイントを賭けた上級生への果たし状。はじめは一万ポイントなどから開始し、彼女は色んな先輩から集金活動を続けた。途中で絡んできた生徒会の人物を一刀両断し、一〇〇万もの大金をふんだくったりもした。
そんな大金を投入する飛鳥馬の目的はただ一つ。維盛達と同居できる環境の購入であった。通常高育で男女の同居は認められていない。当然それは寮関係の規則を読んだ時に把握している。しかしポイントで同棲のと場所を権利を買えば、そんなことは一切関係ない。初日の時点でこの考えに至った彼女は、一週間で破格の二一〇万prを荒稼ぎした。
上級生の間で異常な一年生として既に有名人となっていたことも、彼女の荒稼ぎに大きく貢献した。そんな教え子の暴挙を知ったAクラスの担任、真嶋智也。彼は眼前の少女が購入しようとしている物を知り、呆れて乾いた笑いが出てしまった。
初日からフルスロットルで暴れていた飛鳥馬の状態は、当然ながら担任の彼も把握していた。心配して声をかけたりもしたが、一週間の間一切手を緩めず稼ぎまくる彼女を見て諦めていた。正確には「そういうものだ」と考え、彼女の邪魔をしないようにしたのだが。
飛鳥馬トキの要望に該当する場所は限られていたが、一八〇万prと引き換えに購入することに成功。下手をすると一〇人くらいが同居できそうな場所だが、四月中の新入生の買い物という点も加味して五分の一の値段となった。
意図せず学校からその手腕を評価された飛鳥馬だったが、早々に真似が出来る芸当ではないので学校側も黙認した。それに彼女は非合法な手段を用いず、公正な手段で集金したポイントである。学校側も出所がハッキリしているので、彼女の要望を恙無く受理した。
こうして入学一週間で、九〇〇万pr相当の買い物をした飛鳥馬であった。ちなみに同棲の権利は一人五〇万prである。
あと少しだけ足りず、購入した物件の中で一人寂しく落ち込む飛鳥馬であった。
※
一之瀬帆波には入学以前より気に掛けている同級生がいる。無論、同じ中学出身の三人ではない。
その少女と出会ったのは伊吹家の維盛のお披露目の場だった。場の空気に気圧されていた一之瀬は、同じような状態にあった彼女をのこと見過ごす事は出来なかった。
それから始まった関係は、一年の時を経て同級生という形に変化した。お互いに高育への進学を目指すと伝えていた両者は、同じクラスになれればいいねと無邪気に話していた。残念ながら少女はDクラスに配属されたが、それでも二人の関係が途切れる事はない。
入学して三日目の四月一三日。一之瀬は件の少女と遊ぶ約束をしていた。初日に連絡先を交換し、それから初めて会う。しかし相手は目立つことを好まないので、会う場所は一之瀬の部屋となった。
放課後の自室で携帯をいじっていると、間もなくインターホンが鳴った。来訪者はDクラスの少女、佐倉愛里であった。別名「雫」ともいう。初対面の際は雫と名乗っていた彼女も、今では本名を教えて交友関係を深めている。
「お邪魔します」
「いらっしゃい、愛里ちゃん!」
元気よく友人を出迎える一之瀬。佐倉はそのまま促されて部屋の中に入る。流石に三日目なので初期の内装から大きくは変化していないが、それでも一之瀬の私物が各所に置かれている。そのまま部屋の中で、お互いの近況報告やガールズトークを楽しむ二人。
「でも三人とも合格できるなんて、すごいね」
その会話の流れで、気付けば話題は維盛や飛鳥馬に移っていた。パーティー会場で会っているので二人とも知り合いの佐倉だが、連絡先を交換していた飛鳥馬と違い、維盛についてはよく知らなかった。彼が直ぐに席を立ってしまったため、大した交流が出来なかったのも大きい。
それでも一之瀬や飛鳥馬と連絡を取る中で、何回かは維盛の話題も出ている。そのため多少人となりは人伝で知ってはいるが、その情報が合っているかの確認は取れていなかった。
それでも普段の話、特に一之瀬の語った維盛は好ましい人物であるといえた。だからこそ友人の一之瀬が彼と飛鳥馬と同じクラスになれたことを純粋に祝っていた。残念ながら佐倉のクラスは初日から少々荒れているため、クラスで上手くやっていける自信はなかった。それでも他クラスには友人がいる、その安心感は彼女の心の安寧を保つのに大いに役立っている。
一之瀬はそんな友人から細かくDクラスの様子について質問していった。語られたのは授業態度や生徒の素行、三日間で起こった変化など普通の学校であればなんでもない情報。しかし一之瀬は維盛から他クラスの様子が知りたいとだけ伝えられ、知らぬ間に情報収集に協力させられることに。五月以降は普通に依頼されて情報収集を行うが、それはまた別の話である。
そんなわけで彼女の近況報告も兼ねて根掘り葉掘り質問される佐倉だったが、彼女としても一之瀬の近況が気になっていた。維盛や飛鳥馬と同じクラスにもなれたし、何か甘酸っぱい話でもあるのでは?
中学時代はアイドル活動でほとんど学校に行けず、きらびやかな青春とは無縁の佐倉にとって、一之瀬の送る生活はまさに自身の理想ともいえた。
そんな理想を更新したい彼女もまた、一之瀬について質問責めを行う。結果情報収集は立ち消え、話題は普通のガールズトークに戻っていく。
なんとも微笑ましい、高育生活序盤の一之瀬の私生活であった。
※
伊吹雪は足早にAクラスの教室を後にし、誰にも気付かれないようDクラスの様子を盗み見る。目的はとある青年の様子を確認すること。だか残念ながら彼女の目的の男子生徒の姿はなかった。
まだ授業が終わって五分も経っていないのに、そんな不満が雪の心を占める。だが同時に安堵している自分がいることも、彼女にとってはそれ以上に腹立たしかった。
立ち直り、すっかり元気になった雪。実態はまだ狭間を綱渡りをしている状態で、いつでもまた転落する危険性は孕んだままだった。だがそれを周囲に悟らせないのは、一重に彼女の努力と身に付けた技術の賜物である。伊達にホワイトルームで数年生き抜いておらず、伊吹家での再教育課程も完全に吸収している。
彼女の同期で義兄の維盛が騙されるほどのものなのだから、如何に彼女が優れた役者なのか分かるだろう。今も彼女は半歩前に進んだだけで、何かの間違いで容易に押し戻されるほどにしか前に進めていない。
しかし半歩も前に進めている、との捉え方も可能だ。最初に立ち直ってから一歩も進んでいないとはいえ、過去に進んだ実績はある。それに半歩進んでこの成長である。本人も前に進もうと足掻いている点を加味すれば、彼女が完全に立ち直るのは件の青年、綾小路清隆の反応次第だろう。
彼の動き次第で雪は幾千の顔を持つ役者にも、そしてただの憐れな小娘にだってなれる。ある意味で主人にとって無敵の駒にもなり得る存在だが、彼女が支えたいと望む人物は既に彼女を捨てている。もはや仕えるべき主人もなく、それでも彼に必要とされたいと足掻き続けている雪は、今日も恐怖を胸に綾小路の様子を伺い続ける。
いつか彼に認められるため、思い出してもらうため。そのためなら何だって利用するし、使える物は徹底的に搾り尽くす覚悟である。だがその覚悟と努力が身を結ぶ気配は今のところ見えない。
伊吹雪の受難は、まだ始まったばかりである。
一話毎の文字数ってどのくらいが読みやすいですか
-
1000〜2500
-
2500〜4000
-
4000〜5500
-
5500〜7000
-
7000〜8500
-
8500〜10000
-
10000〜