ようこそ維盛さんのいる教室へ 作:維盛さん
合法的にホワイトルームを出た、伊吹維盛でございます。今私はホワイトルームでの教育の九八倍ほど深い歴史の沼にハマっております。知的好奇心が加速度的に満たされては、新たにわいてくる快感を連日味わって頭がおかしくなり始めている。我が伊吹家の家祖とも言える人物がかなり筆まめで、なんと七八巻からなる平安時代の日記をつけてらっしゃった。そこには平氏政権の最盛期から壇ノ浦での滅亡、それを当事者が事細かに記録している書物が我が家にある。
発禁の書籍を読み飽きた俺は、次第に「書籍の元になった史料を読めばいいのでは」と考えはじめ、手始めに読んだこの日記に絶賛脳を焼かれている。丸三日書庫に閉じこもって日記の写しを読み込む程度にはのめり込み、隣で自堕落に漫画を読んでいた飛鳥馬と共に時間を溶かし続けた。
飛鳥馬とは彼女の生家についての資料を一緒に読んだあと、我慢の限界が来たのか漫画の続きを読みはじめた。もしかしたら俺にネタバレされる前に読み切る意図もあったのかもしれない。今は同じ漫画を四周しているので、ネタバレなんてもうないのだが。
そんなこんなで古本屋と書庫はすっかり俺と飛鳥馬の家と化した。そして一之瀬さんもほぼ毎日、ここに通っては勉強をして帰っていくようになった。なんでも俺が最後に受けたテストで満点をとったらしく、元々は俺に勉強方法のアドバイスを貰いに会いに来たらしかった。通いはじめて二週間で初めて聞いたので、結構待たせてしまったようだった。今は日記を読む休憩時間を夕方に調整し、そこで一之瀬さんに勉強のアドバイスや話し相手になっている。ちなみに飛鳥馬はあれ以降一之瀬さんの前に姿を現していないので、いつでもドッキリをかけ放題である。
それと知らなかったが、一之瀬さんの祖母は祖父の同級生だったらしい。この前偶然祖父と一之瀬さんの来るタイミングが被り、彼女の祖母に瓜二つだった事で判明した。正確には一之瀬さんは聞いていたらしいが、言い出すタイミングを逃したらしい。それを知った祖父は後日一之瀬さん家に挨拶に行くと言っていた。普段ここを管理しているのは飛鳥馬家の人なので、尚更気付かなかったらしい。思わぬところで縁があったものだが、祖父は少し思うところがあるようだった。
※
土曜日の朝、徹夜で日記を読んでいた俺の耳にノックの音が届いた。時計を見れば午前八時。普段この古本屋が開くのは早くても午前九時半で、基本一〇時が一番多い。そんな始業時間よりも二時間も早い来客。眠い目を擦りながら出迎えると、そこには一之瀬さんが立っていた。
「あれ、何か忘れ物?」
「おはよう、伊吹くん。お爺さんから何も聞いてない?」
「あ、おはよう」
予想外の来客に挨拶も忘れた俺だったが、そんな一之瀬さんから出た祖父の話は何も把握していない。もしや忘れ物の具体的な内容が書いてあったか?そう思い携帯端末を確認すると、そこには祖父から一通の連絡が。
「えー、何々『週末は帆波ちゃんがお手伝いで店番をしてくれるから、色々教えてあげてくれ』…?」
えぇ?ほぼお店なんて開かずに読書してるんですケド。でもマニュアルみたいなものがあった気もするし、とりあえずそれに目を通してから教えてみればいいか。
「なるほど。じゃあよろしくね、一之瀬さん」
「うん!急にごめんね、伊吹くん」
「いいよ全然。どうせ最近は読書ばっかりしてたし」
そのまま中に一之瀬さんを案内し、普段は彼女が入ることのない受付カウンターの裏に通す。カウンターの裏には書庫が広がっていて、二階建ての書籍や資料を保管する場所になってる。こことは別に伊吹家の書庫や保管庫が存在するが、そこの写しなどがここには保管されている。あと近所から古本の持ち込みもあるので、何かと漫画もシリーズごとに揃っていたりする。近所の古本屋がここだけなので、結構集まってくるらしい。
一之瀬さんは本の量に目を白黒させながら進み、そのまま奥の生活スペースに案内した。そこには片付けるのが面倒で放置されたままの炬燵があった。もちろん電源は入ってない。そして炬燵からひょっこりと見覚えのある金髪が漏れている。一之瀬さんは少しびっくりしたように体が膠着したが、なんとか平静を装っている。飛鳥馬と一之瀬さんが対面したのは三回だけ。今日で四回目である。
悪戯をしてみるか。そう思った俺は、咄嗟に飛鳥馬にのみ伝わる合図を出してみた。その瞬間、炬燵の側に立っていた一之瀬さんが悲鳴を上げた。視線を下に移すと、飛鳥馬が一之瀬さんの足首を掴んでいる。
「ちょ、ちょ、ちょっと何するのっ!?」
驚いて腰が抜けたのか、尻餅をついて後ずさろうとする一之瀬さん。飛鳥馬は器用にも足首を掴んだまま、炬燵から這い出て来た。目はぱっちりとしているが、多分寝起きだろうな。そんな彼女は呆気に取られる一之瀬さんに向けてダブルピースを披露し、
「いえーい、大成功です。」
と、真顔で嘯いた。
「流石だ飛鳥馬。今度俺のお小遣いの範囲で漫画を買ってやろう」
「言質は取りましたよ、維盛さま。録音もしてあるので、逃げられませんよ」
「…お小遣いの範囲内でな」
「ええ、もちろんです」
珍しくニッコリと笑顔を浮かべたので、漫画を買ってもらえるのがよっぽど嬉しいらしい。当の被害者である一之瀬さんは呆気にとられ、口をパクパクさせたまま言葉を発せていない。
「知ってるだろうけど、改めて紹介するね。この真顔の愉快なのが飛鳥馬トキ」
「よろしくお願いしますね、一之瀬さん」
挨拶を受けて落ち着いたのか、一之瀬さんは飛鳥馬の補助を受けて立ち上がった。心なしか俺を睨んでいる気もする。まぁ、合図はバレていないので冤罪である。
「うん、こちらこそお世話になります。一之瀬帆波です」
そして一之瀬さんの言葉を受けて、今度は飛鳥馬が俺を見た。多分、お世話になりますの意味を計りかねたんだろうな。寝起きの彼女も夜中まで漫画を読んでいたのだ、一之瀬さんが古本屋のお手伝いをするなんてしらないだろう。
「一之瀬さんは、これから週末に古本屋のお手伝いをしてくれることになった」
「…なるほど。それで朝から訪ねて来たんですね」
納得すると同時に、飛鳥馬から「私達お店一回も開けてませんよね」のアイコンタクトを受け取る。俺も自信満々に返事をすると、彼女から辟易としているような視線が返ってきた。
「では一之瀬さんには店番をお願いしましょうか…。基本私達も受付周りにいますし」
そのまま一之瀬さんを先導する飛鳥馬は、来た道を戻りながら注意点などを軽く伝えている。一之瀬さんは慌てて鞄の中からメモ帳を取り出すと、飛鳥馬の言うことを正確に記録を始めた。真面目だなぁ、なんて関心しているとあっという間に受付に到着。
「一之瀬さんは普段、維盛さまに学問の指導を受けていますよね」
「うん、放課後にお世話になってるよ」
「店番はお客さんがいらっしゃらない限り暇なので、その間も維盛さまに指導を受けても問題ないと思いますよ」
「えっ、本当に?でも私はお手伝いに来てるし、暇な時間はお掃除とかするよ?」
「ありがとうございます。ですが、お店の掃除は私が一瞬で終わらせてしまうので大丈夫です。」
決断しかねている一之瀬さんは、俺の方に視線を向けて助け舟を求めてくる。でも、飛鳥馬が爆速で埃を殲滅するのは本当だしな。いっそのこと飛鳥馬に弟子入りさせて掃除をマスターしてもらう、ってのも手のひとつな気がするn…
「ッ!」
その考えを見透かしたのか、飛鳥馬が一之瀬さんの視界の死角から俺に向けてペンを飛び道具のように放ってくる。いや、掃除の指導どんだけ嫌なんだこいつ!?
「あれ、伊吹くん?」
急に視界から俺が消えた事で混乱した一之瀬さんの声が聞こえる。
「うん、掃除は一旦飛鳥馬に任せてくれていいよ。中には貴重品とかもあるし、当分は慣れてる彼女にやってもらおうよ。僕も教えるのは問題ないし」
俺の断言を聞いた飛鳥馬は、一之瀬さんの背後で戦勝記念のピースを披露している。さっきのダブルピースではなく、右手のみで俺を煽るかのような表情だ。ほぼ無表情だけど。ホワイトルームにいると皆表情筋が壊死するのか?椿雪とか結構早い段階からニコニコだった気もするが…。
「確かに。お手伝いで大事な物を壊したら本末転倒だもんね…。じゃあ、伊吹くん。これからもお願いします」
「任されよ。俺が一之瀬さんを学年主席に育ててやるさ!」
「あはははは…。うん、よろしくお願いします?」
最後の困ったような笑顔はちょっと解せない。こうして飛鳥馬、一之瀬さん、俺の奇妙な週末組が完成した。一三歳の五月中旬の出来事である。
※
伊吹範盛には五人の子供がいた。三男二女の子宝に恵まれたが、残念ながら次男行盛と三男継盛は同じ事故で他界。娘も次女と絶縁し、長女は京都の名家に嫁いだ。
そして長男隆盛は七ヶ月前、メディアでスケープゴートに使われ、それに伴う誹謗中傷と殺害予告、更には嫌がらせや傷害などで精神を病み自害した。元は政界にいたが、派閥争いや不安定な情勢に恵まれず、国民の目を逸らすための話題として嵌められた。
そんな長男の妻は現在闘病中なのだが、彼女は隆盛が亡くなってから息子の維盛との再会を強く望むようになっていた。隆盛の存命中から再会について口にすることはあったが、隆盛亡きあとは顕著に維盛の存在にすがるようになってしまった。
孫の維盛は隆盛の尊敬していた綾小路篤臣の実験に参加させられていたが、範盛自身の影響力をもってすれば連れ戻すことは可能であった。だからこそ彼は義娘のために全力で維盛を連れ戻すための工作を行い、僅か五ヶ月で孫をホワイトルームから連れ戻すことに成功した。
すぐにでも会わせたい範盛だったが、隔離された非人道的研究機関の中で、人生の全てを過ごした維盛。彼は果たして病床の母を受け入れ、彼女の壊れかけの心を癒すことはあるのだろうか?そもそも、あのような環境で育って人の心や感情は育まれたのだろうか。その点を危惧した範盛は、逸る気持ちを抑えて現代社会に維盛を慣らそうと考えた。
しかし維盛はあっという間に不登校になり、気付けば伊吹家の貯蔵する資料を読み漁る引きこもりになっていた。定期的に関わる相手も同じホワイトルームに預けられた、代々伊吹家の家宰を務める飛鳥馬家の娘の飛鳥馬トキのみ。とてもではないが、社会復帰をしたとは言い難い。
そんな彼にとって、元同級生の一之瀬家の存在は渡りに船であった。特に維盛と同い年の娘、一之瀬帆波の存在は天啓だとさえいえた。
範盛は帆波の母と話し合いを行い、彼女の祖母の医療費を肩代わりを提案。そして一之瀬家への経済援助も提案したが、帆波の母は当初これを拒絶した。母の同級生だと知っていても、流石に母の治療費全額と一家への支援は詐欺すら疑わざるを得なかった。
しかし諦めず数日にわたって交渉し、最終的に治療費の半額を負担、そして一之瀬帆波が古本屋の手伝いを週末にする事が決定。一之瀬家への直接の支援は断ったが、祖母の治療費が家計の大きな負担となっていた一之瀬母は最終的に折れた。以降一之瀬帆波には伊吹家系列の農園で育てられた野菜やお米などが贈られるようになるが、それはまた別のお話であった。
維盛と人間社会の人間を毎日関わらせたかった範盛の工作は、結果的に一之瀬帆波の運命を大きく変えることになる。
一話毎の文字数ってどのくらいが読みやすいですか
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1000〜2500
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2500〜4000
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4000〜5500
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5500〜7000
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7000〜8500
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8500〜10000
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10000〜