ようこそ維盛さんのいる教室へ   作:維盛さん

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三話

 

 

気付けば六月になり、俺と飛鳥馬がホワイトルームを出て二ヶ月が経過した。本の虫になった俺はほぼ二十四時間古本屋に籠もって本を読んでいる。無論、飛鳥馬も漫画にドップリである。娯楽とは無縁の生活を送った俺達にとって、自由に読む本を選べるという環境は天国であった。この頃、真顔がデフォルトの飛鳥馬がずっとふにゃけているのだから、娯楽の破壊力を推しは買っていただけると思う。

 

そして俺達の隣で熱心にペンを走らせているのは、今やすっかり古本屋の看板娘になった一之瀬さんだ。平日も学校の後に寄っていくので、今では毎日顔を合わせる関係になってしまった。現在は二九日連続で会っている。明日で丸一ヶ月、彼女がここに通い詰めたことになる。今や週末に一之瀬さん目的で来店する中学生がいるくらいだ。

飛鳥馬はそういった中学生の存在を煩わしく思っているようだが、彼女の容姿が更にリピーターを呼んでいる事には思い至ってはいないようだ。来客の九割が男子中学生。一割は一之瀬さんのお友達の女の子達だ。

 

ちなみに俺は面倒なので、最近は気配を消して読書に勤しんで接客は二人に任せっきりである。以前飛鳥馬が無理やりやらせようとしたが、全力で隠れて逃げ延びた。そんな格闘を数日続ければ、流石の彼女も諦めたようだ。しかし、その時期から、なぜか俺の小遣いが徐々に減少するという怪奇現象が発生している。

 

飛鳥馬の窃盗の可能性もあるが、未だ犯人はその尻尾を掴ませてくれない。仮に飛鳥馬が俺の財布への監視を掻い潜ってお金を抜いていた場合、それはそれで一周回ってお見事なので許そうかな、とさえ思い始めている。まぁ、現場を押さえた場合は容赦無くお仕置きをするとしよう。

 

活気付き始めた古本屋であったが、売り上げが伸びているかと言われたら否である。日に二、三冊売れれば丸儲け。そんなくらいの、普通の店なら畳む事が確定事項になりそうな売り上げだ。うちは資料の写本をオークションで売ったりして稼ぐため、正直お店の売り上げは元からあてにしていない。しかしオークションの存在を知らない一之瀬さんは、自分が来ても一切増えない売り上げを気にしているらしい。

 

普通にオークションの話を伝えれば済むのだが、なんだか彼女に対しては悪戯を働きたくなる。これが子供心なのか?違う?では再定義を具申する。わたしのこの感情が純真なものであることに異議は認めない。

 

「維盛様、先代様が夕方に訪問予定です」

 

いつの間にか接客を一之瀬さんに任せたのか、気付けば飛鳥馬が俺の隣で予定表に目を通していた。彼女は俺の存続使用人だが、実態は秘書に近い。俺のスケジュール管理をしてくれるし、飛鳥馬本家との連携や伊吹一族関連の調整の仲介を担っている。またホワイトルーム仕込みの戦闘能力もあるので、護衛としても機能する優れ物である。

 

「用件は聞いてるか?」

 

「はい。ですが維盛様に直接、先代様がお伝えすると私は口止めを受けています。」

 

「わかった、ありがとう飛鳥馬」

 

それだけを伝え、飛鳥馬は炬燵のある部屋に向かって裏に下がった。よっぽど中学生集団に対する接客で疲れたらしい。まぁ、露骨に下心の丸見えな丸坊主の連中に囲まれればそうなるか。流石にあんな連中を八人も相手するのは酷だったかもしれん。対策を考えないといけないが、軽々しく出禁を言い渡すわけにもいかないしな。飛鳥馬の希望も含め、今度お話し合いを開催するとしよう。

 

その後も俺は中学生に対する接客には絡まず、気配を消して読書を続けた。普段からこの時間に来るこいつらは一冊も本を買わないので、別に一之瀬さんに任せて放置しても特に問題ないだろう。自制を知らない動物じゃあるまいし、調子に乗って何かを損壊することもないでしょ。

 

じゃあ、頑張ってね一之瀬サン。

 

 

 

 

 

 

野球部が店の片隅で、聞くに堪えない飛鳥間での妄想を語りでしたので裏に退散した。あいつらは真剣に頭が大丈夫なのか心配だが、会話の内容が吐き気をも要すものだったのでさっさと忘れる。そして到着した炬燵では、飛鳥馬が悠々自適に漫画を読んでいた。

 

「飛鳥馬ー、本当に接客ありがとうな〜」

 

「…?はい、どういたしまして?」

 

「ウンウン。維盛さん、働き者の飛鳥馬に臨時ボーナスあげちゃう」

 

先ほどの会話の主達の視線に耐えていた飛鳥馬が、今の俺にはかつての英傑にも見えた。こいつなら六波羅の探題とか滅ぼせそう。そう思い飛鳥馬の死角で財布を開いた俺は、そこで異変に気付いた。いないぞ、飛鳥馬に上げようとした野口がいないっ!

 

しかし財布はずっと俺のポケットにあったはず…。今日は買い物にも出かけていないので、いなくなっているはずがない。まさか、飛鳥馬は財布が俺のポケットに入った状態で野口を連れ出したのか?いや、いつどこでその技術を身につけた?俺のカリキュラムにそんな実用的な曲芸なかったぞ。

 

腹立ち半分、関心半分で俺は炬燵に入った。

 

「お〜い飛鳥馬ー」

 

「はい、なんですか維盛様」

 

モゾモゾと俺から遠ざかろうとする飛鳥馬をホールドし、逃げられないように押さえ込むことに成功。しかし、地味に膝の陽陵線に指をねじ込まれて痛い。俺に即効性の痛みを与えつつ、長期的に見れば腰痛を和らげてくれる出来た部下である。実に可愛いので、もう少し強めにホールドする。

 

「…なんですか、嫉妬ですか?」

 

「違うわ。お前は俺をなんだと思ってんだ?」

 

「サボりのニートですね」

 

「ならお前は泥棒じゃねぇか」

 

「まさか、心を私に…?」

 

「もっと絞めるぞ」

 

じゃれあいでちょっと強く、ほんとにちょっとだけ絞めた瞬間だった。受付カウンターの方から、嫌な悲鳴が聞こえた。その直後に鳴り響く、焦ったような駆け足。

 

「ごめーん、伊吹くんー!!」

 

一之瀬さんが炬燵の部屋に駆け込んできたのである。大慌てでホールドを解いたが、一之瀬さんがきたタイミングでは俺が抱きついているような中途半端な姿勢となった。先程までの勢いはどこへやら、顔を真っ赤にした一之瀬さんは「失礼しましたー!」と叫んで折り返してしまった。嘆息する飛鳥馬。

 

「なんか、すまんな」

 

「奪った分、迷惑料として正式にもらいますね。」

 

「追加で樋口さんあげるよ、うん。」

 

俺達はお互いの行動には微塵も動揺しなかったが、なぜかひどく虚しくなった。普通ならお互いに恥ずかしくなって、なんか、こう、恋愛イベントみたいな感じで反応するものじゃないのか…。

 

 

 

 

 

 

少年が棚の硝子を割るなどのアクシデントもあったが、最終的に早めの店仕舞いを行なった。夕方には祖父が来る予定だったし、店の片付けも含めて三時前後に閉店した。幸い怪我人もなく、割れた硝子がショーケースの中に散らばってしまっただけだった。少年達は後日持ち寄って弁償するらしいので、とりあえず注意だけして帰ってもらった。後日親御さんを伴ってくるかもしれないが、正直対応が面倒だと言わざるを得ない。

 

そして閉店の原因となった硝子の処分は結構面倒だった。細かいものが下にも散らばったので、乱雑に積み上げられた書籍の山の間に潜り込んだものも少なくない。その全てを出来る限り取り除くため、三人で本の大移動を行いながら掃除を行った。最終的に掃除は四時前後まで続き、終わって十数分で祖父が到着した。

 

久しぶりに一之瀬さんに会った祖父は、まるで孫娘に会ったようにご機嫌だった。飛鳥馬に対しても同様の態度なのだが、俺に対しては少し緊張の色が見える。なぜ実の孫には緊張して、血縁関係にはない娘達にはデレデレしているのだろうか…。別に俺にデレる必要性は皆無だが、ちょっと不可解だ。もしかすると、この後の用事も関係しているのかもしれない。

 

一〇分程世間話に興じた祖父と一之瀬さんだったが、気を利かせた彼女は間も無く帰宅を申し出た。家族水入らずの場を邪魔するのは気が引けたのか、割れた硝子について終始お詫びしながらの帰宅となった。そこまで引き摺らなくてもいいと思うんだがな。あの場で監督しなかった俺の責任も大きいし。

 

 

一之瀬さんが帰ってからの空気の硬直具合は露骨なものだった。うん、一之瀬さんがいたほうが水入らずかも。今からでも帰ってきて空気清浄機になってくれないかな、なんて現実逃避を他所に、意を決した祖父は一人話始めた。もちろん飛鳥馬も同席中だ。

 

祖父の話は、要約すると俺の両親の話だった。なぜ俺がホワイトルームから連れ出されたのか。同時に、なぜホワイトルームに入ったのかも説明された。そこで初めて、俺は自分の母親が存命だと知った。出てきて二ヶ月間、全く接触がないのでてっきり二人とも他界しているものとばかり思っていた。悲しむだろうから、祖父には言わないけど。

 

また同時に飛鳥馬がホワイトルームに入れられたのも、戻って来た時の理解者として参加させられたらしい。え、そんな理由で飛鳥馬あの中にいたの?脱落して産廃になっていたらどうしたんだろうか。幸いなことに飛鳥馬はピンピンしてるけど。

 

祖父から直接の謝罪はなかったけど、今後も俺達を孫として後見すると言われた。あ、俺は普通に伊吹家の家督継承者ね。我が家は数少ない平家直系の名門なので、九〇〇年近い歴史を誇る名家ではある。上を見たらキリがないが。

 

そんなわけで今もゴリゴリの政財界に跋扈する魑魅魍魎の一角である。冷静に考えて本家の唯一の後継者候補を実験場に送り込んでるのとんでもないな。父親の自害が想定外でも、スペアの男児くらい何人か作れよと突っ込まざるを得ない。俺の雰囲気で察したのか、祖父がそれとなく、母の体が弱いことを説明してくれた。つまり父親は頼通*1したらしい。

 

母以外の女性には手を付けず(普通なら当たり前)に、一人息子を尊敬する政治家の人体実験場に送り込む…。別に頼通するのはいいけど、俺をそのままホワイトルームに預けておく意味はあったのか…?綾小路父の下僕な当主なんて、伊吹家にとっては害でしかないはずだが、そこまで心酔して全てを捧げたのかもしれない。でも本家断絶の原因が政治家の信者に成り果てた当主って笑えない。まだ俺がいるから断絶してないけど。

 

 

そして今日の本題はここからで、俺に生母の看病をして欲しいらしい。父親が亡くなって以降、俺に会いたいと頻繁に口にするらしい。なら白い部屋に送ることに最初から反対しててくれよと突っ込みたいが、言っても詮ないことなので黙っておく。今になって会いたくなっただけの可能性もあるし。

 

そんなわけで、母と一二年ぶりの再会を果たすことが決定した。全くもって想定していない事態のため、流石の俺でもちょっと緊張している。そもそも母は俺が会ったとして、俺が本当に息子かどうか判断できるのだろうか?もしくは母親パワーで全部看破できるかもしれない。

 

展開が一切予想できない俺は、少しだけ楽しみを抱きながら病院へ向かった。一二年で母はどこくらい変わったんだろうか。生まれたばかりの頃の、懐かしい記憶を振り返りながらその時を待つ。

 

 

 

 

 

*1
藤原頼通。藤原道長の後継者であるが、純愛を貫いた結果道長も展開した外戚政策の継続に失敗。期待の嫡男も急病で亡くし、道長の子供同士の内紛による権力闘争で院政の時代を到来させる隙を生み出した。結果藤原氏の外戚としない後三条天皇が即位するという摂関家視点で頓珍漢な事態になり、以降も兄弟同士の内紛を続ける。本人はものすごく優秀なのに、ちょっと戦犯みたいな空気を感じるのが面白い

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