ようこそ維盛さんのいる教室へ   作:維盛さん

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四話

 

 

 

母、母さんとの再会は思っていたよりも上手くいった。母は祖父経由でホワイトルームでの俺の写真をもらっていたらしい。ほぼ試験や訓練中の様子だが、父から詳細を聞かされていなかった母は強く心配しなかったようだ。祖父からもその点を言い含められていたので、上手く濁しながら話をした。一年に一度、一枚だけの写真を毎年母は祖父経由で受け取っていたらしい。それで満足していたらしい。欲求のコストパフォーマンスが良すぎるだろ母。

 

ただ父を亡くしてから母は相当弱ったらしく、今も病状が安定しない日々を過ごしている。祖父は安定することを期待し、以前より希望していた俺との再会を実行したらしい。つまり母が願わなければ、今も俺と飛鳥馬はホワイトルームで実験三昧の生活を送っているはずだった。この点は素直に感謝している。施設の詳細を伏せて上手く説明するのには苦労したが、それでも出す理由をくれた事に対する熱烈な感謝をぶつけられたと思う。やりすぎても心配されるので程々にしたが。

 

祖父も俺と母がここまで自然に関わると思っていなかったのか、病室の隅で感慨深そうにしていた。これで病状が安定すれば完璧だが、どう転ぶかは母の頑張り次第である。

 

また飛鳥馬も写真を取り寄せていたらしく、娘のように扱われていた。既に実の両親が他界している彼女にとっては、もしかしたら母親代わりになるかもしれない。その場合、どちらが兄と妹か熾烈な争いが起きそうだ。

 

無事に終わった面会の帰り、祖父はホワイトルームの同期で覚えている子はいないかと聞かれた。残念ながらほとんどは名前が判明する前に脱落したが、はっきりと名前を覚えている子供が何人かいる。その中でも印象が特に強いのが志郎と雪。どちらも互いの得意分野において天性の才能を持っていたと思う。そして志郎は意図的に、雪は不運が重なっての脱落となった。

 

この流れで行けば、祖父は同期と俺を再会させたいのかもしれない。真意は不明だが、そう考えるのが自然な気がする。現に飛鳥馬にも同じ質問をしているし。

 

 

でもちょっと興味は湧いてくる。俺は脱落後の人間がどうなるのか知らない。産廃になったら殺処分になる場合とかあるんだろうか?それとも普通に親元に返されたり、孤児院に入ったりするのだろうか。考えたこともなかったが、結構興味が沸いて来たかもしれない。自分の中で徐々に強まっていく好奇心をひしひしと感じる。

 

 

あんな施設を出た後、どんな生活を送っているんだろうか。廃人になっているやつとか、あの実験を活かして新たな自分の糧にしているのか…。後者は直感的に少ない気がしている。

 

 

 

 

 

 

気付けば七月も中旬に差し掛かった頃、俺は誘拐に遭った。普通に古本屋で店番をしていたら、やたらに鍛えられたお客さんが来店して拉致された。真相は伊吹家に対する身代金目的の誘拐だったのだが、ホワイトルームやその周囲の政財界の人間の使いっ走りを期待していた俺は、その思惑を大きく外される事になる。

 

萎えてしまったので、そのまま誘拐犯の隠れ家を脱出した。事件当時一之瀬さんと飛鳥馬は買い物に行っていて不在のため、俺の不在を察知した人はいなかった。なので、そのまま祖父と警察に連絡し、誘拐犯にお縄についていただいた。

 

この一件はニュースにもなったので、近所で俺は誘拐犯から逃亡した少年として認知された。たまに来ていた爺さん方が飛んできたので、地味に自分が地域社会に溶け込んでいた事を自覚できた。それ以降お店には近所の爺婆がよく入り浸るようになったのは余談である。

 

しかし祖父はこれに危機感を強い抱いたのか、俺に護衛のチームをつける事を本格的に検討しはじめた。非常に困った事態である。こんな事になるなら、誘拐の時普通に抵抗しといたら良かったと後悔した。拳骨されそうなので祖父には言わないが、俺の思考を理解した飛鳥馬は地味に抓って来た。しっかり爪を立てて。

 

一之瀬さんは買い物から帰った時、無人の店で駆け付けた祖父から誘拐を聞いたらしい。なのでその後再会した際にはちょっと泣かれた。いいね、どっかの従者は「どうせお前は無事やん」と無反応で、むしろ俺との再会では全てを理解した上で「誘拐されるなんてたるんでるんじゃないですか?」と馬鹿にして来た。

 

そこと比べたらこの少女は純粋でなんと心優しいことか…。維盛さん嬉しいです。そのままどっかの飛鳥馬みたいにならず、優しい少女として成長を続けて欲しい。

 

 

 

 

 

 

伊吹範盛は引退したが、その伝手が消えたわけではない。彼は孫の誘拐に当たって、伊吹家の嫡流の断絶を危険視していた。残念ながら範盛は末子以降子宝に恵まれなかったため、今の伊吹家嫡流を太くする希望は孫の維盛にかかっている。長年の政敵の工作で男性機能を失おうものなら、伊吹家の嫡流は九〇〇年の歴史に幕を閉じる事になる。それだけは断固として阻止しなければいけない。範盛は一族の命運に関して妥協をするつもりは一切ない。そのため護衛の人選には、自身の集められる範囲で最高の人材をかき集めた。

 

しかしここで想定外であったのは、維盛自身が護衛よりも強い、もしくは同格であったことだ。護衛として選抜された人間の中には元特選群や元第一空挺団の人間など、元自衛隊員の中でも埒外の精鋭を揃えた。中には伊吹家系列の企業で抱え込んでいるため、そこから引き抜いて集めた例もある。

 

しかし護衛の実力を知りたいと言った維盛の言葉は、範盛が把握しきっていなかったホワイトルームの異常な環境を想起させた。ここで彼は方向性を変え、維盛も護衛と同じ訓練に参加させる事を決めた。せめて一緒に切磋琢磨し、飛鳥馬トキの言っていた「誘拐されてみた」などというふざけた感想が湧かなくなるように。

 

こうして維盛は強制的に伊吹家の保有する無人島でのブートキャンプを強いられた。期間は六ヶ月である。「え?」という飛鳥馬の呟きからも分かる通り、彼に悪戯をしようと告げ口をした彼女の意図を大きく超えた決断が下された。しかも四六時中監視下にある無人島なら、日本の歩道よりも安全だろうという暴論付きで。

 

こうして中学生ニートの伊吹維盛は、公的には言語留学として海外に飛び立った事になった。その間飛鳥馬は一之瀬帆波と同じ中学に入学し、普通の中学生活を謳歌する事になる。

 

 

余談ではあるが、以前の中学生軍団が飛鳥馬トキに絡み続けるのは必然であった。そのため、地獄のブートキャンプに主人を送った従者は、地獄の学校生活を送ることを強いられる。帰国後これを知った主人に煽り倒され、元ホワイトルーム生同士のガチンコマッチが開催されたらしい。

 

 

 

 

 

 

無人島の奥からこんばんは。維盛さんです。母との再会後ノリで誘拐に付き合ったら、ブチギレた祖父に無人島に監禁されました。解せぬ。ちなみにお供には、常識人みたいな顔をした気狂い集団をあてがわれた。

 

伊吹家の次期当主としての自覚のなさを叱責されたはずが、いつの間にか自給自足の無人島ブートキャンプに拉致された。これは当主の育成ではなく、私兵の特殊部隊の訓練メニューでは?

であれば、せめて飛鳥馬も連座にすればいいのに。なんならあいつが一番この場に相応しいだろ。ほぼ俺の私兵予定ですやん。

 

さて、今この島に来て既に一ヶ月以上が経過している。当初は一週間くらいで帰れるだろう、なんて甘く見ていた。気付けば季節は九月である。俺の日付感覚が正確であれば、との注釈はつくが。ここで俺は教官から地獄のしごきを受けている。肉体的には問題ない。しかし一度自堕落な生活を覚えた頭は、さっさと切り上げて古本屋に帰りたいと悲鳴を上げていた。何が悲しくて、筋肉達磨と組み手の百人一首をしなきゃいけないんだ。

 

一歩間違えれば、顔が原型を留めないほどの打撃を繰り出す輩とか、日本のどんな環境で育てば生まれるんだ?しかも趣味がオムライスにケチャップでお絵描きって、狂人でしかないだろあいつ。多分ケチャップじゃなくて血で絵を描いてるよあれ。

 

全員祖父が集めた人員なのは把握しているが、何をどうすればこんな「愉快な仲間たち」を集めることになるのか、小一時間だけでも脳味噌を解剖して解明させて欲しい。

 

教官に捕まれば普通に拷問されるし、次期当主の生殖能力を気にしていた、とは?このままだと枯れちゃうぜ爺さん。拷問ついでの精力増強のツボを押すのも小賢しい。なんですか?無人島で盛れってことですか?男しかいないのに最悪だろ。女性の不在のおかげで憩いの場がないんだよ。こう、たまに覗かせる谷間や腹筋、臀部、下肢はどこだ?この際ガチガチに鍛えられたものでいいから、女性が見たい。切実に。ホワイトルームにいた頃よりも辛いって、冷静に考えてなに?相手のいないポリネシアンセクロスを数ヶ月やってる気分だ。

 

衛星電話で中途半端に異性と話す機会があるのも生殺しだ。信じられるか?俺は実の母親との衛星電話を「異性との会話」って呼んでんだぜ。哀れ維盛。断言できる、今なら飛鳥馬でも女神に見える自信がある。

 

…早く古本屋に帰りたい。助けて大天使ホナミエル

 

 

 

 

 

 

一之瀬帆波にとって、伊吹維盛と飛鳥馬トキは憧れのような存在だった。二人は学校に通っていないのに、中学で自分が頑張って身につけた以上のものを持っている。普通の環境で育った彼女には、それが大きな刺激だった。どこでこんなに知識を得たんだろう。やっぱり読書だろうか?そんな思いを抱いていた。

 

その認識は、維盛が唐突な語学留学に出かけた期間に強まった。以前まで維盛に勉強を見てもらっていた一之瀬だったが、飛鳥馬がそのまま教師役を引き継いだのだ。彼女は維盛と遜色のないレベルで説明を行い、この時に初めて一之瀬は飛鳥馬の凄さを実感した。以前までの飛鳥馬は、同じ空間にいても関わる機会は多くなかった。しかし間に入っていた維盛が抜けたことで、二人の距離は急速に接近していた。

 

中学でも同級生となった飛鳥馬は、留学に行って空いた維盛の席を使うことに。なので、そのまま隣人となり、一之瀬は今度こそクラスに馴染めるようにと努力を重ねた。古本屋で接客をしていたこともあり、飛鳥馬は元々クラスメイトに知られた存在だった。そのため親しい友人は出来ずとも、クラスメイトと問題なくコミュニケーションを取れるところまで溶け込んでもらう事に成功した。

 

以前の維盛ではできなかった事を、その友人のトキにはできた。この事実は帆波を安心させた。私は役に立てたんだ、と。彼女は維盛が不登校になった件を気にしていたため、彼の関係者の飛鳥馬のクラスへの順応の役に立てた事を喜んでいた。

 

「トキちゃん!今日も一緒に帰らない?」

 

「…帆波さんでしたか。いいですよ、一緒に帰りましょうか」

 

一人下校しようとするトキに声をかけ、いつも立ち寄る古本屋まで同行する。トキは編入後は古本屋から学校に通っており、ご近所の一之瀬とは必然的に帰り道で一緒になった。互いに帰宅部であることも影響し、帰り道はいつも一緒であった。

そして知り合って半年も経てば、いつしか二人はお互いを名前で呼ぶようになっていた。季節もすっかり真冬になり、新年も近付いてきた。夏休み前に旅立って以降、一之瀬は維盛と一切連絡を取れていなかった。

 

「伊吹くん、今頃フランス語ペラペラになってるかな?」

 

「…どうでしょう。でも維盛様の事なので、パリジェンヌに鼻の下を伸ばして習得している可能性もありますね」

 

半年間のフランスへの語学留学。それが維盛の表向きの行き先である。彼が旅立ってから約五ヶ月、一之瀬が少し驚いてしまうほど、飛鳥馬は維盛に辛辣であった。聞けば一〇年来の関係の二人だが、その長い付き合いから来る(と一之瀬は思っている)遠慮のない関係が羨ましかった。実際のところ、飛鳥馬と維盛はそこまでホワイトルームで直接関わったわけではないが。今も躊躇なく維盛の濡れ衣を厚くする飛鳥馬。

 

「でも本当にびっくりしちゃったよね。誘拐だ〜!って心配したら、次の週にはフランスだもん」

 

「そうですね、今頃楽しんでいるのでしょうね。私達への連絡なんて発想が出ないほど」

 

飛鳥馬は無人島ブートキャンプを把握しているが、その点はご愛嬌である。今頃維盛は死にかけているだろうが、一之瀬には自分達を忘れた薄情な男として吹き込まれている。泣いてもいいぞ、維盛。

 

「う〜ん、きっと忙しいんだよ!」

 

しかし大悪魔トキの囁きにも惑わされないのが、大天使ホナミである。彼女の視点でトキは、忙しくて連絡してこない維盛に対してやきもちを焼く可愛い女の子だった。飛鳥馬にとっては大誤算であるが、彼女の企みとは対極の勘違いを一之瀬はしていた。結果、維盛がいた頃の態度も含め、甘え下手のクール娘像が彼女の中で形成されていた。

 

実態は怠惰なメイドの悪戯だが。

 

「でも楽しみだね。確かあと一ヶ月だったよね、維盛くんが戻ってくるまで!」

 

今すぐにスキップしそうなほど、今の一之瀬は足取りが軽かった。ようやく、友人が海外から帰ってくるのだ!お互いに思い出話がたくさんあるといいな、なんて能天気な事を考えている。

なお維盛側は、純真な一之瀬の笑顔と、致命的なまでに女性成分を求めているため、再会時には泣いて喜ぶこと間違いなしである。

 

 

 

 

 

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