ようこそ維盛さんのいる教室へ   作:維盛さん

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五話

 

 

 

「いいですね、日本って。ほら、美しい女性がたくさんいる…。素晴らしい、なんということだろうか、ああ、女性だ、あっちにも女性がいる!見ろよ山崎曹長!あちこちに女性がいるぞ!ここが、きっとここがヴァルハラなんだ!!」

 

異世界(無人島)帰りの勇者十八名(内一名錯乱)が帰還したが、残念ながら致命的なまでの心の傷を負った少年が一人いた。彼の名は伊吹維盛。この少年は拷問の度に性欲を高めるツボを刺激され続け、情報を吐けば女性を手配するとカタログまで握らされていた。だが維盛は屈しなかった。

 

拷問を行う教官の下から逃げ出す際、律儀にカタログを抱えて撤退した彼は、そのカタログを慰みに耐え抜いた。しかしそれはただの女性のプロフィールが纏められただけの、写真すら載っていないカタログ。正常な精神では、その効果も限定的であった。当初の維盛も、これに対して何も反応しなかった。ただ、敵対チームに配属された教官の情報を拾えると信じて持ち出したものだった。

 

だが四ヶ月も経過した頃、維盛の精神は大きく変調し始めた。

 

「ホォ。彼女は飛鳥=サンというのですねぇ。なんて美しい名前なんダ…。」

 

既に三〇〇回ぐらい見た女性の名前を見て、彼は初見であるかのうような反応をした。これは彼がこのブートキャンプで身に付けた技術で、一定期間特定の記憶を封印することができるようになったのだ。こうして彼は、お気に入りの名前とプロフィールで定期的に正気を保っていた。

既に飛鳥という架空の女性のプロフィールで自我を保つのは三九回目だが、今の維盛にその記憶は無い。こうして彼は初体験の感動を、幾百回もこの短期間で味わっていた。哀れである。

 

これ以上に人の尊厳を犠牲にして発展した高等技術は存在するのだろうか?こちらが代わりに惨めな気分になる程、維盛の心は切実な救いを求めていた。その果てに辿り着いた場所こそ、今の彼がいる無の境地(無限初体験)であった。この技術で任意で記憶の封印ができるようになった彼は、憶えすぎるという生まれつきの特性とお別れした。これもカタログを二八周した末に、彼が独力で編み出した方法だった。どこまでいっても哀しい技術だった。

 

そして維盛は正気を保つため、自堕落に過ごした古本屋の記憶を封印した。しかし、そこには致命的な穴があった。維盛が唯一女性の声を聞く機会であった衛星電話。その相手である母の記憶も封印し、彼は完全に男性社会の外との繋がりを失ってしまったのだ。当然ながら心の支えとなっていた一之瀬帆波の存在も封印し、残るはホワイトルームの愛嬌のない真顔の飛鳥馬のみ。

 

こうして維盛の精神崩壊は加速度的に進んでしまった。

 

その結果が今である。

 

「いやはや、初めて訪れたとは思えぬ場所じゃな!征くぞお主ら、我等が求めるは艶本ただ一つ!者共ォ、この我について参れェ!!」

 

古本屋の前まで到着した一行は、錯乱した維盛を先頭に入店した。時刻が午前七時。

 

店先には寝起きの飛鳥馬が、騒ぎを聞きつけて出てきていた。寝巻きで。しかし錯乱し、記憶を封印した彼には、成長した飛鳥馬の姿を同一人物として認識出来なかった。

 

その結果が、

 

「女神様じゃ、女神様がおるぞっ!なんと、つまりワシは女神の祠の前で艶本探しを行ったとッ?嗚呼、だが美しき女神の神罰で逝けるのであれば、この平維盛、生涯にいっぺんの悔いなし!女神様、冥土の土産に、この矮小な維盛めに御名前を教えて頂けないでしょうか!何卒、老骨の最後の願いにございます!」

 

地獄の釜でも貴女の名を呼びましょうぞ!と更に発狂する維盛。これが半年ぶりに再会した主人、同期、戦友の言葉である。流石の飛鳥馬も涙目になった。壊れた主人の介抱のため駆け寄った彼女は、そのまま感動に打ち震える維盛の体を直接支えた。彼の体からはひどい匂いがした。

 

彼女を最前線で視界一杯に収めた維盛は、その場で死んだ。死因は出血多量である。鼻腔を駆け抜けた少女のシャンプーの香りは、半年の拷問を潜り抜けたばかりの精神異常者には刺激が強すぎた。トドメを刺したのは、泊まりに来ていた一之瀬と飛鳥馬を同時に視界に収めたことだった。

 

こうして伊吹維盛は十三年の短い生涯に幕を閉じた。哀れ維盛。救いは寝起きの一之瀬が、その醜態と聞くに堪えない戯言を聞き取れなかったことか。

 

 

 

 

 

 

目が醒めると、懐かしい天井が視界に入った。古本屋の、炬燵の部屋の天井だ。そっか、遂に眠れたから夢でここに帰ってこれたんだな…。自分の本体は今も無人島の泥濘の中で横になっているのかもしれないが、夢の中だけでも贅沢をしたって罰は当たらない。そう決めた俺は、急いで立ち上がり飛鳥馬や一之瀬さんの捜索を開始した。

 

そして程なくして飛鳥馬を発見したので、驚かせるためにも背後から気配を消して駆け寄り抱き上げた。

 

「ひっさしぶりだな飛鳥馬〜!いや〜相変わらずかっるいなお前!!」

 

一度投げてこちらに向くように飛鳥馬を調整すると、その顔は驚愕の色に染まっていた。今までに見た事がないほど表情が変化している。そして夢の中なので、現実ではありえない挙動をしてくれる飛鳥馬。なんと彼女は、俺に嫌味も言わず抱きついて来たのだ。

素晴らしい…。俺の脳はこんな夢を見せてくれるのか?もう、今死んだって悔いはねーや…。

 

脳内に数千回のカタログリセマラの記憶がリフレインする。この飛鳥馬との記憶は、数千回分の元にできるぞ…。ありがとう飛鳥馬、お前はよくできた従者だ。無人島で苦しむ主人のために、夢の中でここまでの献身性を見せてくれるなんて…。感動に打ち震える俺は、それから一五分間動かなかった。

 

そして、夢は必ず醒めるものだ。この素晴らしい夢にも、残なんながら終わりがある。そう、覚悟した時だった。

 

眼前に山崎曹長が映ったのだ。欲求不満な俺の夢に、男の山崎曹長が出てくるはずがない。そんな冒涜があってもいいはずがない。つまり、これは、現実…?

 

夢心地の気持ち良さはどこへ。俺は冷や汗が止まらない事態に陥った。今、俺の首に抱き付く女はホワイトルーム出身者だ。その気になれば、ここで首を物理的にもがれる可能性がある。離れる気配のない飛鳥馬の体に腕を回し、抱きしめるような体勢で拘束を開始する。目指すは、彼女からの絞殺を防ぐことだッ!手伝え山崎曹長!

 

アイコンタクトを受け取った同胞は、無情にも来た道を引き返して行った。

 

 

 

 

 

 

大天使ホナミ、もとい一之瀬さんに後ろから声をかけられた事で、飛鳥馬は慌てて俺の体から離れた。その頬は赤く染まっている。久しぶりにあった俺の従者可愛くてワロタ。

 

「あ、伊吹くん起きたんだ!おかえりなさい!」

 

「うん、ただいま一之瀬さん!」

 

待ちに待った一之瀬さんとの再会。地獄の半年を思えば、涙が込み上げそうになる。そうか、本当に俺は帰ってきたのか…。嗚呼、懐かしい匂いだ…。まずい、泣きそうだ!

 

「あ、忘れてたわ。ただいまー飛鳥馬」

 

とりあえず、誤魔化すために後方にいる飛鳥馬と向き合ってお茶を濁す。しかし目が合った飛鳥馬は、なぜか大粒の涙を流している。

 

「え、ちょ、待って俺なんかした!?」

 

再会した感動で泣かれるとか、想定が過ぎるんですケド!?焦る俺を避けて、一之瀬さんが大慌てで慰めに入る。知らないうちにめちゃくちゃ距離が近くなってるんだけど、なにコレェ?

 

奥には騒ぎを聞きつけた山崎をはじめむさ苦しいお兄さん/おじさん達がいるし、色々とカオスな空間が完成した。え、でも飛鳥馬は本当に半年で何があったんだ?

 

俺が知らないだけで、飛鳥馬も無人島のブートキャンプ並のなにかに放り込まれたのか?

 

 

 

 

 

 

結局答えが分からないまま、俺の日常は戻って来た。ホワイトルームを出てはや九ヶ月。いや、三分の二は無人島にいたし、束の間の安寧なのか…?

 

気付けば飛鳥馬は中学生になって登校していた。「まじかー、おめでとう〜」と伝えたら、一之瀬さんから棒読み過ぎるとの厳しい指摘を受けた。あれ、半年経って打ち解けたからか、一之瀬さん俺よりも飛鳥馬と仲良くない?時の流れ残酷過ぎる。

あ、もちろん僕は行ってません。そんな時間はないんですよ。

 

最近はお爺様(帰ってきたら呼び方が決まってた)に次期当主としての教育のため本邸で缶詰にされている。家の歴史や稼業、付き合いのある家など学ぶべき事柄を片っ端から叩き込まれている。おかげさまで五日間ほとんど寝ずに、お爺様の書斎に引きこもっている。日当たりはバッチリの部屋なので問題はない。

 

そして缶詰の気分転換がしたいなぁ、なんて愚痴った時だった。祖父から俺に会わせたい人がいると伝えられた。多分、俺と面識のある相手なんだろうなぁ。なんて漠然と考えていると、案の定ホワイトルーム関係者であった。

 

連れてこられたのは更生施設で、中には一人の少女が待っていた。仄暗い瞳で、瞳孔の光が極端に薄くなっている。本当、死んだ魚みたいな目だな。

 

「雪じゃん、久しぶり」

 

かつての同期、雪がそこにいた。綾小路清隆に想いを寄せていた少女、そして水泳が得意な少女との印象くらいしかない。その水泳では当時俺よりも早かったが。

俺が声をかけて、そこで初めて雪は俺の存在に気付いたらしい。

 

「…維盛くん、だっけ」

 

数年ぶりに再会した彼女は、目に生気がなかった。ホワイトルームでの日々がよっぽど効いたらしい。そりゃ、あんなカリキュラムでは気も狂うか。

 

「実は彼女、綾小路清隆くんとの面会を希望していてな」

 

お爺様が雪にも聞こえる声で教えてくれた。綾小路の名前が出た途端、雪の目が嘘みたいに輝いた。

 

「お爺様、清隆に会えるんですか!?」

 

お爺様て…。新しい孫でも拾った気分なのか、お爺様は。

 

「今はご両親と一緒に、綾小路くんへの面会の打診をしているところだよ」

 

「そうなのですね…。でも、楽しみです!」

 

反応を見る限り、今も綾小路への想いは錆びついていないらしい。でも、あれと面会してどうするんだろうか?最後に見た時の綾小路に感情が芽吹いた気配はなかったし、ホワイトルームでそれが生まれるとも思えない。

 

ただ、心を病んでしまった彼女には、自分の綾小路への想いに縋るしか心を保つ方法がないのかもしれない。だがそうなると、尚更拒絶された時の傷は致命傷になりそうだが。その辺の懸念をお爺様がどう認識しているのか、この短時間ではイマイチ見えてこなかった。

 

その後も二〇分ほど、彼女の脱落後の綾小路の様子を根掘り葉掘り聞かれる事になった。清々しいくらい、俺に関する質問はなかった。本気で俺個人には興味が無い。都合よく想い人の情報をくれるツールに出会った感じなんだろうな。

 

間も無く面会時間の制限が来てしまい、今日は帰る事になった。もっと綾小路の話を聞きたがった雪だったが、ドクターストップの前に敗れ去った。しかし俺達との会話が終わると、医者や家族とも一切会話しようとしない雪。

 

同期が本当に壊れてんだなぁ。そう考えると、少し寂しくなった。

 

 

 

 

 

 

雪との再会から、気付けば数ヶ月が経過した。

 

あれ以降彼女との面会はなく、祖父も特にホワイトルームについて詮索してくる事もない。ただ、俺とは別に飛鳥馬も雪と面会したらしい。詳細については聞いていないが、お爺様と飛鳥馬本人から知らされた。続報も特になく、その他の脱落者と会うこともない。

 

なので俺は久方ぶりの古本屋でのニート生活を謳歌している。一之瀬さんは今もお手伝いに来てくれているが、勉強の方は飛鳥馬が面倒を見るようになっていた。面倒を見る、とはいっても中学三年の内容を進めているのだが。

 

今は中学二年の七月。国立の高校である高度育成高等学校への進学を目指す一之瀬さん、先に中学の範囲を終わらせたいと言い出したらしい。それを友人の飛鳥馬が承認し、今では放課後に二人で店番をしながら勉強している。

 

俺はその横で気配を消しながら読書である。悠々自適に好きな本を読む。素晴らしい生活だとは思いませんか?あの無人島を体験した後だと、こうした日常が一番楽しい時間となるのだ。

 

あの無人島ブートキャンプ以降、飛鳥馬の態度に変化があった。以前は甘えてくることなんて無かったのに、あの一件以降無表情で言外に「甘やかせよ」と迫ってくるようになった。言葉でもストレートに催促されるし、態度でも図々しく主張される。

 

一之瀬さんは、そんな友人見て微笑みを浮かべるだけである。貴様は堕天してしまったのか?おい、大天使ホナミエルよ。なんか俺に対しても容赦がなくなったというか、飛鳥馬のよくないところを受け継いでる気がしてならない。

 

最初は、あんなに親身になって俺の心配をしてくれてたのに…。悲しいよ維盛さん。

 

 

 

 

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