ようこそ維盛さんのいる教室へ 作:維盛さん
八月に入り、世間では学生たちが夏休みを謳歌している。それは中学生をしている一之瀬さんや飛鳥馬も同様で、夏休み期間中は一之瀬さんが半同棲状態で古本屋に入り浸っている。
俺はというと、去年のこの時期はカタログを握りしめて正気を保っていた時期だ。だが既に無人島を抜け出して半年が経過しているのか…。ニートをしていると時間が経つのが早すぎる。このまま気付けば成人していました、なんてことになっても驚かない程時間の経過が早すぎる。
あと最近、八月の上旬からは、俺の後継者としての挨拶回りが始まると言われた。別に各所に出向くわけではなく、ただ俺が後継者であることを知らしめるための催し物が行われるらしい。お披露目パーティー、みたいなものと理解すればいいのか?イマイチ興味がなく、詳細については何も聞いていないので不明である。
でもスピーチとか求められたら面倒臭いな。こんな時に変装が得意なホワイトルーム生とかいればいいのに。そうすれば影武者として使い倒して、俺自身は無限にニートを謳歌することも夢じゃないだろう。いや、ここまでくれば俺自身が影武者を育てるのも手か?サボるための努力は無限に意欲がわくので、今度飛鳥馬を含めて数人で相談してみるのもアリだな。実用化できたとして、それまでにどれだけ時間がかかるのかわならないが。とりあえず、本格的に検討していこう。
くだらない妄想に耽り今日も自堕落ニートを謳歌するつもりだったが、事前の連絡もなしにお爺様が古本屋を訪問した。わあ、絶対なんかあるじゃん。俺のテンションの下落を察知したのか、一之瀬さんと飛鳥馬が俺を見て笑っている声が聞こえる。二人ともこの頃はすっかり友人として距離を詰めているらしい。
お爺様の訪問した目的は、来週に行われる催し物についてだった。内容の多くは聞き飛ばしたのでほぼ覚えていないが、要約すると、従者として飛鳥馬を伴って出席するように、とのことだった。
幸いにもパーティーに着る服は、以前お爺様に連れられて採寸させられたので持っている。多少面倒だが従う他ないないだろう。それに新しい出会いのきっかけにもなるし、何も面倒なことばかりでもないかもしれない。いい気分転換になるだろう。しかし飛鳥馬も、か。
じゃあ、飛鳥馬もドレス着るんだ?
聞き耳を立てながら他人事だと思って笑っていた飛鳥馬の気配が、従者の件で分かりやすく固まっているのが分かる。俺だけが面倒なパーティーに連行されると思ったかね?死なば諸共だぞ飛鳥馬。お前は存分にドレスコードで悩むといい。俺の記憶が正しければ、お前の採寸はまだだもんなぁ?俺は既に自前の物を持っているので、当日に猫をかぶれば万事解決だ!
ハッハッハ!なんて高笑いを我慢していると、盗み聞きの二人が呼び出された。飛鳥馬はともかく、一之瀬さんは少し緊張した面持ちである。怒られると思っているのかもしれん。盗み聞きは褒められた行為じゃないしね。
そしてお爺様は、一之瀬さんにもパーティーへの出席を提案した。一年で一之瀬さんがこの店に来なかった回数は、両手で問題なく数えられる程度。お爺様に目をかけられている一家の長女でもあるし、是非ともお披露目パーティーに出席してほしいと伝えられていた。最初はドレスなんて持っていないと固辞する一之瀬さんだったが、お爺様が全て買うと言ってゴリ押した。
感覚的には、孫娘にプレゼントを押し付けているようなものか。
最終的には中学生三人、そして護衛の山崎を含む数名が出席することになった。予想外の行事に興奮気味な一之瀬さんは、勉強を切り上げて飛鳥馬とドレス関連の雑誌や本を探し始めている。
普段からおしゃれの本を飛鳥馬に布教する一之瀬さんだったが、流石に今回は飛鳥馬も能動的にリサーチをかけるらしい。二人で書庫に向けて勢いよく駆け出して行った。俺は全く触れないジャンルなので、書庫のどこに眠っているのか皆目見当もつかない。
あと山崎、小声でイカれたオムライスこと斯波に婚活のチャンスであるか質問するな。なにかの間違いで分家の娘をひっかけたら、遠縁ながら俺の親戚になっちまうだろうが。お前が親族とか俺は嫌だぞ。
※
パーティーの出席者は多種多様だった。政治家や芸能人、財閥関係者やプロスポーツ選手まで色々である。お爺様関係の政治家も多くいたが、まさか俺を政治家にしよう、なんて企んでないだろうな。嫌だぞ、そんなめんどくさいの。
俺のお披露目とはいっても、内実はお爺様への媚び売りを目的とする参加者も多くいる。そんな連中のつまらない挨拶を聞いても眠気が深まるばかりで、途中で俺は飛鳥馬や一之瀬さんを連れて抜け出していた。
道中で信じられないほどナルシストな御曹司に飛鳥馬が口説かれるなどのハプニングはあったが、今は会場の外に出てのんびりと夜風に当たって涼んでいる。一之瀬さんも会場の中では緊張でガチガチだったが、人目のない建物の外で落ち着きを取り戻している。
テラス席でのんびりしているが、会場と空気が違いすぎて清々しい。俺自身は会場にあったティラミスを頬張っているが、一之瀬さんと飛鳥馬は先程のナンパ御曹司の話題で盛り上がっていた。日本屈指の財閥の御曹司らしい。将来、何かの間違いで俺のパトロンになって、お金だけ無限にくれないかな。別に今の有り金で困る事もないが、もらえるのなら是非欲しい。
あとで聞けば山崎は気に入らなかったらしいが、普通に俺にも挨拶をしてくれたし、あれはただのレディーに飢えた少年だったのだろう。それにうちの飛鳥馬に目をつけるとは「みる目があるじゃないか」と称賛したい。俺ならあんな美人で溢れた会場で、ピンポイントに飛鳥馬を見つけ、さらには口説ける自信なんてない。飛鳥馬も美人だが、流石に大人の女優にはまだ勝てないからな。
お子ちゃまな維盛さんなら、普通に女優のドレス姿に魅入っているだろう。ちなみに現実は、スーツのおっさんとその愛人に囲まれ続け、美しい女優の姿を拝む時間なんてなかった。畜生め。
※
やけ食いのティラミスに癒されていると、一之瀬さん達が一人の少女に注目し始めた。彼女は会場の側で着飾った中年に連れられており、場に萎縮しているのか動きが非常にぎこちない。同行する中年は腕を引き、参加者に挨拶をさせようとしているようだった。見たところ、俺達と同年代らしい少女だ。
同じように会場で緊張で固まっていた一之瀬さんは、あの少女のことが気になるらしい。というか、よく見るとあの子すごく可愛いな。芸能人の玉子か何かだろうか?世の中、案外埒外の容姿を誇る人って多いんだなぁ。
感心しながら三つ目のティラミスを頬張っていると、いつの間にか護衛の斯波達を伴った一之瀬さんと飛鳥馬が少女に話しかけていた。今日参加している護衛は六人で、俺の側には今も三人が控えている。ちなみに山崎は会場の監視と銘打った婚活の真っ最中。いいご身分である。
少女への接触から間も無く、一之瀬さん達は件の少女を伴って戻ってきた。同行していた中年は会場で参加者の大人と談笑している。俺には分かる、あれは下世話なお約束をしているに違いない!
そのまま飛鳥馬が少女に着席を勧めると、彼女は遠慮がちに席についた。近くで見ても可愛らしいなぁ。彼女の容姿は、どことなく一之瀬さんに近い雰囲気を感じる。そのまま俺への紹介が開始されたが、案の定この少女はアイドルをやっているらしい。分家のお兄さんのお気に入りのアイドルで、今日は彼からの招待で出席したらしい。年齢も同い年。
でも俺と同い年のアイドルに入れ込むって、うちの分家のやつは大丈夫なのだろうか。しかも次期当主のお披露目会に招待って、そいつかなり肝が座っているな。親族のお祝いの会に誘われたと思っているらしいが、分家の招待した人物にコネ作りの機会だと言われて事務所のお偉いさんと来たらしい。なんか、なんか社交界みたいな雰囲気で笑う。後でお爺様に報告しておいてあげよう。
アイドルなんて全く分からんが、一之瀬さんが頑張って少女の緊張を解こうと会話を進める。この間も俺は食べる手を止めないので、机の下では飛鳥馬にヒールで踏まれている。念入りに親指の爪の付け根を狙撃中だ。当人は一之瀬さんの話に真顔で多彩な相槌を披露している。うーむ、素晴らしくホワイトルーム味を感じる正確なマルチタスクだ。知らんけど。
※
「お久しぶりです、伊吹先生」
主役がずっと席を空けるわけにもいかないので、一五分ほどで俺だけが会場に戻る。しかしちょうど戻ったタイミングで、お爺様が一人の中年男性と談笑していた。その中年男性の側には、好戦的な笑みを受かべる少女がいた。
俺が戻ってきてから、少女は一時も俺から視線を外そうとしない。お爺様から紹介されたが、坂柳さんの娘はお爺様の前でも一切遠慮のない挑戦的な態度を披露している。それも俺に対してのみ。接点もないはずの少女にここまで挑発されるのは、生まれて初めての経験である。
この状況を面白がったお爺様は、俺たち二人だけで話してくるようにと放り出された。
会場の外れまで歩くことになったが、坂柳さんは足が不自由なので腕を貸しての移動となる。必然的に距離が縮まるのだが、維盛さんの心臓はバックバクである。だって今まで会ったことがない系統の美少女だし、心なしかいい匂いがする…。
「…じゃあ、改めて自己紹介するよ。伊吹維盛だ、以前にどこかで会ったかな?」
そのまま目的地に到着した。一旦距離を空けて彼女と向かい合うと、そのまま無言で見つめ合う時間が続く。耐え切れず自分から名乗ると、坂柳少女は蠱惑的な笑みを浮かべて距離を詰めてくきた。遂にその距離は俺の腕の中に収まるまで詰まり、身長差のため背伸びをしながら身を預けてくる坂柳さん。
「六年と一八九日ぶりですね、ホワイトルーム生さん」
まるで抱き合うような至近距離で、彼女は俺の耳元に囁いた。その内容は、間違いなく俺の過去を把握していると推測できる内容。至近距離の坂柳さんで興奮していた心が一瞬で冷却されてしまう。
「ふーん。お久しぶり、とか言えばいいのかな?」
「ふふ、私が一方的に知っているだけですから。再会とは言い難いかもしれませんね?」
楽しそうに言葉を紡ぐ彼女は、足が不自由なのにまるで無邪気に踊っているようだ。その容姿も相まって、非常に俺の心にクる。今日は可愛い子が多いな…。真面目に考えるのが面倒になった俺は、ただ坂柳さんの観察を行うことを決定した。一瞬で冷めてしまっていた頭も、現実逃避のためどんどん加熱していく。
「私、あなた方に再会するのを楽しみにしていたのですよ?」
そのまま会場の端の椅子に向かい合って座ると、坂柳さんは色々と話してくれた。俺を知った経緯、なぜあなた方と言ったか、ホワイトルームの見学でなにを感じたか…など、途中から勝負だの証明だの面倒な予感がしたので、俺は早めに白旗をあげる。それに彼女の熱量は、どうやら俺に対して一番に向けられているわけではないらしい。
チェスの対局について細かく話していたし、まさかあの時の対戦相手の綾小路の方にお熱だったりするんだろうか。そうならちょっと悔しいんだが?俺との対戦を一番に求めてくれていたらなぁ、相手になって楽しむのも吝かではなかったんだけど。
ついでだと、なんだかなぁ。また冷めてしまったよ…。
「そっか。でも残念ながら俺は自分を天才だとは定義していないし、正直他人からの評価にも興味はないかな。だから坂柳さんの言う、真の天才を決めるってのもイマイチ心が揺れない提案だね。…それに君は僕じゃなくて、別の人との再戦を望んでいるんじゃない?正直、前座みたいな扱われ方は好きじゃないかな」
極論、坂柳さんみたいな手合いは、彼女のペースで相手をするのは面倒臭い。であれば、以降は一方的にこちらが望む関係を押し付けていけばいい。そう考えた俺は、勝負をしようと繰り返す彼女の話をのらりくらりと躱す。どうやら前座扱いも無意識にしていたみたいだし、尚更敗北感がすごいんだが?
誤解だと言って坂柳さんも少し焦っているし、可愛さと苛立ちで感情が複雑である。
だが流石に二〇分も適当に躱し続けると、坂柳さんでも少しイラつくらしい。結構子供らしいところもあるじゃないか、なんて考えていた時だった。
「おや?君は先ほどの伊吹ボーイじゃないか」
なんと、飛鳥馬を口説いた男に遭遇した。見かけた時は話しかけられるとは思わなかったが、目が合った瞬間にキザったらしい笑みを浮かべてこちらに寄ってきたのだ。坂柳さんの話の途中で割り込んだため、ただでさえ機嫌の悪かった彼女は少しお怒りのようだ。
「失礼ですが、今彼とは私が話しているのですよね。」
ニッコリと作り笑いを浮かべた坂柳さんは、言外に「ここを去れ」と言っている。しかし彼女の意図を理解しても、少年の方は立ち去る気配が一切なかった。むしろ坂柳さんに対する挑発を開始する始末。
「すまないね、リトルガール。だが君は既に彼を長時間拘束しているようだが?」
笑顔で宣う少年だが、一撃で坂柳さんの地雷を踏み抜いたらしい。俺との話を完全に忘れた坂柳さんは、少年に「リトルガール」呼びを撤回させるために舌戦を繰り広げる。言葉遣いは大人なのに、内容が致命的に子供っぽい。やっぱり可愛いね坂柳さん。俺のことが本命じゃないのが結構残念なレベルで可愛い。
でも有難い隙が出来たので、俺はそのままどさくさに紛れてフェードアウトさせてもらった。少年の方も俺に大した用はなかったのか、特に呼び止められる事なく撤収に成功した。既にお爺様との話が終わっていたためか、坂柳さんのお父上は両者の舌戦を眺めていた。その顔には微笑ましいものを見る笑みが浮かべられていた。
あの様子だと、あとで結構精神的にきそうだな。どんまい坂柳さん。
一話毎の文字数ってどのくらいが読みやすいですか
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1000〜2500
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2500〜4000
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4000〜5500
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5500〜7000
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7000〜8500
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8500〜10000
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10000〜