ようこそ維盛さんのいる教室へ 作:維盛さん
無事にパーティーも終了し、夏休みも後半戦に差し掛かった。例のアイドルと連絡先を交換した飛鳥馬と一之瀬さんは、今も連絡を取り合う関係になったらしい。俺はもちろん繋がっていない。
パーティーではあれ以降坂柳さん達に絡まれることはなく、何人か同年代の少年少女と挨拶で言葉を交わしたぐらいだった。にしても顔面偏差値の高いパーティーだったな。ホワイトルーム、古本屋、無人島と、長期間それぞれの環境に引きこもっていた俺では出会う事のなかった業界の人々。
退屈な時間も結構あったが、最終的には充実した楽しい時間だったと思う。一番の収穫は坂柳さんの存在だろうか。彼女のようにホワイトルーム生でなくとも、その存在を認知する同年代がいる可能性は多分にある。これまでその事を意識する機会はなかった。だが仮にもこれを広め、俺と綾小路の父親の関係性を疑う輩が出てきても面倒である。
正直やられても特に困ることもないが、痛くもない腹を探られるのは不愉快である。そのための対策は特にないが、探られる可能性がある事を把握できただけでも、今後不意打ちで不愉快な思いをする事が減るだけ儲け物である。
それに坂柳さんは可愛かったしね。正直おんぶとかして歩きたい。足が不自由だし、長距離をおんぶして移動しながらお話ししたい。彼女はホワイトルームを知っているわけだし、飛鳥馬も含めてその辺の事情に一切配慮のいらない会話を繰り広げることも可能だ。地味に大きいなこれ。まぁ、その坂柳さんと会話をする機会がないんだけど。連絡先も交換していないし。
そういえばそろそろ一之瀬さんの妹さんの誕生日らしい。たまに一緒に古本屋に来てくれるのだが、一之瀬さんに似て非常に可愛らしい少女である。去年は一之瀬さん家で飛鳥馬と一之瀬さんの手作りケーキを贈ったらしい。あれ、俺ですら飛鳥馬と一之瀬さんの手料理、スイーツなんて食べたことないんだけど?素直に羨ましいんだが。
そんなわけで誕生日の贈り物に一之瀬さんが悩んでいたが、お爺様がお手伝いのお礼として渡しているお小遣いを軍資金にプレゼントを買うらしい。悩み抜いた一之瀬さんは、最終的には妹と一緒にデパートに行って本人の欲しいものを買ってあげることにしたらしい。お母さんが病気で短期入院をしてしまい、不安にかられる妹を安心させる意味も込めてのお出掛けだとか。
同行したかった俺と飛鳥馬だが、今回は流石に自重した。だが飛鳥馬があまりにも落ち込んでしまったため、二人の買い物を気配を消して盗み見る事が決定。微笑ましい姉妹のお買い物を尾ける秘密施設の出身者二人。なんだかSF作品の冒頭に主人公を監視している気分だ。
妹さんも厳しい家庭事情を鑑みて遠慮しているのか、中々プレゼントが決まらない。早くも二時間を経過した一行であったが、途中で一之瀬さんがトイレに行ってしまう。その間に妹さんは近くのケーキ屋さんの匂いにつられたのか、少し遠くからケーキ屋さんを眺めている。商品の値段を見てみると、一番安いケーキでも七〇〇円…。軍資金の二〇〇〇円では、ケーキを二つ購入するのが限界だな。それを知っているからか、妹さんはすぐにケーキ屋から離れてトイレの中に向かった。
その後も一時間迷ったが、最後に立ち寄ったお店で運命的な出会いをしたらしい。妹さんの好きな芸能人が身につけていたヘアクリップ。それを発見した彼女は飛び跳ね、あれがいいと一之瀬さんに強請った。お値段は税込で一九八〇円。
帰り道の足取りから、妹さんのご機嫌具合が伺える。一之瀬さんも素敵な笑顔を浮かべ、二人で手を繋いで帰宅している。隣の飛鳥馬を盗み見ると、珍しく彼女の口角が上がっていた。この一年で飛鳥馬にとって、如何に一之瀬さん達が大事な存在になったか。その事を実感できた俺も思わず口角が上がる。
「飛鳥馬ー」
「なんでしょうか、維盛様。」
姉妹の姿で幸せに浸っていた飛鳥馬は、俺の声で現実に戻ってしまったらしい。いつもの真顔を俺に向けてくれる。落差が露骨すぎて維盛さん泣いちゃうよ。
「帰りにさ、何個かケーキ買おうよ」
そのまま先程のケーキ屋の方を指すと、飛鳥馬も意図を理解できたらしい。真顔で俺の手を引くと、あっという間にお店の前まで駆け抜けてしまった。そのまま数種類のケーキを購入すると、飛鳥馬は形が崩れないよう両手で大事に箱を抱えて離さない。帰り道はお互いに会話もなかったが、心地のいい空気であった。
※
一之瀬さんの妹のお誕生日会には、なんと俺にまで招待状が来た。一度もお邪魔したことがない一之瀬家だが、まさかこんな形で初の訪問をすることになるとは。飛鳥馬と買ったケーキを手土産に持参し、ついでに俺はいくつかの古本も持参した。趣味に合うかはわからないが、一之瀬さんの妹さんへのプレゼントである。
一之瀬さんのお母さんも今日の夕方に退院したため、買い物の後に姉妹で迎えに行ったらしい。そのため一之瀬家の三人と、俺と飛鳥馬の五人で誕生日会を行うことに。
ここで俺にとって嬉しい事態が発生した。なんと!飛鳥馬と一之瀬さんがパーティーの料理を全部作るらしい!!心の片隅で期待していたが、本当に作ってくれるとは思っていなかった。
二人が調理している間、俺は一之瀬さんのお母さんと妹さんとお話である。ちゃんとお話しするのは初めてなので、改めての自己紹介や普段の一之瀬さんのお話で盛り上がった。お母さんとしては、毎日古本屋に通う一之瀬さんが邪魔になっていないか心配だったらしい。もちろん全力で否定させてもらった。
普段の一之瀬さんが週末のお手伝いの様子や、放課後の様子などいろんなことを聞かれた。安心したような、落ち着いた笑みを浮かべていた姿が印象的だった。一之瀬さんはよっぽど愛されているらしい。
ここでふと、俺自身の母のことを思い出す。今も入院しているが、病状は比較的安定している。今も週に四度はお見舞いに行くし、しょっちゅう会っている。愛情はあるし、出来れば一緒に住みたいとも思っている。いや、思おうとしている、と言ったほうが正確なのかもしれない。
俺はいまいち実母との距離感を掴めずにいる。一三年間家族を意識する瞬間なんてなかったし、別にホワイトルームの環境に不満があったわけでもない。だが唐突に外の世界に連れ出され、実母と紹介された女性の看病を行う。
強い不満があるわけではないが、彼女に向ける感情を決めかねている。憎悪はないが、ここまで俺を求めるのであれば、どうしてホワイトルームに送るのに抵抗しなかったのか。あの環境に不満がなかったのに、何故かそんな風に考えてしまう。無論、俺のホワイトルームへの参加は父の意向が強かったことは理解している。それでも、こんな家族の団欒を見ていると、たまに思ってしまう。
トイレに行くと断り、少し一之瀬さんの家族から距離をとる。
「いいなぁ」
「何がいいの?」
思わず漏れた本音に、後に迫っていた一之瀬さんが反応してしまう。彼女の気配を感じていたのに、堪えきれなかった。失態である。
「いや、家族の団欒がちょっと新鮮で」
誤魔化すのは簡単だったが、何故かそれをしなかった。
「そう、なんだ」
俺の言葉を受けた一之瀬さんは、一瞬複雑そうな顔をした。その考えは読めないが、彼女はゆっくりとこっちに向かってくる。
そのまま俺の目の前で立ち止まった彼女は、数秒間悩んだ末、俺を抱きしめた。
俺の思考は真っ白である。想定外の一之瀬さんの行動。五感の全てが訴えてくる眼下の少女の存在感。未だ発展途上だが、女性らしい膨らみを胸で感じる。お互いの心臓の鼓動を感じる。僅かに俺の方が早いが、一之瀬さんの鼓動も負けず劣らずかなり早い。
彼女も緊張していることが分かり、逆に少し冷静さを取り戻す。だが一之瀬さんが離れる気配はなく、俺自身もまだ動き出す余裕はない。結局動けない俺がとった行動は、一之瀬さんを抱き返すことだった。
これは好奇心が勝った結果の、ちょっとした出来心だった。ここで彼女を抱き返した場合、鼓動はどうなるんだろうか。俺みたいに冷静になるのか、それとも変わらないのか。もしかしたら早くなってくれるかもしれない。
そんな誘惑に駆られ、思わず抱き返した俺。しかし直ぐに後悔することになる。一之瀬さんの鼓動はさらに早くなったが、俺の鼓動も最初の頃よりも早くなってしまったのだ。互いに離れるタイミングが見つからず、ただお互いの鼓動を感じて恥ずかしさから固まっている。
無限にも感じられる形容し難い時間を終わらせたのは、意外にも飛鳥馬だった。なんと、いつの間にか現れた彼女は、俺と一之瀬さんの両方に抱き付いた。俺達二人よりも少し背の低い飛鳥馬は、背伸びをして高さを合わせた。
はじめは状況がわからず固まっていた一之瀬さんだったが、第三者の加勢を理解し、瞬く間に俺と飛鳥馬の間から離れた。その顔は真っ赤に染まっていて、どれだけ恥ずかしかったのかがよく理解できる。多分、俺も似たような状態だろうな。
しかし離れたことが不満だったのか、飛鳥馬はそのまま一之瀬さんを抱き寄せる。声もあげられず、なけなしの抵抗を無力化された彼女は再びこっちに戻された。
それから数分ほど、不思議な時間が経過した。俺と一之瀬さんを抱き、繋げるように離さない飛鳥馬。
結局、俺達は探しに来た一之瀬さんの妹さんが来るまでそのままだった。
※
一之瀬家での誕生日パーティーは無事に終わった。飛鳥馬と一之瀬さんの手料理の出来は最高だった。二人とはそこまで会話が弾まなかったが、悪い空気にはならなかったと思う。
飛鳥馬と買ってきたケーキもデザートにお披露目し、みんなで食べて笑顔で締め括ることが出来た。なかなか良い思い出になったと思う。一之瀬さんが贈ったプレゼントも、お母さんがサプライズで送った本も、飛鳥馬が用意していた雑誌もみんな喜んでくれた。俺の持っていった本?その評価は内緒である。少なくとも一番喜ばれた品ではないのは確かだな。
※
いつの間にか季節は秋になり、外はすっかり紅葉で色付いている。京都にある別邸に足を運び、比叡山やその周辺の紅葉を楽しんだりもした。無論、飛鳥馬や一之瀬さんを伴っての観光である。一一月に入って直ぐだが、今年はまだ涼しく過ごしやすい。
そんな秋の京都を楽しむ俺達だったが、俺だけがなぜかお爺様に呼び出しを受けた。場所は以前雪と面会した病院。嫌な予感がしたが、十中八九雪に関係することなんだろうな。
俺の予想はそのまま当たり、病室の中には雪がいた。しかし様子がおかしい。その顔には以前よりも生気がなく、まるで生きることを諦めたかのような雰囲気だ。死相が見える。人によってはそう表現できるほど、今の雪の雰囲気は真っ黒だった。
雪の変化に驚いていると、お爺様が彼女の両親を伴って入室してきた。ご両親の表情は非常に険しい。母親の方は今にも泣き出しそうで、雪の惨状が原因で心を痛めていると推測できる。お爺様は俺の到着を確認すると、そのまま雪のそばまで進み、ゆっくりと俺に向き直った。
そのまま、お爺様は俺に向けて自身の決定を述べた。
「雪はこれより、私の養子となる」
繰り出された言葉が想定外すぎて、俺は一切反応が出来なかった。えっと、つまり、雪が俺の義理の叔母になるってことなのか?えぇ…?
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