ようこそ維盛さんのいる教室へ   作:維盛さん

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八話

 

 

 

雪が伊吹家の養子になる。これがお爺様の決定らしい。

 

え?訳が分からん。そもそお雪を伊吹の本家に取り込んで何の得があるんだろうか。もしかすると家としての損得どころか、お爺様個人の感情で決まったのかもしれない。でないと、既に精神疾患を患い、社会への復帰すら難しい彼女を引き受ける意義が分からない。

 

以前に雪と面会した際も、綾小路との再会について打診していたことが分かっている。実際に会えたのかは知らないが、会えるように工作をするほど彼女に入れ込んでいることが分かる。だから今回の養子の話も、ここまで急変した雪の状況が影響しているのかもしれない。

 

病室内で誰も言葉を発せず、沈黙が数分続く。

 

「雪は先日、綾小路清隆と再会した」

 

俺の様子を見ていたお爺様が、ゆっくりと語り始めた。要は雪の急変には綾小路が絡んでいるらしい。ホワイトルームの停止に伴い、暇ができた綾小路が雪に会いに来たらしい。

 

だが再会を喜んだ雪とは対照的に、綾小路の方は彼女を拒絶したらしい。唯一の希望であった綾小路からの拒絶。それは精神的に不安定な雪の心を壊してしまったらしい。

 

うーん。綾小路のキャラを思えば残当な結果かもしれない。そもそもあいつには、少なくとも俺が連れ出されるまで感情が芽生えていなかったし。そいつに脱落者を会わせても、特に関心を抱くとは思えない。もちろん俺の偏見を多分に含む意見だが。

 

会えることなんかないと思い何も言わなかったが、まさかホワイトルームが停止に追い込まれて再会するとは。さすがの俺でもそこまでは読み切れない。

 

「だから雪は、私が責任を持って支える。」

 

お爺様は最後にそう宣言した。その顔には自責、そして決意の色が浮かんでいる。

 

正直俺から言うことは特にないのだが、義理の叔母が増えるのは少し複雑な気分ではある。しかも元同期って。

 

「それに伴い、お前も私の養子とする」

 

「は?」

 

本日二度目の想定外。つまり雪は義理の叔母ではなく、義理の妹にするつもりなのか…。

 

えぇ…。なんか妹が生えてくることになったんだけど、なにこれェ?

 

 

 

 

 

 

訳が分からない養子宣言から二ヶ月、雪は正式に伊吹雪として迎え入れられた。今年度も残すところ三ヶ月弱。四月には中学三年になり、遂に一之瀬さんは高度育成高等学校への受験をする。

 

早いもので、俺と飛鳥馬がホワイトルームを出て二年近くが過ぎようとしている。色んな思い出が生まれたが、トップクラスに衝撃的な出来事はやはり義妹の誕生か。

 

あの飛鳥馬も流石に驚いていたし、一之瀬さんも衝撃で叫んでしまっていた。二人が対面する機会があるかは不明だが、雪がもう少し元気になれば引き合わせるのも悪くないかもしれない。そこに至るまでのハードルはかなりが高いが。

 

それと徐々に受験する実感が湧いているのか、最近一之瀬さんに少し元気がない。飛鳥馬も心なしかそわそわしているし、俺の知らないところで一之瀬さんに何かあったのかもしれない。こちらから踏み込む事はなかったが、その原因は直ぐに分かった。

 

一之瀬さんは既に中学三年の範囲を全て終わらせている。だから少し余裕があるのか、今日は古本屋で三人でのんびり過ごしている。一之瀬さんだけはずっと落ち着いていないけど。何かを言い出そうとして、切り出せない雰囲気だ。彼氏でも出来たのか?ちょっとショックじゃん。

 

「…あのね、二人に話したいことがあるんだ」

 

俺の勘違いを感じ取ったのか、絶妙なタイミングで一之瀬さんは言葉を発してきた。飛鳥馬も俺もすぐに受け入れ、一之瀬さんからの言葉を待つ。数十秒の沈黙がおりたが、間も無く意を決したように一之瀬さんが自分の両頬を軽く叩く。

 

「私ね、出来れば二人と一緒の高校に行きたいんだ…」

 

意外な一之瀬さんの提案。いや、これまでの関係性を考えれば意外でもないか。正直こっちとしても、今では一之瀬さんの存在が日常に組み込まれているし。

 

「このまま別々に進学したら、もう会えなくなる気がするの。ただの予感でしかないけど。でも私、それは絶対に嫌だ」

 

悲しそうな一之瀬さんの表情。確かに彼女の志望する高育は全寮制で外部との連絡も取れない。その間に俺が伊吹家の家督を継承する可能性は十分にあるし、そうなった場合は古本屋で自堕落に過ごすことなんて出来なくなる。活動の拠点も変わるだろうし、一之瀬さんの懸念の通り、会える機会は激減してしまうだろう。でも、それは別に永久的なお別れを意味するわけではない。

 

「最近、ずっと悩んでたんだ。二人と一緒にいるのが当たり前になっていたから、心のどこかで高校でも一緒、なんて考えてたのかも」

 

「帆波さんは、高育を志望しているのでは?」

 

無言で見守っていた飛鳥馬が問いかける。いつの間にか名前で呼び合う関係に変わったのか。俺の知らないところで、飛鳥馬はどんどん一之瀬さんとの関係を深化させている。名前呼び、普通に羨ましいんだけど…。

 

「…うん。その気持ちは今も変わってないよ。でも別の学校への進学も考えてる。勉強を頑張って特待生になれば、あとは私がバイトをすれば学費も払えるし」

 

どうやら一之瀬さんは本気で考えているらしい。今も自分で調べた高校の推奨学金関連の資料を見せて、月にいくらバイトで稼げば良いかなんてプレゼンを披露してくれている。その必死な姿を見れば、彼女が如何に俺達三人のグループを崩したくないのかが分かる。

 

でも高校の進学か。正直適当な通信制で済ませて、好き勝手に過ごす時間を確保しようと思っていたんだが。でもよく考えれば飛鳥馬にも確認を取っていないし、彼女も役目のことを思えば俺と同じ進学先に合わせることになるだろう。

 

その事を承知している飛鳥馬は、ずっと俺の方を見ている。その視線には懇願の色が含まれていて、ホワイトルームにいた頃と比べて彼女の情操面の成長を感じる。

 

「別に、俺は高育を目指すのも吝かじゃないよ。一之瀬さんや飛鳥馬と一緒の学校生活は、なんだかんだ楽しそうだし」

 

一之瀬さんのプレゼンが途切れたわずかな隙に意見を表明する。飛鳥馬の表情はパァっと明るくなり、一之瀬さんの顔には驚愕の色が灯る。

 

「えっ、でも伊吹くん学校嫌いなんじゃないの?!」

 

はて。俺は学校が嫌いだっただろうか?そこまで考え、そういえば自分が不登校であったことを思い出した。言われてみれば、今だって三人での学校生活をおくる手段はあったな。

 

「別に?行かないのが当たり前になっていたから、今まで特に進学について意識することがなかっただけだよ。一之瀬さんや飛鳥馬と高育を目指すのも、俺にとっては特に問題ないかな」

 

飛鳥馬の確認は取らなかったが、俺の宣言後すぐ一之瀬さんと抱き合っているので問題ないだろう。

 

「…トキちゃんも、一緒に高育を目指してくれる?」

 

「はいっ、もちろんです!」

 

なんか俺を除け者にして二人の世界を作ってらっしゃる。今も二人は目尻に涙を溜め、互いに力強く抱きしめ合っている。え、何この疎外感…。

 

だが進学をするなら、一応学校には通っておくべきか。今から内申点が稼げるわけもないが、公的には留学やら何やらで学校に通っていない設定にされてたし、試験の内容次第で入学できる可能性もなくはないだろう。

 

 

 

 

 

 

高育への進学を決めてから、俺は約二年ぶりに中学の敷居を跨いだ。あの頃と特に変化はないが、周囲の視線は集まってくる。時期は一月の中旬だが、見覚えのない生徒がいれば多少の注目も仕方がないかもしれない。それに、今は飛鳥馬と一之瀬さんの三人で通学中だし。俺個人というより、なんか二人と通学してる奴がいるって意味での注目だろうな。

 

特に一之瀬さんは普段から良き先輩なのか、後輩達からの挨拶を何度も受けている。飛鳥馬も当然同様だが、やっぱり一之瀬さんの社交さには一歩及ばないらしい。

 

久しぶりに教室に入ると、クラスの視線が突き刺さった。誰も俺がくることを想定していなかったのか、小声で驚きの声がクラスの各所から聞こえてくる。また担任も同様だったのか、登校後数分で廊下から駆け足が聞こえた。その駆け足は担任のもので、彼は俺の復帰を歓迎してくれた。

 

席は以前の左隅の席の一個前。つまり飛鳥馬の前で、一之瀬さんの左斜め前の席である。以前の俺の席は飛鳥馬のものとなっている。

 

こうして俺の学生生活が始まった。存外、一之瀬さんや飛鳥馬と過ごす学び舎は心地がいい。やっぱりこれなら、高育で一緒になるのもアリだなと再確認させてくれる。

 

それに古本屋では見れない、学校での二人の様子なども見られて新鮮だった。飛鳥馬も同級生と問題なくコミュニケーションを取れているし、避け続けた学校も存外悪くないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

最近、お爺様が露骨に雪と俺を関わらせようとしてくる。正式に義理の兄妹になった俺達だが、口数は身内になる以前よりも少ない。

 

綾小路に拒絶されてからの雪は、言葉を選ばなければ腑抜けの木偶の坊になっていた。正直今の彼女を囲っても、支払う対価の一割も返ってくるとは思えない。元ホワイトルーム生として普通の同年代と比べれば進んでいるが、その差も停滞し、心の摩耗と共に徐々に弱体化していく。最後は追い抜かれるのが定めだろう。

 

ポテンシャルと身に付けたモノだけならば、今の雪でも並みの大人にも負ける事はない。知識や対人戦を想定しても、その結果は変わらないだろう。だが雪にはその能力を活かす気力が致命的にない。今のままでは腐っていくしかない。

 

当初はお爺様がそうしたホワイトルーム生のポテンシャルを惜しんでいるのかと思ったが、どうやら雪に関しては純粋に心配しているらしい。直系の孫の俺と同等か、俺以上に雪を気に掛けている。その点に関して特に不満はないが、そこまで雪に入れ込むのは意外なものだった。

 

そして俺達が高育への進学を決め、中学に通い始めて数ヶ月が経過した頃だった。中学三年の春。雪が俺達の中学に転校してきた。

 

何も聞いていなかったが、雪は会っていない数週間の間に大きく変化していた。彼女の目に気力が宿っていたのだ。きっかけは知らないが、どうやらお爺様は雪の惨状を改善する術を発見したらしい。自己紹介でも俺の妹を名乗り、一之瀬さんが驚いて叫んでしまうハプニングなんかもあった。

 

「お兄様、お願いしますね?」

 

短期間で呼び方が維盛くんからお兄様に変化している。お爺様の入れ知恵なのか、それとも伊吹家の人間としての教育の過程で定着した呼び方なのか。雪本人は自然に呼んでいるが、俺にとっては違和感が勝ってしまう。そのまま雪の席も決まり、いつもより少し騒がしい授業が始まった。

 

だが昼休みになると、俺は目線で雪から呼び出しを受けた。いつも一緒にいる二人に断りを入れ、俺達は人通りの少ない校舎の外れの廊下まで移動した。

 

「驚いた?」

 

目的地に到着後、俺と向かい合った雪が悪戯っぽく言う。

 

「入学もそうだけど、そこまで戻ったんだ」

 

今の雪からは以前の精神疾患の気配は感じられない。むしろ、どこか凄味を感じるほど、彼女は劇的に変化していた。

 

「まぁ、うん。その辺はちょっと頑張ったよ」

 

詳細を教える気はないのか、特に何かを語ることもなかった。そして当たり障りのない世間話が続く中、満を持して雪はお爺様から預かった伝言を俺に伝えた。

 

「…高育に進学しろって?」

 

内容は、俺の進学先についてだった。しかもこの間進学を決めたばかりの高度育成高等学校への入学だ。なぜ雪を通しての通達なのか、正直お爺様の意図を図りかねる。

 

「私もいく予定だし、よろしくね維盛くん」

 

「二人の時はお兄様じゃないんだ?」

 

ちょっとお兄様って呼び方好きだったんだけどな。

 

「あれ、そっちの方が好かった?」

 

揶揄うように俺の顔を下から覗き込む我が義妹。本当、この前までの腑抜けぶりが嘘みたいだな。

 

「別に、好きな方でいいよ」

 

「じゃあ、維盛くんで」

 

結局二人の時のお兄様呼びは立ち消えた。あれ、飛鳥馬の前ではどうなるんだろうか?ちょっと興味あるな。それに二人でいる時の名前呼び、そして他人の前でのお兄様呼び。どちらも体験できて結構美味しいかもしれない。

 

一緒の進学先になる理由や、彼女に関するお爺様の動きは何も認知していない。だが、結局のところ現在の当主はお爺様だし、どんな決定であっても当面の俺は従うしかない。なので深く考えず、義妹と同じ学校に通うことになったとだけ考えればいいだろう。

 

意外なことの連発だったが、結局俺が高育に進学することは変わらない。他校への進学を命じられたわけでもないし、特に俺が反発する意味もない。なのでここは素直に従う。

 

「じゃあ、よろしく」

 

教室に戻る前、なんとなく俺は雪に握手を求めた。彼女は特に嫌がることもなく、そのまま俺の手を握り返す。

 

「うん、こちらこそね」

 

こうして奇妙な俺と雪の関係は始まった。元同期の、本当の意味での義兄妹としての関係が。

 

 

 

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