ようこそ維盛さんのいる教室へ 作:維盛さん
雪の転校や入学先の指定など、予想外な出来事はいくつかあった。しかしそれ以外は概ね平穏な日常をおくっていると思う。雪も上手くクラスに溶け込み、今では俺よりもクラスに馴染んでしまっているとさえ言える。
一之瀬さんには妹がいたことも含め質問責めにあったが、彼女にはそのまま義理の妹であることを伝えた。流石の飛鳥馬も雪の養子の件は把握していなかったらしく、彼女も一之瀬さんと一緒になって驚いていた。流石に質問責めには遭わなかったが。
雪は普段古本屋にはおらず、お爺様が用意した別の家から通っているらしい。そこでメンタルケアや護衛なども兼ねた専属のメディカルチームがつけられている。おかしいな、直系の俺より手厚い体制だ。俺なんて最近、山崎の新しい彼女の惚気を聞かされてばっかなのに。
やはり娘の方が可愛いのか?思えば一之瀬さんや飛鳥馬も俺と同等以上の待遇だな。ここまで来ると単なるお爺様の趣味の可能性もあるのか?…いかんぞ、これ以上は俺の人生にも悪影響を及ぼしかねない。余計な想像をしてたら噦きそうになったので、早急に思考を打ち切る。
一之瀬さんはクラスでは積極的に雪に関わるようになっている。俺の義妹であることを抜きにしても、早くクラスに馴染んでもらうために奔走してくれた。その名残なのか、クラスに馴染んで以降も雪は一之瀬さんと距離を詰めている。一之瀬さんも大歓迎なのか、二人は瞬く間に仲良くなった。一之瀬さんの純粋な善性を雪が感じ取ったらしい。
反対に飛鳥馬とは可もなく不可もなくといった塩梅。会えば普通に喋るが、会話が弾んでいる場面を見たことはない。お互いの過去を知る者同士、どう関わったらいいか掴み切れていない感じがする。私生活でも飛鳥馬は雪に対し最低限の礼を取っているが、俺の専属であることを理由に必要以上に謙ることもない。
雪もそれを承知しているのか、特に飛鳥馬に深く関わることもない。極論、互いに無関心を決め込んでいる。考えてみると、飛鳥馬は雪と面会をしても特に変化がなかったな。俺も大きくは変わらなかったが、義妹になってしまったからには、少しは打ち解ける努力をするべきだと考えている。
正直雪に対しては水泳と綾小路大好き娘の印象しかないし、今もその印象は特に変わっていない。なんせ雪が心を病んで俺の義妹になったのは、ほかでもない綾小路からの拒絶が原因なのだから。大方脱落者に興味がないって感じだったんだろうけど、推察通りなら俺の知る同期が特に変化していないことが分かる。まじで機械って感じ。
しかしホワイトルームが停止になったのであれば、綾小路もカリキュラムのない暇な時間を過ごしている可能性があるのか。純粋に、俺と飛鳥馬も脱落者認定されているのか興味があるので、どこかであいつと再会するのも面白いかもしれない。
一三歳時点までのカリキュラムは問題なく熟せていたので、綾小路視点では不可解な脱落になっているかもしれない。それか普通に父親から説明を受けているか。でもそれだと少し味気ないので、出来れば何も把握していないといいなぁ。
そういえば、坂柳さんは俺の過去を知っていたが、もしかして綾小路のことも知っているのでは?仮に、前に感じた彼女の強い感情を向ける相手が綾小路なら、割とまじで結構羨ましい。そしてそれを心では一切寄せ付けずに利用、研究する綾小路の図が容易に想像できる。おかしい、無性に綾小路に対して殺意が湧いてきたぞ?憶測なのに言われたい放題で可哀想だな綾小路。
でも綾小路の父親は少々好かないので、出来れば彼と顔を合わせない場所で再会したい。あのおっさんなら伊吹家の資金を自派閥やホワイトルームの運営に流用しても驚かん。てか俺の実父が多額の資金提供を既にしていたし。お爺様の死後、かつての信者の息子の俺を使い潰す可能性は十分にある。死ねばいいのに。
おっと、憶測で綾小路親子に殺意を向けるのはよくないな。俺も唐突に知らない輩に殺意を向けられたらムカつくし、他人にされたら嫌なことをしないのは人としての基本。今度綾小路息子の方には謝罪しよう。父親の方?どうせ九割は想像通りだから不要でしょ。
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さて、俺は先日お爺様から高度育成高等学校の詳細を内密に伝えられた。その詳細は入学のシステムや、クラス間の闘争といった特殊なシステム。なぜ俺に説明するのか意図を図りかねたが、お爺様は自分も設立に噛んでいる高育についてよく知っているらしい。
てか伊吹家って変な家だな。ホワイトルームに資金提供をしたり、高育の設立に絡んだり。俺の記憶が正しければ、高育はホワイトルームの責任者である綾小路と対立する鬼島氏の勢力圏だったはず。ここまで行くと何に関わっていても驚かないが、余計な恨みを各所から買っていそうで辟易とする。だって当主になったら恨みをぶつけられるの俺じゃん。
分家の動きも正直判然としないし、歴史的観点から強烈な上下関係はあっても、現代で明確な主従関係が結ばれている分家は少ない。流石に平安時代から続く名門にもなると、分家や付き合いの数も相応に増えていく。お爺様はそれを利用しているに過ぎないんだろうけど、後釜の俺にとっては把握していない事が多過ぎて頭痛の種でしかない。まじで影武者欲しい。
また卒業特典はAクラスの生徒のみとの情報も知らされたが、正直こっちに関しては特に意外な点はない。入学者の選定基準を聞いても、一六〇人全員が即戦力になるわけもないし。しかしそうなると一之瀬さんや飛鳥馬と別クラスに配属されると、望んでいる三人での学校生活は送れないかもしれないのか…。この点があまりにも面倒だ。
それに完全に復調した雪も入学するし、別クラスに配属されて何かの間違いでガチンコバトルにでもなれば洒落にならん。あの娘、最近伊吹家の持つ施設で再教育プログラムを受講している。日に日に大きくなっていく気配を感じながら通学するのは、結構愉快なものではある。しかし高育のシステム内で敵に回られたら厄介だ。
おまけに下手なことをすると、お爺様が俺よりも雪に加担する可能性だってあるのだ。まじでめんどくせぇな義妹関連の話。とりあえず雪は同じクラスになるよう、お爺様に遠回しにお願いしておいた。当のお爺様は目的を果たしたのか、憎らしいくらい満面の笑みである。いつか殺すぞジジイ。
お爺様の憎たらしい笑顔で不満が爆発したので、とりあえず一時的に記憶を封印しておく。…にしても便利な技術だなこれ。
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時は一気に飛んで、高育の入学試験が終わった。とりあえず一之瀬さんは間違いなくAクラスに配属されるので、俺も試験結果でAクラス相当だと示すため全教科で満点をとった。飛鳥馬にも学校の仕組みについて説明したので、一之瀬さんと同じクラスになるために試験で手を抜いていないだろう。
雪に関してはお爺様が介入して俺と同じクラスになるので、俺が独力でAクラスに入れれば問題はない。え、お爺様の介入で俺もAクラスを確定させたらいいのに?今あの笑顔を見ると記憶の封印が不可避なので却下。なので独力でAクラスに配属されるよう努力をするしかない。
とりあえず面接でも記憶を封印したくなるほど真面目*1に取り組み、試験官から好印象を受けたのは間違いない。あとそもそも俺と飛鳥馬が入学できるのか不明だったが、お爺様が調べたところ新しく追加された入学者の一覧に俺達の名前もあったとか。一之瀬さんも当然あった。
もう受験自体は終わってしまったので、後はお祈るの時間である。入学は確定しているが、クラス分けは未だ不明。このクラス分けは文字通り運命に委ねるしかないが、違うクラスに入ってしまった場合の労力がバカにならないので勘弁して欲しい。切実に一之瀬さん、飛鳥馬と同じクラスがいい。
試験が終わって日常が戻っても、俺と飛鳥馬は試験前よりも緊張する日々を過ごしている。一之瀬さんはそんな俺達を心配し頻りに励ましてくれる。まじ天使。
でも中学三年になってから、急激に成長した一之瀬さんの母性は目に毒である。よく飛鳥馬がふざけて揉んでいるが、その際は鉄仮面の彼女も表情筋が緩む。派手に強力な大量破壊兵器を手に入れた一之瀬さんは、今や文字通り無敵の少女である。だが飛鳥馬よ、一之瀬さんの胸部装甲を自慢げに弄って俺を挑発するな。多分お前のせいで、その母性もっと強まるぞ。
※
流石に三年もほぼ毎日会えば、関係性は家族並みになる。そのため互いに色んな側面を曝け出すのだが、それはお互いに幻滅する事がないと確信できる信頼関係の上で成り立っている。冷静に考えれば、情操教育が死滅しているホワイトルームで、一三年育った俺と飛鳥馬をここまで変えた一之瀬さんってヤバいのでは?
そして、そこで最初に感情を宿した雪もどんなバグなんだよ。
飛鳥馬もいつの間にか真顔でダブルピースする「おもしれー女」枠に成長しているし、ホワイトルームのイカれた教育でも無事に個性的に育った同期に涙が止まらない。俺?俺も任意で自分の記憶を封印できるので、ある程度愉快な属性を持っていると思う。自画自賛ではないぞ。
それと入学が高育への入学が確定したので、母さんに会いに行った。あの後一之瀬さんなどの励ましを受け、自分なりに向き合った結果、母さんと呼ぶことを決めた。
今も順調に快復しているし、俺が卒業する頃には退院して普通に生活できる見込みらしい。母さん、そう呼ぶようになってからはほぼ毎日病院に顔を出すようになった。今は曲がりなりにも親子ができていると思う。付き添ってくれる飛鳥馬も母さんと仲が良くなっているし、正直会えなくなるのは寂しくはある。
高育に進学したいと伝えた時も、母さんは笑顔で賛成してくれた。俺と会うためにホワイトルームから連れ出したのに、また三年間会えなくなることに不満を一切漏らさなかった。病院で一人で心細いはずなのに、合格通知が来た際も俺以上に喜んでくれた。その事実がたまらなく嬉しくて、在学中に会えない事を俺が悲しむ、なんて逆転現象がいつの間にか起こっている。
ホワイトルームにいた頃には想像できなかった日常が俺を取り囲み、未だに自分の見ている幻覚の可能性を捨てきれない。それほどに幸せで溢れた生活をもらった。そのきっかけをくれた母さんやお爺様には特に感謝している。
だが、ふとそこでホワイトルームの面々を思い出す。俺も同じように施設に閉じ込められて育ち、人の温もりなんて知らない生活を送った。綾小路だってそうだし、雪、飛鳥馬もそうだ。俺の後の世代のホワイトルーム生だっているし、先の世代の脱落者も既に数百人以上存在している。
以前に雪を引き取る際、その意義や価値があるのかを疑問視していた。しかし今では、そんな考えは一切浮かばない。むしろ真逆で、雪には人としての幸せを享受して欲しいと切実に願っている。そして、それは同胞とも呼べるホワイトルーム生も同じだ。
最近は俺自身もすっかり綾小路を含む同期を思い出す機会が増えた。元気にしているだろうか、かつての雪のようにPTSDを患っていないだろうか、何か助けになれないか、そんな風に考えてしまう。会ったこともない、存在も確信できない後輩のことを考えることも珍しくない。俺も結構人間らしくなってきたな、そんな確信を最近持つようになった。
同時に、伊吹家の当主になった際の夢が一つできた。絶対に俺が生涯を賭して成し遂げるべき、そんな夢が。
かつての俺が思い描いた、理想の古本屋籠りのニート生活とは無縁のものになるが、これを実現出来れば畳の上で笑って死ねる気がする。
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