ある日のトリニティ総合学園、ティーパーティ室。
穏やかな紅茶の香りが広がる中、
桐藤ナギサ、聖園ミカ、百合園セイア、そしてナギサの補佐官である男子生徒◻️◻️が、テーブルを囲んでいた。
皿の上には、丁寧に焼かれたクッキーが整然と並んでいる。
「今日のクッキーは、よく焼けていますね」
ナギサが落ち着いた声で言い、紅茶に口をつける。
「でしょ?あ、これも食べてみてよ」
ミカが差し出したのは、少し色の濃いクッキーだった。
「ピーナッツ入り。香ばしくておいしいよ」
その言葉に、◻️◻️の手がわずかに止まる。
ほんの一瞬の沈黙。
「……申し訳ありません。それは遠慮させてください」
「あれ、苦手?」
「ええ。重度のアレルギーがあるため、摂取できません」
静かだが、はっきりとした口調だった。
「へえ、そんなに?」
ミカは軽く驚いたように目を丸くするが、すぐに頷く。
「そっか。じゃあ無理しないで」
「ありがとうございます」
それ以上は踏み込まれず、会話は自然に戻る。
穏やかな時間が、そのまま過ぎていった。
⸻
放課後。
人気のない教室。
◻️◻️は、ティーパーティのモブ生徒たちに囲まれていた。
「補佐官さん、少しいい?」
逃げ場はない距離。
「ナギサ様の隣にいるの、正直どうかと思うのよね」
「分を弁えてほしいの」
突き飛ばされ、床に倒れる。
もともと体格に恵まれているわけでもなく、力も強くない。
複数人に囲まれた時点で、抵抗できる余地はほとんどなかった。
「やめてください……!」
声は弱く、届かない。
次の瞬間、容赦なく蹴りが入る。
腹部、脇、背中。
靴先が何度も叩きつけられる。
「っ……!」
息が詰まる。
防ごうとして腕を上げても、力が足りない。
「ほんと弱いね」
「それでよく補佐官なんてやってるよね」
笑い声とともに、さらに蹴られる。
床に押しつけられ、身を丸めることしかできない。
その中で、一人の生徒がポケットから袋を取り出した。
「そういえばさ」
軽く振る。
「ピーナッツ、ダメなんだって?」
◻️◻️の顔色が一気に変わる。
「やめろ……それは本当に危険で——」
言い終える前に、顔を押さえつけられる。
「大げさなんじゃないの?」
「少しくらい平気でしょ」
抵抗する力は、もう残っていない。
無理やり口をこじ開けられる。
砕いたピーナッツが押し込まれる。
「——っ!」
その瞬間、体が激しく反応した。
喉が閉じる。
空気が入らない。
「……っ、ぐ……!」
全身が震える。
目が見開かれ、焦点が定まらない。
「ちょっと、顔色……」
誰かの声が揺らぐ。
口元から、白い泡が溢れ出す。
「え……?」
呼吸が乱れ、途切れる。
喉をかきむしるが、空気は入らない。
やがて——
力が抜けるように崩れ落ちる。
そのまま、動かなくなった。
「……うそ」
誰かが後ずさる。
「ねえ、起きてよ……」
反応はない。
静まり返った教室に、不安が広がる。
「……死んでる……?」
その一言で、全員の顔が凍りつく。
「に、逃げるよ!!」
恐怖に駆られ、生徒たちは教室を飛び出した。
⸻
しばらくして、ティーパーティ室。
扉が慌ただしく開かれる。
「失礼します……!」
息を切らした生徒が、青ざめた顔で立っていた。
ナギサが静かに視線を向ける。
「何があったのですか」
「……◻️◻️さんが、教室で……」
声が震える。
「亡くなっていました……」
その言葉で、空気が止まる。
ナギサはしばらく沈黙し、ゆっくりと目を伏せた。
「……状況を、詳しく」
報告が続く。
暴行、そして——ピーナッツを無理やり食べさせたこと。
すべてを聞き終えたあと、ナギサは静かに息を吐いた。
「……重度のアレルギーがあると、本人が明言していたはずです」
低く抑えた声。
「それを理解した上で、強要したのですか」
誰も答えない。
「結果として、命を落とした」
机に手を叩きつける。
鋭い音が響く。
「——ふざけないでください」
怒りが滲む。
「それがどれだけ危険な行為か、分からなかったとは言わせません」
呼吸がわずかに乱れる。
「毒物を口に入れるのと同じです」
はっきりと言い切る。
「命を、何だと思っているのですか」
静かな声が、重く落ちる。
「関与した者は、全員特定してください」
間を置く。
「一人も逃がしません」
ゆっくりと顔を上げる。
その瞳には、抑えきれない怒りと、深い喪失が宿っていた。
「必ず、責任を取らせます」