ノアって羨ましい能力してるよね
ミレニアムサイエンススクールを出たあと、
生塩ノアは少しだけ足を速めていた。
端末には、自分で送ったメッセージが残っている。
――迎えに行きますね♪
普段より、ほんの少しだけ柔らかい言葉。
それを送ったときの指の動きや、送信後に感じたわずかな静けさまで、ノアははっきり覚えている。
「……もうすぐですね」
小さく呟き、視線を上げる。
目的のビルはすぐ目の前にあった。先輩が作業しているはずの場所。
その正面に立った、次の瞬間だった。
閃光。
「……え?」
理解が追いつく前に、爆音が叩きつけられる。
空気が押し出され、鼓膜が震える。ガラスが砕け、破片が雨のように降り注いだ。
ノアは足を止める。
反射的に、視線だけが上へ向いた。
割れた高層階の窓。
そこから黒煙が噴き出している。
その中から――何かが外へ弾き出された。
「……っ」
最初は影にしか見えなかった。
だが、それが回転するにつれて輪郭を持つ。
見覚えのある制服。
見覚えのある体格。
「……先輩」
理解してしまう。
落ちてくる。
わずかに回転しながら、まっすぐこちらへ。
距離が急速に縮まる。
時間が引き延ばされたように、すべてが遅く感じられた。
風を切る音。軌道。角度。
そのすべてが、はっきりと目に映る。
「……あ」
声にならない声が漏れた。
体は動かない。
避けることも、駆け寄ることもできない。
ただ見ている。
見続けている。
そして――目の前に落ちてきた。
鈍い音。
足元に伝わる衝撃。
ほんの数メートル先。
さっきまで会うはずだった人が、そこにいる。
動かない。
「……先輩」
震える声で呼ぶ。
返事はない。
分かっている。
それでも、視線を外すことができない。
形も、色も、距離も。
すべてが焼き付くように刻まれていく。
「……そんな」
頭の中で、同じ光景が繰り返される。
爆発。閃光。落下。
何度も、何度も。
「……やめて」
小さく呟く。
だが、止まらない。
ノアは一度見たものを忘れられない。
だからこの瞬間も、消えることはない。
目の前の現実と、頭の中の映像が重なる。
どちらも同じ鮮明さで、そこにあり続ける。
やがて周囲が騒がしくなっていく。
悲鳴、足音、混乱した声。
それでもノアは動けない。
ただその場に立ち尽くす。
「……迎えに来たのに」
ぽつりと零れた言葉さえ、はっきりと記録される。
その日から、ノアの中でこの光景は終わらなくなった。
ビルを見上げるたびに。
大きな音を聞くたびに。
あの瞬間が重なる。
爆発の直後、落ちてくる影。
目の前で止まった、あの光景。
何度でも、繰り返される。
「……覚えてる」
小さく呟く。
忘れられない。
忘れたくても、できない。
それが自分だから。
だから――
先輩は、ノアの中でずっと落ち続ける。
あの爆発の瞬間から。
目の前に届く、その瞬間まで。
永遠に。
マダオ753さんリクエストありがとうございました。