ミレニアムのセミナーの教室は、今日も静かだった。
規則的に並ぶ端末。
途切れない通知音。
その中で、ユウカは淡々と作業を進めていた。
「この件は確認済み。こちらで処理します」
無駄のない指示。
正確な判断。
そして──
「◻️◻️」
名前を呼ばれる。
呼ばれた◻️◻️は、すぐに顔を上げた。
「はい」
少しだけ疲れのにじむ声。
ユウカは気づかないまま、資料を差し出す。
「この業務、お願いできる?」
それは、決して軽くない量の仕事だった。
けれどユウカは、それを“任せられる人”として◻️◻️を見ている。
信頼している。
ただそれだけ。
「すぐに対応が必要なの。私はこれからシャーレへ向かうから」
その一言に、◻️◻️の表情がわずかに動く。
「先生のところに……?」
「はい」
ユウカは迷わない。
それは仕事として、必要な判断だった。
その間に、◻️◻️は資料を受け取る。
断る理由はない。
(やるしかない)
そう思うしかなかった。
「分かりました。対応します」
「ありがとう」
短いやり取り。
ユウカはすぐに背を向ける。
その背中は、迷いなくシャーレへと向かっていった。
⸻
ノアは、そのやり取りを少し離れた場所から見ていた。
何も言わない。
ただ、視線だけが静かに動く。
(……またですか)
ユウカは、◻️◻️の状態に気づいていない。
それどころか、必要な戦力として扱っている。
◻️◻️のほうも、それを拒まない。
むしろ──
受け入れてしまう。
⸻
セミナーの端末の前。
◻️◻️は一人、作業を続けていた。
画面に並ぶタスク。
終わる気配はない。
ノアが近づく。
「……◻️◻️さん」
声に気づいて、顔を上げる。
「その作業、見た限りでもかなりの量です。少し調整すべきでは?」
穏やかな口調。
だが、その中には明確な警告があった。
◻️◻️は視線を逸らさない。
「大丈夫だ」
即答だった。
ノアは眉をわずかに寄せる。
「“大丈夫”ではありません」
「終わらせないと意味がない」
◻️◻️の言葉は強い。
しかし、その奥には焦りのようなものがあった。
ノアは一度、言葉を飲み込む。
それから、静かに言う。
「その状態で続けることが、最善とは思えません」
「それでもやる」
短い言葉。
会話はそこで止まる。
ノアは、それ以上踏み込まない。
無理に止めても、変わらないことを理解していた。
代わりに、静かに一歩引く。
「……分かりました」
その声には、わずかな諦めが混じっていた。
「ですが、無理を続けるのはおすすめしません」
◻️◻️は答えない。
すでに、画面へ視線は戻っている。
ノアはそれを見て、何も言わずその場を離れた。
⸻
シャーレ。
ユウカは先生の前で、淡々と話を進めていた。
業務の報告。調整の依頼。
いつも通りの会話。
「……最近、セミナーの負担が少し偏っている気がして」
そう言いながらも、ユウカの表情に深刻さはない。
あくまで、業務の効率の問題として捉えている。
「でも、彼なら大丈夫だと思っています」
そう言って、ユウカは微かに頷く。
信頼。
それがすべてだった。
◻️◻️がどれほど無理をしているか。
その深さには、まだ届いていない。
⸻
その日の夜
セミナー室の端末の光の下で。
「やっと、終わった」
普通であれば既に帰っている時間。だか、
(ユウカの役に立てるなら、それでいい。)
その思いで、仕事を続けていた。
時間を確認する。
「今日も、帰れそうにないな」
そう呟くと、机の中の睡眠薬に手を伸ばした。
蓋を開け、口に含む。
大量の仕事の影響で、これがなくては眠れなくなってしまった。
いつもであれば、飲んだ瞬間に心地よい眠気に誘われるもの。しかし、
「………がぁっ?!」
頭が割れるほどの痛みに襲われる。
椅子から転がり落ち、頭を抑え、疼くまる。
「………ユウ、カ」
それが彼の遺言になった。
⸻
次の日
「………◻️◻️が死んだ…?」
そんな事をノアに告げられる。
「ちょっとノア!冗談にしても不謹慎す…ぎ…」
ノアのいつもとは違う冷たい視線に、ユウカの言葉は勢いを無くす。
「…本当なの……?」
否定して欲しい、そんな願いが込められた一言は、
「はい」
肯定されてしまった。
「……っ一体なんで!」
その言葉に怒気が帯びている。それに対してノアは、
「業務量過多による睡眠障害、それによる睡眠薬の過剰摂取です」
淡々と死因を並べる。
それを聞いたユウカは、
「………ぁ」
気づいた。否、気づいてしまった。
自分が、◻️◻️に任せていた仕事が原因だと、つまり、自分が殺したと言う事を。
「そんな…つもりじゃ………」
「だからなんですか」
「ユウカちゃんが、◻️◻️さんを殺したんです」
そこには、静かだが、激しい怒りがあった。
「金輪際、私にプライベートで話しかけないでください」
そう言い切ると、ノアはユウカの近くから離れていった。
⸻
数日後、ユウカは家にいた
◻️◻️がユウカのせいで死んだ事が知られ、陰口を言われるようになり、親友のノアからも拒絶された事で、心を壊してしまった。
そこにあるのは、かつてのセミナー会計であった早瀬ユウカではなく、ただ「ごめんなさい」と呟き続ける、少女であった。