最初は、ただのいつもの時間だった。
「……ポテトチップス、切れてますね」
部屋の隅で、当たり前のようにそう呟くのは
飛鳥馬トキ。
「いや、まずなんでいんだよ」
呆れたように返す。
けれどトキは気にした様子もなく、
「あと、コーラもありません」
と、淡々と続けた。
ベッドに座り込み、勝手知ったる様子でリモコンを操作する姿は、まるでこの部屋の住人のようだった。
「……自分で行けよ」
そう言ってみるが、
「◻️◻️さんが行った方が早いです」
あっさりと言い切られる。
相変わらずだな、と思いながらも、結局断れない。
「はいはい、行ってくるよ」
財布とスマホをポケットに入れ、玄関へ向かう。
「……早くお願いします」
その一言に苦笑しながら、軽く手を振った。
――それが、最後だった。
⸻
外に出て、数分もしないうちに異変が起きた。
遠くで、爆ぜるような音。
次いで、悲鳴と怒号。
「……なんだ?」
足を止めた瞬間、複数の人影が駆け抜ける。
ただならない気配。
暴動――そう呼ぶしかない混乱が広がっていた。
怒声。
衝突音。
逃げ惑う人々。
理解が追いつく前に、状況は一気に崩れる。
「っ、やば――」
言葉は最後まで続かなかった。
乾いた音が、空気を裂く。
視界が揺れ、地面が近づく。
手に持っていた財布とスマホが、力なく滑り落ちる。
――まだ、何も買えていない。
そんな、どうでもいいことが頭をよぎって。
そこで、すべてが途切れた。
⸻
どれくらい時間が経ったのか。
トキは、部屋で待っていた。
「……遅いですね」
わずかな苛立ち。
けれど、それ以上に拭えない違和感。
「……少し、遅すぎます」
理由もなく、胸がざわつく。
ソファから立ち上がり、静かに部屋を出た。
⸻
外は、騒然としていた。
煙の匂い。
焦げた空気。
そして、人だかり。
「……何があったんですか」
無機質に呟きながら、人混みをかき分ける。
その先にあったものを見て――
足が止まった。
倒れている、一人の男子生徒。
見慣れた服。
見慣れた顔。
見慣れていたはずの、その存在。
「……◻️◻️さん?」
呼びかける。
返事はない。
もう一度。
「……◻️◻️さん」
近づく。
しゃがみ込む。
触れる。
冷たい。
「あ……」
理解が、遅れて押し寄せる。
どうすればいいのか分からない。
どんな顔をすればいいのかも分からない。
ただ――
もう、返ってこないという事実だけが、はっきりしていた。
「……起きてください」
声が震える。
「ポテトチップス……頼みましたよね」
沈黙。
「コーラも……」
何も変わらない。
「……早く、戻ってきてください」
その言葉は、届かない。
胸の奥で、何かが崩れる。
無意識だった。
気づいていなかった。
当たり前のように、そこにいて。
当たり前のように、頼っていて。
当たり前のように、これからも続くと思っていた。
それが、全部――
「――っ、あ……」
息が詰まる。
次の瞬間。
「――っ、あああああああああああああああああああああああああああ!!」
絶叫が、空気を引き裂いた。
押し殺すこともできず、形にもならない感情が一気に溢れ出す。
何を失ったのか。
どれだけ失ったのか。
理解した瞬間、止めることなんてできなかった。
トキはただ、動かなくなった彼の前で――
泣くことも、笑うこともできずに、
壊れたように叫び続けていた。
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