昼休みの終わり。
廊下はもう静かで、人の気配もまばらだった。
ユズはうつむいたまま、足早に歩いていた。
(はやく……戻らないと……)
誰とも目を合わせないように、ただ自分のロッカーだけを見て。
その前で、ぴたりと足が止まる。
「……あ……」
扉が、少しだけ開いていた。
ほんのわずか。けれど、確かに閉まりきっていない。
(……なんで……)
胸の奥がざわつく。理由は分からない。
ただ、嫌な感じだけが、じわじわと広がっていく。
「……」
声は出ない。
周りを見ても、誰もいない。
余計に、その“違和感”だけが浮き上がる。
恐る恐る、手を伸ばす。
指先が震えているのが、自分でも分かる。
ガチャ――
開けた、その瞬間。
「ひっ――!?」
中から、何かが崩れるように倒れてきた。
重い。勢いがある。
避けることもできず、ユズの身体に直撃する。
「きゃっ……!」
そのまま押し倒されるように、床に叩きつけられる。
背中に衝撃。息が詰まる。
「ぅ……ぁ……っ」
何が起きたのか分からない。
ただ、上に何かが乗っている。
重い。動けない。
恐る恐る、目を開ける。
そこにあったのは――人の顔。
「……え……」
近い。
近すぎる。
息が触れそうなほどの距離。
身体も完全に重なっている。
「◻️◻️……?」
見覚えのある顔。
友達の顔。
思考が、一瞬止まる。
(な、なんで……こんな……)
頭が追いつかない。
状況が分からない。
それでも、近すぎる距離に、意識だけが変な方向へ引っ張られる。
頬が、じわりと熱くなる。
「……な、に……して……」
言葉がうまく出ない。途切れる。
「その……お、起きて……」
小さく声をかける。
返事はない。
軽く押してみる。
けれど。
――びくりとも、動かない。
「……あれ……?」
違和感。
力が抜けきっているような、重さ。
自分に寄りかかっているというより、ただ“落ちている”だけのような感覚。
「……ね……?」
恐る恐る、頬に触れる。
指先に伝わる感触。
「……つめた……」
その瞬間。
さっきまでの熱が、音を立てて引いていく。
頭の中が、真っ白になる。
「……ぁ……?」
もう一度、顔を見る。
目は開いたまま。
でも、何も見ていない。
焦点が合っていない。
瞬きもしない。
呼吸も、感じない。
「……っ」
息が止まる。
(ちが……これ……)
理解したくないのに、分かってしまう。
これは、いつもの◻️◻️じゃない。
「……や……」
喉が震える。
声が、うまく出ない。
「やだ……やだ……」
呼吸が浅くなる。
うまく吸えない。吐けない。
胸が苦しい。
「◻️◻️……おきて……」
もう一度押す。
けれど、やっぱり動かない。
重い。
逃げられない。
冷たい。
近い。
全部が一気に押し寄せてくる。
「……や……っ」
視界が揺れる。
頭がくらくらする。
「やだ……やだ……!」
言葉が崩れる。
うまく話せない。
「だ、だれか……っ」
声を出そうとする。
でも、かすれて消える。
喉が締まる。
「た、たす……け……」
息だけが漏れる。
涙が滲む。
それでも、上にいる◻️◻️は動かない。
何も言わない。
何も返さない。
「……やだ……」
震えながら、同じ言葉を繰り返す。
「やだ……やだ……やだ……」
廊下は静まり返っている。
誰も来ない。
誰も気づかない。
助けも来ない。
ただ、冷たい体に押し倒されたまま。
ユズの壊れかけた呼吸だけが、途切れ途切れに響いていた。