シャーレの扉が、叩きつけるように開いた。
「ヴァルキューレだ! 手を上げろ!」
乾いた怒号と同時に、武装した生徒たちが一斉に踏み込んでくる。
空気が一瞬で張り詰めた。
「……は?」
理解が追いつかない。
だが、猶予はなかった。
「動くな!」
腕を掴まれ、強引に背後へ回される。
抵抗しようとした瞬間、視界が揺れた。
床に押し倒される。
息が詰まる。
拘束具が叩きつけるように嵌められ、関節の自由が一つずつ奪われていく。
「◻️◻️、殺人の容疑で拘束する」
「……ふざけるな、そんなの——!」
叫びは、冷たい床に吸い込まれた。
⸻
取調室。
無機質な机と椅子。逃げ場のない空間。
向かいに座る尾白カンナは、感情を一切見せずに言う。
「弁明は」
「やってない」
即答だった。
迷いはない。だが、それは通じない。
カンナは端末を操作する。
映像が再生される。
そこには——自分がいた。
誰かを押さえ込み、抵抗を封じ、そのまま動かなくなるまで離さない姿。
「……違う」
喉が乾く。
「こんなの、偽物だ……!」
椅子が軋む。前に出ようとして、拘束に引き戻される。
「加工されてる、こんなの……!」
カンナは淡々と告げる。
「ミレニアムのヴェリタスに解析を依頼する」
その言葉に、わずかな希望が差した。
「先生に頼む! ヴェリタスなら分かるはずだ!」
⸻
数日後。
同じ部屋。
同じ机。
だが、空気だけが決定的に違っていた。
「解析結果が出た」
カンナの声は変わらない。
「映像に改変の痕跡は確認されなかった」
音が、遠くなる。
「……嘘だろ」
「ヴェリタスの総合判断だ」
否定の余地はない。
「……そんなはずない……俺じゃない……!」
拘束された手に力を込める。だが、何も変わらない。
「証拠は揃っている」
それで終わりだった。
⸻
面会が始まる。
本来なら、安全が保証されるはずの場所で——
何も守られない。
⸻
最初に現れたのは、空崎ヒナ。
扉が閉まる音が、やけに重く響く。
彼女はしばらく何も言わず、ただ見下ろしていた。
「……本当にやったの?」
低い声。
「違う、俺は——」
言い切る前に、乾いた音が響いた。
一瞬、何が起きたのか分からない。
遅れて、衝撃が身体を貫く。
「っ——!」
呼吸が止まる。
拘束具が軋み、身体が大きく揺れる。
ヒナは表情を変えない。
「……失望した」
もう一度、短い音。
避けることもできない。
「ゲヘナには来ないで」
それだけ言って、背を向けた。
残されたのは、痛みと、拒絶。
⸻
次に来たのは、早瀬ユウカ。
室内を一瞥し、小さく息を吐く。
「……非効率ね」
椅子に座る動作に無駄がない。
「ユウカ……頼む……!」
縋る声。
だが——
「データがすべてよ」
その言葉と同時に、再び音が響く。
身体が跳ねる。
今度ははっきり分かる。
何が起きているのか。
「っ……あ……!」
息がうまくできない。
「感情で覆せるなら、とっくに覆ってる」
さらに重なる衝撃。
思考が乱れる。
「ミレニアムには近づかないで」
合理的で、容赦のない切り捨て。
振り返ることなく、出ていった。
⸻
桐藤ナギサは、静かに入室した。
所作は丁寧で、落ち着いている。
だが、その目は状況を正確に捉えていた。
「……随分と荒れているのですね」
机にカップを置く。
「飲まなくても構いません」
◻️◻️はそれどころではない。
「ナギサ……俺は——」
音が響く。
身体がびくりと震える。
「……そうですか」
彼女はそれ以上触れない。
「トリニティとして、関与はできません」
淡々とした宣告。
「これ以上の接触は控えてください」
丁寧な言葉で、完全に切り離す。
⸻
小鳥遊ホシノは、扉の前で足を止めた。
目の前の光景を、理解しようとしている。
ゆっくりと中へ入る。
しばらく、何も言わない。
「……信じてたんだけどな」
その一言が、何より重い。
「ホシノ先輩……俺は……」
声がうまく出ない。
「うん」
小さく頷く。
「でもさ」
間。
「もう、わかんないや」
その瞬間——
近い距離で響く音。
これまでよりも強い衝撃。
視界が大きく揺れる。
呼吸が途切れる。
「……来ないで」
小さな声。
「アビドスに、もう来ないで」
それだけ言って、去っていった。
⸻
面会を重ねるたびに、身体は確実に壊れていった。
拘束された状態で受ける衝撃。
逃げることも、防ぐこともできない状況。
回復する時間もない。
少しずつ、確実に——
機能が失われていく。
最初は、指先。
力が入らない。
感覚が鈍い。
次に、腕。
持ち上げようとしても、動かない。
そして、足。
踏ん張ることすらできない。
「……動けよ……」
願っても、応えない。
⸻
最後に、先生が来た。
扉が開く音。
その姿を見た瞬間、残っていた力を振り絞る。
「先生……!」
「俺、やってません……!」
「信じてください……!」
それが、最後の希望だった。
沈黙。
長い沈黙。
先生は、静かに口を開く。
「……ヴェリタスの結果は確認した」
その一言で、すべてが決まる。
「証拠は否定できない」
「君は——」
わずかな間。
「生徒として扱えない」
⸻
完全な否定。
その瞬間、心の奥で何かが崩れた。
音もなく、完全に。
⸻
それから先の記憶は、曖昧だった。
ただ一つ、確かなのは——
もう、自分の身体が思うようには動かないということ。
腕も。
足も。
力を込めても、何も返ってこない。
残ったのは、意識と、
誰にも信じられなかった現実だけだった。