シャーレの執務室は、異様な静けさに包まれていた。
その静けさは、ただの無音ではない。
何かが始まる直前の、張りつめた空気。
先生の前に立っているのは、黒いスーツの男——黒服。
「結論から言いましょう」
低く、落ち着いた声。
だが、その声には一切の躊躇がない。
「例の映像は、自然なものではありません」
先生の手が、止まる。
「……どういう意味だ」
問いは短い。
だが、その奥には緊張がにじんでいる。
「“無名の司祭”による介入です」
その一言で、空気が変わる。
「対象は◻️◻️。排除を目的とした情報操作」
黒服は淡々と続ける。
「映像は精巧ですが、それだけではない」
一拍。
「視認した者の認識に干渉し、対象への悪感情を増幅させる」
先生の呼吸が、わずかに乱れる。
「……そんなものを、生徒に……」
言葉が途中で途切れる。
黒服は答えない。
代わりに、端末を差し出す。
そこに映っていたのは、解析結果。
そして、明らかに“歪んでいる”証明。
「既に外部へは公開済みです」
「……公開?」
「ええ」
淡々とした返答。
「拡散は始まっています」
その瞬間。
先生の中で、何かが崩れた。
——間違っていた。
——最初から。
自分は、守る側だったはずなのに。
「……っ」
言葉が出ない。
胸の奥が、鈍く締めつけられる。
「……私は……」
守るべきだった生徒を。
信じるべきだった存在を。
自分の手で、追い詰めた。
「……会いに行かないと」
声はかすれていたが、意思ははっきりしていた。
立ち上がる。
「今すぐ……!」
⸻
同じ頃。
ゲヘナ。
空崎ヒナは、端末に目を落としていた。
情報。
解析。
そして——証明。
「……」
視線が止まる。
息が、詰まる。
「……は……?」
理解した瞬間、体が強張る。
「……違った……?」
自分の中で積み上げてきたものが、音を立てて崩れる。
「……っ……」
吐き気にも似た感覚。
手が震える。
「……何を……」
自分は何をした。
「……」
言葉が出ない。
ただ、立ち上がる。
「……会いに行く」
その声は、震えていた。
⸻
ミレニアム。
ユウカは、画面を見つめていた。
解析結果。
整合するデータ。
それが示す“真実”。
「……そんな……」
指が動かない。
「……私……」
間違っていたのか。
それとも。
最初から、見せられていただけなのか。
思考が絡まる。
「……行かなきゃ」
立ち上がる。
だが、その動きはいつものような確信を伴っていない。
どこか、崩れている。
⸻
トリニティ。
ナギサは、静かに画面を見ていた。
やがて。
ゆっくりと、息を吐く。
「……」
言葉にならない。
だが——
理解してしまった。
「……誤っていました」
静かに認める。
その声は、これまでのどんな時よりも重い。
「……すぐに」
顔を上げる。
その表情は、わずかに揺れている。
「……会わなければなりません」
⸻
アビドス。
小鳥遊ホシノは、画面を見ていた。
「……え?」
理解が遅れてくる。
何度も、何度も見直す。
それでも。
結論は変わらない。
「……違った……?」
ぽつりと。
その瞬間。
何かが、崩れた。
「……あ……」
息が詰まる。
次の瞬間——
「……っ、あああああ……!」
声が漏れる。
抑えきれない。
「……違ったのに……!」
自分の中の何かが、音を立てて壊れていく。
「……ごめ……」
言葉が続かない。
「……謝らなきゃ……!」
立ち上がる。
足元がふらつく。
それでも、止まらない。
⸻
その頃。
◻️◻️は、静かに横たわっていた。
意識は、薄い。
現実と夢の境界が曖昧になる。
暗い。
どこまでも。
そこに——
黒い“何か”があった。
光を持たない、歪んだ存在。
見てはいけないもの。
なのに、目が離せない。
引き込まれる。
抗えない。
「……あ……」
声にならない。
身体が動かない。
沈んでいく。
ゆっくりと。
確実に。
⸻
扉が開く。
複数の足音。
全員が、そこに集まった。
だが——
誰も、すぐには中に踏み出せない。
「……」
沈黙。
「……◻️◻️……」
誰かの声が震える。
先生が、一歩踏み出す。
その先にあるものを、確かめるように。
そして——
そこにあったのは、
目から、口から、耳から、鼻から、血を流して、恐怖の表情を浮かべ、動かない◻️◻️だった。
立ち止まる。
言葉が出ない。
ただ、息が止まる。
「……」
ヒナも、ユウカも、ナギサも。
誰もが、同じ光景を見ていた。
理解するまでに、時間がかかる。
受け入れるには——長すぎる沈黙。
「……」
誰かが、呼吸を乱す。
崩れる音がした。
心が、壊れる音。
「……◻️◻️……」
名前を呼ぶ声だけが、かすかに残る。
それでも——
返事はない。
⸻
そして。
「……っああああああああああああ!!」
絶叫が、空間を裂いた。
⸻