カイっていいよね
あの日、私は妙なものを拾った。
「……ふむ?」
瓦礫の陰に倒れていた少年。見慣れない制服、所属不明。
そして何より──
「……妙だな」
この街の人間なら、誰でも持っている“何か”が、彼からは一切感じられなかった。
欠落しているのか、それとも最初から存在しないのか。
「面白い。拾っていこう」
⸻
「ここは……?」
「目が覚めたかい。安心したまえ、すぐに解体する予定はない」
「予定って何だよ!?」
いい反応だ。
「君、名前は?」
「◻️◻️……」
「そうか。では◻️◻️、しばらく私のところで過ごすといい」
⸻
日々は、驚くほど楽しかった。
「これを飲んでくれ」
「絶対ヤバいやつだろ」
「今回は爆発しない」
「“今回は”って言ったな!?」
文句を言いながらも、彼は飲む。
「……っ、苦っ!」
「味は改善の余地があるね」
「そこじゃねぇよ!」
素直で、率直で、隠し事がない。
「君は優秀だ」
「それ褒めてないよな?」
「いや、最高の評価だよ」
⸻
異変は、唐突に現れた。
「……なんか、体が変なんだよな」
「具体的には?」
「重いっていうか……うまく言えないけど」
最初は軽い不調だった。
だが、それは日を追うごとに確実に悪化していく。
「……おかしい」
原因が分からない。
環境か、体質か、それとも私の投与している薬か。
「これでどうだい」
「……少しマシ、かも」
改善はする。だが、完全には治らない。
むしろ──
「……なんでだ?」
確実に、進行している。
「なぁ、もういいって」
「何がだい?」
「そこまでしなくてもさ……」
「黙れ」
思わず声が強くなる。
「私は原因を突き止める。治す。これはそのための過程だ」
それは義務だった。
そして──執着だった。
⸻
繰り返す。
試す。
修正する。
だが、答えは出ない。
むしろ、薬を重ねるほどに、彼の状態は不安定になっていく。
「……どういうことだ」
理論は間違っていない。
少なくとも、これまでの全ての実験では正しかった。
なのに──
「なぁ」
彼が、弱々しく笑う。
「俺、そんなに長くないんじゃないか?」
「馬鹿なことを言うな」
即答だった。
「そんなはずがない。私はまだ失敗していない」
「……そっか」
その返事が、妙に静かだった。
⸻
そして、私は“完成”させた。
「出来たよ」
「……ほんと?」
「あぁ。これで原因に直接作用するはずだ」
確証はない。
だが、これ以上の手はない。
「……じゃあ、飲むよ」
彼は、躊躇わなかった。
⸻
その瞬間だった。
「──っ!?」
彼の体が、大きく揺れた。
「どうした!?」
呼吸が乱れる。
明らかに異常だ。
「おい、待て、これは──」
想定していない反応。
「何が起きている!?」
理論と一致しない。
あり得ない。
「◻️◻️!」
体を支える。
熱い。いや、冷たい。
感覚がぐちゃぐちゃだ。
「嘘だ……」
理解が追いつかない。
「おい、しっかりしろ」
返事がない。
「……やめろ」
揺らす。
「やめろ、ふざけるな」
何も返ってこない。
「起きろ!!」
声が、崩れる。
⸻
「……違う」
認めない。
「違う違う違う違う」
あり得ない。
「こんなことで終わるはずがないだろう!!」
理論は正しい。
計算も、過程も、全て。
なのに──
「なんでだ……」
手が震える。
「どこを間違えた……?」
答えは出ない。
出るはずがない。
カイには、決定的に足りない前提があった。
⸻
この少年は、キヴォトスの“前提”を持たない存在だった。
この世界に満ちる不可視の力は、彼にとって適応すべきものではなく、侵食する異物。
そして──
カイの薬は、その“異物”を前提に設計されていた。
ゆえにそれは、治療ではなく。
蓄積と加速だった。
日々の投与は、ゆっくりと彼を蝕み。
最後の一つは──決定打になった。
⸻
「……っ」
カイは、ただ立ち尽くす。
「……なぜだ」
かすれた声。
「私は、間違ってないはず……」
答えはない。
⸻
ゆっくりと、その場に崩れ落ちる。
「……起きろ」
弱く呟く。
「なぁ……もう一回、文句言ってくれ」
あの軽口も、あの表情も、もう返ってこない。
⸻
「……つまらない冗談だ」
乾いた笑いが漏れる。
「そうだろう?◻️◻️」
⸻
返事は、なかった。