ラーメンの湯気が、狭い店内に白く漂っていた。
夜の柴関ラーメンは、今日も忙しい。
「セリカちゃん、二番テーブル。替え玉追加だって」
「ちゃん付けすんな!」
黒見セリカが睨みつける。
◻️◻️先輩は笑いながら肩をすくめた。
「いやぁ、今日も元気だねぇ」
「誰のせいよ!」
店主――柴大将が苦笑する。
アビドス高校。
全校生徒六人だけの学校。
膨大な借金を返済するため、放課後はこうしてアルバイト漬けの日々だった。
私はトレーを持ちながら、不満げに口を開く。
「だいたいさぁ、なんなのよあの先生」
「先生?」
「急に『アビドスを助けに来ました』とか言われても、怪しすぎるでしょ」
「まぁまぁ」
「ホシノ先輩も、シロコ先輩も、ノノミ先輩も、アヤネもさ。みんなあんな簡単に信用して」
昼間のことを思い出す。
アビドスへ現れた“大人”。
皆、警戒していた。
私だけじゃない。
口々にきつい言葉も投げた。
それでも、先生は怒らなかった。
「まぁでも、先生しょんぼりしてたぞ」
「……そりゃ、あれだけ言えばね」
「セリカちゃんも結構ひどかったし」
「うっさい!」
◻️◻️先輩はけらけら笑う。
「そのうち仲良くなるって」
「ならない!」
「はいはい」
その軽い返事に、私はまた頬を膨らませた。
⸻
バイトが終わる頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
夜風が冷たい。
自販機で買った缶コーヒーを片手に、私はぼそりと呟く。
「……でも、ちょっと言いすぎたかも」
「珍しい。反省してる」
「してない!」
「どっちだよ」
「……ただ、その」
言葉が詰まる。
◻️◻️先輩は横目で私を見る。
「気になるなら謝れば?」
「そんなの絶対嫌!」
「素直じゃないなぁ」
「うるさい!」
その時だった。
暗闇の向こうから、複数のエンジン音が響く。
私は顔を上げた。
「……っ」
ライトが点灯する。
前方を塞ぐように停車した車両。
さらに後方からも音が近づいてくる。
「待ち伏せ……!?」
直後。
銃声が夜を裂いた。
「捕まえろ!!」
ヘルメット団が一斉に襲いかかってくる。
私は即座に遮蔽物へ飛び込み、背負っていたスナイパーライフルを構えた。
「◻️◻️先輩! 伏せて!」
「了解っと」
乾いた銃声。
一人、二人。
ヘルメット団が倒れる。
だが、数が多い。
銃弾が絶え間なく飛び交う。
「右!」
「分かってる!」
私は引き金を引く。
しかし。
「上だ!!」
誰かの叫び。
次の瞬間。
爆音。
視界が白く弾け飛んだ。
⸻
……揺れている。
頭が痛い。
ぼやける意識。
「……っ」
「お、起きた?」
暗闇の中から声がした。
「……◻️◻️先輩?」
車内だった。
周囲は暗く、よく見えない。
「大丈夫か?」
◻️◻️先輩の声は、いつも通りだった。
「……先輩は」
「俺? 元気元気」
軽い調子。
その声に、少しだけ安心する。
「ていうか、なんで◻️◻️先輩縛られてないのよ」
「俺、脅威判定されなかったっぽい」
「そんなことある!?」
カチャ、と金属音。
「ほい、セリカちゃんの銃」
「え?」
手にスナイパーライフルが押し付けられる。
続いて縄も外された。
私は慌てて周囲を見る。
薄暗い車内。
鉄の匂い。
揺れる荷台。
どうやら、護送車のようだった。
前方からはエンジン音と、ヘルメット団員たちの話し声が聞こえる。
「……どうするのよこれ」
「セリカちゃん」
◻️◻️先輩の声が少しだけ真剣になる。
「車、止めるぞ」
その言葉と同時に、私はスナイパーライフルを構えていた。
荷台は激しく揺れている。
狙いが定まらない。
それでも、前方の小窓越しに運転席を捉える。
息を止める。
照準を合わせる。
そして――引き金を引いた。
乾いた銃声。
前方で悲鳴が上がる。
直後、護送車が大きく蛇行した。
「っ!?」
身体が壁へ叩きつけられる。
タイヤが悲鳴を上げる。
数秒後。
激しい衝撃と共に、護送車が停止した。
「……っは」
荒い息を吐く。
その直後。
外から銃声が響いた。
「セリカ! 無事!?」
聞き慣れた声。
「シロコ先輩!」
砂狼シロコたちが追いついてきていた。
ヘルメット団と交戦している。
私も護送車から飛び出し、応戦に加わった。
数分後。
敵を制圧したシロコ先輩が、護送車へ向かう。
扉を開ける。
次の瞬間。
「◻️◻️先輩!!」
⸻
少し前。
俺は激痛で目を覚ました。
「――ッ、ぁ……!」
呼吸が乱れる。
暗い車内。
鼻につく血の匂い。
自分の身体を見て。
(あー……)
理解した。
左腕は吹き飛んでいた。
腹には、小さな風穴。
血が止まらない。
(こりゃもう無理か……)
気を抜けば叫びそうだった。
頭がおかしくなりそうなほど痛い。
それでも。
(……セリカちゃん、生きてる)
隣を見る。
気絶したセリカちゃん。
無事だった。
その事実だけで少し安心する。
ヘルメット団からすれば、俺は死にかけだったのだろう。
拘束すらされていなかった。
震える手でセリカちゃんのスナイパーライフルを探す。
血で滑る。
寒い。
意識が遠い。
それでも、必死に銃を掴んだ。
セリカちゃんが目を覚ます。
暗闇でよかった。
傷を見られずに済む。
いつも通りに。
軽口を叩いて。
安心させて。
少しでも、生き残れるように。
(……頼むから助かれよ)
護送車が止まる。
外から聞こえる銃声。
仲間たちの声。
もう大丈夫だ。
急に力が抜ける。
寒い。
眠い。
扉が開く音。
その直後。
「◻️◻️先輩!!」
そこで、俺の意識は途切れた。
⸻
「◻️◻️先輩!!」
シロコ先輩の叫び。
その瞬間、心臓が嫌な音を立てた。
気づけば走っていた。
護送車へ駆け寄る。
シロコ先輩の横へ辿り着いて。
見た。
「……は?」
息が止まる。
◻️◻️先輩が。
血まみれだった。
片腕がなくなっている。
腹には小さな風穴。
座席も。
床も。
◻️◻️先輩の服も。
全部、赤く染まっていた。
「なんで……」
頭が真っ白になる。
元気だって。
平気だって。
いつも通り笑ってたのに。
でも。
暗かったから。
見えてなかっただけで。
「っ……おぇ……」
吐き出してしまう。
涙が止まらない。
「あ……ぁ……」
あんな近くにいたのに。
気づけなかった。
後ろから足音が響く。
「っっ!! ◻️◻️!!!」
ホシノ先輩だった。
その声は、聞いたことがないほど取り乱していた。
ホシノ先輩は崩れるように駆け寄る。
「嘘……」
震える声。
ノノミ先輩も、アヤネも追いつく。
誰も言葉を失っていた。
その中で、先生だけがすぐ動いた。
「まだ生きてる!」
先生が叫ぶ。
「応急処置を! 急いで!」
皆が我に返る。
止血。
搬送。
必死だった。
誰も諦めていなかった。
⸻
病院の廊下。
重苦しい沈黙が流れていた。
私は俯いたまま、血のついた手を強く握り締めている。
シロコ先輩は無言。
ノノミ先輩は泣いていた。
アヤネも落ち着こうとして、何度も失敗していた。
ホシノ先輩だけは、壁にもたれたまま動かない。
帽子で顔を隠している。
長い時間が過ぎる。
やがて。
治療室の扉が開いた。
医者が出てくる。
先生が立ち上がった。
「……どうでしたか?」
医者は苦しそうに目を伏せた。
そして。
「……申し訳ありません」
その言葉で。
私の身体から力が抜けた。
膝から崩れ落ちる。
「あ……」
どこかで考えていた。
病院まで来れたなら。
もしかしたら。
奇跡が起きるんじゃないかって。
助かるんじゃないかって。
でも。
奇跡は、起きなかった。
あんまり病院に行って助からない作品って少ない気がしませんか?