あべこべ奇天烈平安京⛤   作:白石基山

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其の壱

 淫魔。破廉恥陰陽師。たまにオスガキ。えちえち大明神。痴美妄凌(ちみもうりょう)。平安京叡痴闇(えいちあん)。沈沈武羅武羅創世児(ちんちんぶらぶらそーせーじ)。

 

 妖怪や悪鬼悪霊、魑魅魍魎。そんな存在が跋扈する平安京にて、童貞である俺、加茂雨陰(ういん)に付けられたあだ名である。

 つい先日、成人の儀を終えた俺は誓って童貞である。まぐわうと死ぬ、という呪いに蝕まれているので、生きているのが正真正銘童貞であるその証拠というわけ。

 

 陰陽師の家系に生まれた俺は、男なのだから家で大人しくしていればいいと言われていたものの、幼い頃は多少わんぱくで、少し年上の幼馴染で姉弟子でもある安倍晴明ちゃんとともに陰陽師の修行をしていた。

 

 修行といっても、そもそも男が陰陽術を使えるはずもなく、そのうち諦めるだろうと師匠である母は俺に陰陽の術を教えていたが、ありえないことに陰陽術を使えてしまい、更に陰陽師になると言い出してしまい大層困ったらしい。

 

 そもそも男児たるもの、そう簡単に表に顔を出すものではないという。

 男は妖怪と呼ばれる種族に狙われる。理由は簡単である。妖怪と呼ばれる天狗や河童や妖狐に猫又、その他悪鬼、悪霊、魑魅魍魎、怪異はすべて性別が雌。ゆえに繁殖の為に人間の雄を狙うのだ。

 

 故に男は匿われる。

 

 幼少の男児であっても妖怪が攫ってしまうから迂闊に外に出すことが出来ないのだ。

 妖怪にとっては男の確保は種の存在的な意味で死活問題であり、攫った男をそれはそれは大層性癖を歪めながら可愛がって育てられる。

 男にとってそれが幸せかどうかは別として、人という種にとってひたすら男が攫われるので大問題である。

 攫われた先で幸せに暮らしてる男がいるのは否定しない。

 なので男は家からは出ないし家族も出さない。成人すれば家族以外には顔も見せることもなくなるのが普通である。まあ貴族は、という話で平民は多少は顔を出したり出たりもする。じゃないと生活出来ないからね。

 

 

「雨陰、今から仕事かい? 気をつけなよ」

「ありがと」

「あら雨陰。もう日も暮れるよ。隣の武士さんにしっかり守ってもらいなよ」

「うん、そうする」

 

 

 逢魔が時と呼ばれる時間。薄暗い夕暮れ。昼から夜に移り変わる逢魔の文字通り、最も災いと遭遇しやすい時間帯。

 身軽に動けるよう狩衣に身を包んだ俺は、平安京の中枢たる大内裏にある陰陽寮を出て、大内裏の門外で待ってくれていた本日の仕事仲間で同い年である美人武士、渡辺綱と合流し朱雀大路を真っすぐ歩き平安京の南にある羅城門を目指し歩いていた。

 

 

「猫又二匹。斬るか」

「やめてよ。友達なんだから」

 

 

 今しがた声を掛けてきたのは猫二匹。別れた尻尾先を妖術できれいに隠し、人化を解いた姿は完全に猫である。猫又は二人して尻尾を振りながら離れていった。俺に声を掛ける為だけに近づいてきたらしい。

 

 

「雨陰。あまり妖怪共を信用するなと言ってるだろう」

「あの子らは悪さしてないよ。約束してるし」

「悪行を働いているなら私がとっくに斬ってる」

「怖い怖い」

 

 

 綱は真面目を絵にかいたような人物である。切れ長の眼はその性格をより引き立てているように思える。夕陽に染まる比叡山のような美しい茜色の長い髪は後ろに束ねられていて、綱の腰付近まで垂れ下がっている。戦いの際、舞揺れる綱の髪はとても綺麗だ。言ったことはないけど。あと胸が大きい。

 

 

「雨陰、今日の仕事は」

「都の南門に憑いた悪霊を祓う簡単なお仕事でしょ」

「……雨陰、いつも油断するなと言ってるだろう」

 

 

 綱は呆れながら、それでも諭すように俺に言う。

 これはいつもの会話。

 悪霊を祓う。悪行を働いた妖怪を退治する。そんな仕事をする際は、陰陽師と武士が『組』と呼ばれる二人組となる。昔お世話になったことのある頼光さんが源氏武士団の頭領であるからか、俺が組むのは源氏武士団の武士だけである。

 その中でも頼光四天王と呼ばれる凄腕の武士である綱とは組むことが多い。

 

 

「事実なのは綱も知ってるでしょ」

「それでもだ」

 

 

 悪霊を祓う。本当は簡単な仕事ではないらしい。

 隠れる。抵抗される。闘う。呪われる。

 といった普通は行われるはずのことが起きないのだ。俺の場合。

 

 

「向こうから来てちょっと話をして成仏してもらうだけだし」

「……いつもそうだからと今回もそうだとは限らないだろう」

「まあそれはそうだけど」

 

 

 茶碗より小さな、せいぜいいたずらをする程度のことしか出来ない名もない小さな雑霊が、わらわらと二人の前にやってきた。

 

 

「あ、雨陰だ! 仕事? 頑張れー!」

「雨陰! 遊ぼ! 遊ぼ!」

「また今度ねー」

「本当に人気だな雨陰は」

 

 いつものように適当にあしらう。騒ぐだけ騒いだら満足した雑霊の集団は、わーわー騒ぎながら去っていた。苦笑する綱。流石の綱も可愛い雑霊までは即座に斬るという発想にはならないらしい。

 

 

「雨陰、お前」

 

 

 そんな俺の考えはあっさり見抜かれたようだ。心を読んで突っ込むのはやめて欲しい。綱は勘が鋭い。特に悪意には。

 

 

「……思ってないよ? 綱が斬るって言わないなんて珍しいなーとか」

「お前が私をどう思っているのかよーく分かった。しかし雨陰といると色々寄ってくるな。いくら逢魔時とはいえ」

「まあ、そこはほら? 俺目立つし?」

 

 

 法力という力がある。陰陽師であれば結界を張る、式神を使うといった様々な術を行使する。武士であれば肉体を強化する、剣技を使う。それらを行使するための力だ。これは大小差はあれど通常女性にしか芽生えない力だった。法力がない男は女性よりも力がなく術も使えない。

 

 だが俺は法力に目覚めた。発覚したのは、五つの時に髪色が黒から狐色に変わったことだ。髪の毛先までは色が変わり切らず、毛先は焦げ茶色になってしまってはいるが珍しい髪色になった。髪色が変化するはずがなかった男が、である。

 

 髪というのはその人物の持つ法力の種類に影響されやすい。陰陽師の法力を持つものは髪色が青系統であり、武士は赤系統の髪色が多い。

 例外ももちろんいて、晴明ちゃんはかなり珍しいことに黄金色の髪を持つ。だからか俺が似た髪色になったことを晴明ちゃんは大変喜んだが、周りの大人はそれはそれは大騒ぎだった。

 

 故に母は俺を占った。そして、俺が貞操の呪いに侵されていることがその時に発覚した。

 原因は母が、過去に内裏に忍び込んだ妖弧を退治したことだった。妖弧は死に際に母に呪詛を唱えたが、その呪いはその時お腹の中にいた息子である俺に掛かってしまったのだ。

 これかなりヤバい事態だった。何せ男、というだけで攫われ犯される今世である。致命的な呪いだ。

 まあ俺はっていうと、力を手に入れた喜びのほうが勝っていたけど。

 

 俺は男性とも女性とも見える中性的な顔立ちをしているらしい。将来は美形になると言われ、貴族への良縁が期待されていたが、加茂家は俺を婿に出すわけにはいかなくなった。その代わり、その力で自身を守ることの出来るように既に弟子としていた晴明ちゃんと共に、それからは本気で俺に陰陽の術を教えた。

 

 

「ただでさえ男がこんな時間にウロウロしてる。しかもこんな目立つ髪の。そりゃあね?」

「む……。雨陰の髪、好きだぞ?」

「はいはいそりゃあどうも。俺も綱の髪好きだよ」

「茶化すな。……っとそろそろ着くぞ」

 

 

 ちょうど陽も落ちてきた頃。

 二人で羅城門を眺める。

 

 

「あら、気配がすると思ったら可愛い男の子じゃない」

 

 

 悪霊がのっそりと門の扉から姿を晒した。美人である。人攫いの悪霊という話だ。綱が刀の柄に手を掛け悪霊を睨む。

 

 

「『組』です。祓いに来ました」

「あら、素直ね」

 

 

 悪霊は俺の顔を舐めまわすように見る。綱の手に力がこもる。

 

 

「そうねぇ。貴方達を追い返しても別の『組』が永遠に来るだけだろうし、お姉さんどうせなら可愛い男の子に祓われるほうがいいわ」

「そう言ってもらえると助かります」

「そこのイケ女武士に斬られるならめちゃくちゃ抵抗するけどね」

「俺が祓うんでそれで問題ない?」

「問題ない問題ない」

 

 

 うん。だいたいいつもこんな感じである。向こうから出てきてなんか抵抗せず祓われてくれる。

 ただ、これ綱が睨みを利かせてくれているからというのが大きいのも事実で。

 綱がいなくて一人の場合、俺を捕らえて(性的な意味で)弄ぼうとしてくると思われる。……呪いがなければいくらでも来てくれて良いのだが、呪いがあるのでそれをされたら死んでしまうので大問題である。

 

 

「それと貴女が攫ったって人達はどこ?」

「攫った? 私攫ったかしら? うーん、分かんないなあ」

「雨陰、話をしても無駄な奴だ。さっさと祓え」

 

 

 俺の前ではこんな感じだけど、悪霊だもんねえ。存在があやふやな奴は記憶や意識も怪しいのが多いし、本能だけで動いてるのも多いからそんなもんか。攫われた、というのは亡くなった、とほぼ同義なのだ。悲しいけど。

 

 右手で印を組み、その手を悪霊に向けて突き出す。悪霊はニッコニコである。

 

 

「悪霊退散! 急急如律令!」

「あああぁぁぁ、あの世で自慢しよぉぉぉぉぉぉ……♡」

 

 

 右手から法力を悪霊に注ぐ。悪霊の足元から光が放たれ、そんななんとも言えない断末魔を上げながら、悪霊は消えていった。

 

 

「……いつものこととは言え、雨陰の除霊は相手が変態になるな」

「……まあ、それは俺もそう思う」

 

 

 まあ楽だからいいけど。

 綱は呆れているが、男の身で命が掛かる除霊の現場に、事情を知っている頼光さんの所の人達が付いてくれるのは非常にありがたい。

 そう。事情がある。

 この身の呪い、貞操の呪い。これ、歴代最高の陰陽師と言われる幼馴染の晴明ちゃんでも解呪出来ない代物で。これを解呪する為に自身の力も高める必要があるらしい。

 まあ魂と同化しているらしいので分離出来るか分からないと、呪いの主自身が言ってるから可能かどうかは分からないけど、童貞のまま死にたくないので頑張るしかないのだ。

 

 ふと、何かに気が付いた綱が目を逸らした。顔が赤い。

 

 ふむ。少し俺の狩衣の胸元がはだけている。

 

 なるほどなるほど。

 

 これ、我が親友紫式部のむほほ小説で見たやつだ! であればやることは一つである。

 

 

「あれーどうしたのかなー」

 

 わざと胸元が見えるようにぱたぱたと衣を仰ぐ。むっきーのむほほ小説には確かこう書いてあった!

 

「な! や、やめろ! 男のくせにはしたないぞ雨陰!」

 

 綱が露骨にたじろぐ。こういう綱は面白い。

 

「えー、綱そう言いながらチラチラ見てるじゃんー。嬉しいんだろーほれほれ」

「お前羞恥はどこに置いてきた!」

「むっきーの小説の中かなー?」

「くっ……、うわあああああ!」

 

 綱が逃げ出した。一人放置……でもないな。ギリギリ見えるところで待ってくれている。やりすぎたかと反省しながら、ひとまず陰陽寮へ戻るのであった。

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