「どーせすぐ見つかるだろうとは思ってたけどねぇ」
道満は頬をぽりぽりと掻きながら、早速見つけた雨陰を呆れながら眺めていた。
「ほーれほれほれほれ」
「ニャーン♪」
大通りにて雨陰は中腰で猫に擬態した猫又相手に、猫じゃらしをひょこひょこ揺らしながら遊んでいる。
「陰陽師が妖怪と遊んでる? 冗談でしょ」
まさか相手が妖怪だと気付いていないのか、と一瞬考えもしたがすぐにその思考は捨てた。相手は陰陽寮所属の陰陽師だと思い直した。しかし、妖怪は陰陽師を恐れる、もしくは敵視するものだと思っていたが彼はかなり特殊なようだと道満は判断した。
「面白いね」
くすくす笑いながら道満は雨陰に近付く。足音に気付いた猫又がこちらを見て驚いた様子で飛び上がり悲鳴を上げながら逃げた。
「ま、普通そうだよね」
雨陰も山伏姿の道満を見て、怪訝そうな顔をしながらゆっくりと立ち上がった。
「やあやあ君が加茂雨陰君かな?」
片手で被っていた笠を上げ、顔を見せながら笑顔で道満は雨陰に近付く。雨陰は見ない顔だな、と思うが、興味本位で雨陰に近寄ってくるものはそもそも多いのでそういう輩かと雨陰は思った。
「なるほどー。噂通り顔が良い! うんうん。誰も顔は否定しなかったのも頷けるねえ。……うん? あれあれあれー?」
何かに気付いた道満が雨陰の周りをくるくると回りながら全身をくまなく観察している。
「妙な気配。混ざり者? いや、にしては混ざりきってないというか同化、いや混在してる? うーん……呪いか? 呪い……いやいや何これ精密過ぎる。魂が……狐……か? 溶け合わって……はない。くっついてる……なんだこれ」
顎に手を当て雨陰の周りを周回しながら道満は雨陰の中身を考察する。
雨陰は表情を変えず、その独り言のような呟きを聴きながら驚愕する。雨陰の呪いを初見で見抜いたのは幼き頃の晴明と、源頼光のみである。なんならこの呪いは雨陰と共存しているのでその気はほぼ雨陰と同じ。
陰陽寮の陰陽師すら気付かないものである。
「……え、嘘。呪い発動条件。……他者との粘膜接触? 初めて見るな。じゃあやっぱりうわさは全部ウソじゃん。ねえねえなんであんなうわさ流してるの? ていうかその呪いどう──」
突如、道満が飛んだ。塀の上に飛び乗り首をさする。
「あらあら。こんにちは山伏さん。私の雨陰に何用か?」
「……首、落とされたかと思った」
「まだ抜いてないわよ。貴女次第だけど」
いつの間にか、雨陰の正面に頼光が立つ。
「ふむ。源朝臣大内守護頼光殿とお見受けする」
「如何にも。貴女よね。近頃雨陰を探っていたのは。目的は?」
「ああ。私は蘆屋道満。目的? その子と一発ヤルことだったんだけど──」
再び道満が後方に飛ぶ。再び首を確認する。頼光は刀を抜いていない。ただ微笑んでいるだけである。道満は確かに首に剣先を感じた。面白い、と道満は笑った。
「──その子見てやめたよ。殺したくはないしねえ」
道満が消えた。雨陰の後方に瞬時に現れた。頼光の眼が鋭く光る。刀の柄に手を掛けた。道満の口が三日月を描き満面の笑みを浮かべる。
雨陰と道満の間に紫電の光が走る。落雷により土煙が舞い上がる。中から現れたのは、安倍晴明。
「駄目だよ頼光。貴女が刀を抜いたら此処ら一帯無事じゃ済まない」
「……ふう」
頼光が刀の柄から手を離した。
「ふん。別に彼奴だけ斬ることだってちゃんと出来るし」
「そういってすぐその場を荒地に変えるんだから」
「落雷に乗ってやってきた!? なんという身技! 凄いなあ! 面白いな!」
道満ははしゃいでいた。安倍晴明、源頼光。二人から睨まれてもお構いなし。
「……何者なの? 雨陰を探ってた奴でしょ?」
「思い出したわ。蘆屋道満。高野山一の天才陰陽師。生粋の堕落者」
「彼女があの? なるほどね。道理で桁違いの法力を持つ訳だよ」
「おうおうおう! 貴女があの安倍晴明であろう! 私が高野山に掛けた呪を解いた!」
「ええ」
「噂に違わぬ実力と見た! 更にこんな実力者が出てくるとは! 毎日取っ替え引っ替え男を抱くのも楽しいしやはり都に来て良かった!」
「……やはり斬ったほうが良いのではないかしら」
「雨陰に手を出すつもりなら反対しないかも」
「そうだ加茂雨陰!」
雨陰を道満が名指しすると同時に晴明と頼光が雨陰の前に立った。気にせず道満は続ける。
「その呪い、見たところ奇跡に近しい代物と見た! そこの二人を持ってしても解けぬ呪法には興味は尽きぬ。人の手で解けるものではないやも知れん!」
「……かもねー」
「いや、私は解いてみせる気なんだけど?」
「雨陰の呪いだけを斬る。その域に達してみせるが?」
「はっはっは! だが今は無理なんだろう? ならばどうだろう。人の身技ではなく自然の力で解呪するのは!」
「自然の?」
「そうさ。ここ都ではなく、そうさなあ、鎌倉辺りに私と二人で湯治にでも行かぬか? 隠し湯を見つけているのだがそこは神湯ともいうべき神秘が溢れている湯でな。後は伊豆にも呪いに効くという湯がある。一緒に入ろ──」
道満が立っていた場所に雷光が落ちる。
「ひえー。怖い怖い」
道満は雷光が落ちる瞬間、また塀の上に移動していた。
「どういう原理だ?」
「いくつかは考えられるけど確信は持てないかな。それより湯治? 雨陰と二人で? 一緒に入る? 許す訳ないよね? 私の雨陰なんだけど?」
「はっ! お前も源のもだが、なーにが私の雨陰、だ? そこな男は清いままではないか。まだ誰のものでもあるまい。なーに呪いを解いた報酬はそのままその一番槍を貰うからそれで良いぞ!」
「湯治……温泉か。いいなー」
「な!? 雨陰駄目だからね! 行くなら私と行こう雨陰!」
「何を言っている晴明。お前は都から離れられないではないか。私と行こうね雨陰」
「大内守護が自由に都から出るなんて出来る訳ないだろ頼光!」
「お前こそ帝の警備があるではないか!」
「常に十二神将にやらせてますー! たまには私だって雨陰と遊んでも良いと思うんだよねー!」
「はっ。私だって雨陰とは久しく──」
「「やらせるか」」
また消えた道満が雨陰の背後に現れた。雨陰に伸びる手を、確かに頼光が斬った。晴明が燃やした。雨陰が「やりすぎでしょ」と呟いた。が、また消えて離れた場所に現れた道満の手は無傷である。手をさすってはいるが、何の跡もない。
「感触はあったが」
「頼光、抜いちゃ駄目って言ったよね? 地面から塀まで斬撃でぱっくり割れちゃってるんだけど」
「彼奴が悪い」
「えー? 違うよー? その子が可愛いのが悪いのさ」
「「まあそれはそう」」
そういう話かこれ? と雨陰は思うが口は挟まない。手も出さない。晴明と頼光の邪魔になるというのが雨陰の判断である。
だが、正直に言えば二人で入る、はともかく雨陰も湯治というのは悪い選択とは思わなかった。それで何か不利益なことがあるわけでもないだろうしやってみるのはありだと思っていた。ただ雨陰もこの場は言い出しにくい。
「その子を今みたいに守る為にあーんな噂を流してるの? 噂の中身、下世話過ぎでしょ。私みたいなのが吸い寄せられるよー?」
「……確かにやり過ぎではあるが、今こうして私や晴明が飛んできても違和感は生まれまい?」
「そうそう。私と頼光の名があれば貴族連中は自分から雨陰に手は出さないしさ。……誰とでもーとか噂に入っちゃってるのはだいぶアレだけど、そこは紫式部君が悪い」
「協力してはもらってるからな、彼。醜聞のほうが広まりやすい、というのも分からんでもないし。で、まだやるのか蘆屋の」
「いや? 噂の彼の顔を見に来ただけだし? 二人の実力の一端も見れたし満足満足。私、平安京最強と名高い二人相手でも負ける気しないわ」
「ほう」
「だから加茂雨陰君、またね?」
「「な!?」」
道満は雨陰の頬に口付けをした。確かに話をしている道満は離れた場所に存在していた。道満は幻影を置いて実体のように見せたまま、二人に気付かれず雨陰のすぐそばに飛び、口付けをした。
「あー面白かった」
それだけ言って道満は消えた。どこにも現れず、この場から消えた。